旧式のB型じゃない!

 乱気流を起こす雲を抜け、空が穏やかさを取り戻すと、1時間に満たないフライトも、いよいよ終わりに差し掛かってきた。

 インド洋を飛び続けた末に、小さな島が見えてきた。

 ぽつんと浮かぶ、という言葉がふさわしい孤島だ。

 あるのは、小さな山と、それを土台とする形で敷かれた1本の滑走路だけ。

 それはさながら、島そのものが航空母艦と化しているようだった。

 ここが目的地、ムスペル島である。


「ほんと、辺鄙へんぴな島だな……あいつら、特別クラスとか言いつつ島流しにでもされたんじゃねえのか?」


 窓から島を見ていたバロンが、そんな事をつぶやいていた。


     * * *


 C-390は、ムスペル島の決して長いとは言えない滑走路に、姿勢を崩す事もなく降り立つ。

 ずん、と一瞬揺れたが、乱暴すぎず柔らかすぎない着地だった。

 直後、エンジンナセルの側面が開き、逆噴射。

 機体は見る見る内に減速していき、危なげなく着陸を成功させたのだった。

 何気なく窓の外を見たツルギは、がらんどうで殺風景な駐機場エプロンの脇にぽつんとひとつある簡易シェルターに気付く。

 その下に、見覚えのある影を見つけた。

 つい最近までアメリカで乗っていた戦闘機であり、この国唯一の戦闘機。


「F-16…!」


     * * *


 C-390が駐機場エプロンの脇に駐機し、フライトは終了。

 後部貨物ドアが開き、まぶしい日差しが差し込んでくる。

 ツルギ達は、メイとバロンに見送られながら、貨物ドアから降機した。


「ご利用ありがとうございましたー! よき学園生活をー!」

「ああ、やっと終わったな……」

「まだ終わりじゃないッスよ、センパイ。これから修理に出す車を積まなきゃいけないの、忘れてるんスか?」

「そ、そうだった……はあ、勘弁してくれよ……」


 どうやら2人には、まだ仕事が残っているらしい。

 そんな2人をよそに、一同はオフィーリア教官に連れられて、がらんどうな駐機場エプロンを進んでいく。


「教官。あそこにあるF-16は、もしかして、僕達が乗る機体ですか?」

「ええ、そうよ」


 ツルギが簡易シェルターを指さして質問すると、オフィーリア教官は答えてくれた。


「えっ!?」


 途端、ストームが目の色を変える。

 どうやら、今になって気付いたらしい。窓を覗けたのはツルギだけだったので、無理もないだろう。


「ほんとだ! オフィーリアさん、見に行ってもいい?」

「そうね、許可するわ」

「やったあ! じゃあ行くよツルギ! つかまってて!」


 途端にはしゃぎだしたストームは、車いすの向きを簡易シェルターに向け、急ぎ足でそちらへ向かった。


「うおお!?」


 加速する車いすに驚き、手すりにしがみつくツルギ。


「お、おぉーい! 待ってぇや!」


 その後を慌ててフェイとサハラが追いかけた。


     * * *


「おお、これがウチらのF-16──!」


 簡易シェルターの下にやってきた一同は、そこにあったF-16の姿を間近に見た。

 ツートングレーの機体は、2機共まるで新品のようにきれいに磨かれている。

 鉛筆のような機首には、タンデム副座式のコックピット。

 優美な曲線を描く背中が、ブレンテッドウイングボディという独特なシルエットを形作っている。

 一切の無駄がないデザインに、やっぱりかっこいいなあ、とツルギは感心していたが。


「──って、あれ?」


 ストームは、何かがおかしい事に気付いた。


「どうしたのストーム?」


 ツルギが聞いてみると、ストームは指摘する。


「これ、『コブ』も『背骨』もない……旧式のB型じゃない!」

「え、旧式!?」


 ツルギは驚いた。

 だが確かに、ブルーレイブンズの機体が背負っていた『コブ』は、目の前の機体にはない。


「でも、それって取り外し可能だったんじゃ──?」

「『背骨』は外せないよ! それに、ほら見て! 垂直尾翼の根元が薄いでしょ! あれは旧式の初期型にしかないんだよ!」


 ストームが指さす垂直尾翼の根元は、確かに薄い。ツルギが見慣れていたものは厚かったので、少し心もとなく見える。


「結構、ぼろぼろ……」


 さらに、サハラも指摘する。

 それを聞いたストームが、機体に駆け寄って確認する。


「ほんとだ! パッチだらけ!」


 よく見ると、機体の表面には金属製のパッチがあちこちに貼られている。服に開いた穴を塞ぐために貼るのと、同じ要領で。

 飛行機は長く使っていると、当然機体が傷んできてあちこちにヒビが入るので、こういった修理が必要になる。

 それが多いという事は、かなり使い古された機体である事を示している。


「おいおい、ウチらが乗るのはD型だったんちゃうか!?」


 フェイも困惑している。

 どうやら旧式なのは事実らしいと、ツルギは感じ取る。

 とはいえ、F-16は長年に渡り世界各地で使われてきた、歴史ある飛行機だ。古くても、信頼性は充分ある。

 故に、旧式を嫌がる理由がわからないツルギは、恐る恐る聞いてみた。


「えっと、新しい方がいいのはわかるけど、旧式だと何か不便が──?」

「何言うとんねんツルギ! ウチらにとっちゃ死活問題やで!」


 途端、フェイが突っかかってきて、ツルギは怯んでしまう。


「し、死活問題……?」

「ええか? コイツは、や!」

「うん」

「練習機の後ろに乗るのは誰や?」

「教官」

「教官の仕事は何や?」

「前席の学生を、

「そやろ? けど、ウチらみたいなWSOはのが仕事や」

「……というと?」

「コイツはな、本質的には単座機と変わらんのや!」

「単座機と、変わらない?」

! つまりな、コイツに乗ってもウチらは、ほぼ『お荷物』って事や!」

「──ええええ!?」


 ツルギはようやく、事の重大さを理解できた。

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