新型ッスよ? ニュージェネレーションッスよ?

 軍用輸送機の中は、旅客機らしい華やかさとは無縁の世界である。

 壁や天井は骨組みが剥き出しで、窓はかなり少ない。

 座る座席は、まるで通勤電車のように壁側に並んでいる。しかもパイプ椅子のように簡素であり、とても快適そうには見えない。

 客室というより倉庫だが、それもそのはず。ここは貨物室なのだ。

 軍用輸送機は貨物輸送が中心なので、無理もない。

 とはいえ新型だけあって、まだ全体的にきれいで使い込まれた感じはない。

 ツルギはそんな貨物室の左側の座席に、いつものようにストームの力を借りて座った。

 ちょうど窓がある位置で、フェイやサハラと、4人で並んで座る形になる。

 オフィーリア教官は、コックピットでトーマス教官達と話しているらしく、今はいない。

 乗客が5人しかいないので、貨物室はがらんどうである。


「はいはい、車いすはワタシがお預かりしますよー」


 折り畳んだ車いすを預かるメイ。

 彼女は、機体の前方を右手で示しながら営業スマイルで案内する。


「おトイレは前方にございます。バリアフリー仕様ッスから安心してご利用できますよ」

「え、バリアフリーなのか?」

「そりゃあ、新型ッスよ? ニュージェネレーションッスよ? 半世紀モノのハーキュリーズなんかとは訳が違うってもんスよ!」


 自分が乗る機体を自慢するメイは、心底嬉しそうだ。

 だが、急に声の音量を下げて、ばつが悪そうに続ける。


「あ、今のはトーマス教官には内緒ッスよ? ベテランのあの人が聞いたら『ハークをバカにすんな!』って怒鳴り込んでくるから」

「そ、そう……」


 ツルギは苦笑するしかない。

 とにかく、新型だから素晴らしい、という事はわかった。


「おい! いつまで喋ってんだ!」


 バロンの少し苛立った声がした。

 見れば機体前方側に、両腕を組み、面白くなさそうな顔でこちらを見ていたバロンがいた。


「はいはーい! それじゃ、何か遭ったらいつでも呼んでいいッスからねー」


 メイは、そう言ってバロンの下へ向かう。


「何だか賑やかなフライトになりそうだね、ツルギ!」

「まあ、そうだね」


 能天気に言うストームに答えながら、ツルギは合流したメイとバロンの様子を観察する。


「お前、妙に親切だな? あいつに」

「何言ってるんスか! ただのサービスッスよ! サービス! あ、さてはセンパイ、妬いちゃってるんスかー?」

「はあ? 違ぇよ! 全然違ぇよ!」


 からかってくるメイと、どこか困惑気味に反論するバロン。

 そんな2人のやり取りを見たツルギは、


(何だか微笑ましいような、もどかしいような……)


 そんな感想を抱いたのだった。


 シートベルトをしっかり締めれば、準備完了。

 C-390のジェットエンジンが始動したのは、そんな時だった。


     * * *


 C-390が、エリス基地から離陸した。

 飛行時間は45分。

 旅客機で混雑する空域を抜けたと思えば、すぐに到着する時間である。

 このくらいなら快適とは言えない貨物室でも耐えられるだろうとツルギは思っていたが、機内は想像以上に快適だった。


「C-390はね、旅客機メーカーが造った輸送機だから快適さにも気を配られているんだよ。エンジンも旅客機と同じだし」


 ストームが説明してくれた。

 そんな時、機体ががたっ、と大きく揺れた。


「乱気流やな」


 フェイがつぶやいた。

 窓の外を見れば、外が雲で覆われているのが見えた。

 天気が悪いところに飛べば、乱気流で機体が揺れるのは、よくある事。

 もちろん、パイロットもそこのところは気を遣って飛ばすので、ほとんどの場合は問題にならない。

 故に、誰も心配はしていなかった。

 オフィーリア教官に至っては、席でじっと静かに目を閉じているだけだった。


「えー皆さん、当機は今雨雲の近くを飛行中ッス。しばらく乱気流で揺れ続ける恐れがあるので、シートベルトは外さないようお願いするッス」


 メイが、一歩前に出て注意を呼びかける。

 だが、その最中にまた乱気流で機体が揺れた。


「うわわ!?」


 後ろへ転びそうになったメイを両手で受け止めたのは、バロンだった。


「バッカ、気をつけろっての」

「セ、センパイ……」


 ぶっきらぼうながらも気遣うバロン。

 途端、メイの表情が乙女のものに変わり、目を泳がせながら言う。


「ダ、ダメッスよ……そんな事されたら、ワタシ、勘違いしちゃうッス……」

「バ、バカ! そういうのじゃねえっての!」


 照れ隠しとばかりに大声で反論するバロン。

 そんな2人を見たツルギは、目のやりどころに困ってしまい、窓の外に目を向ける。

 その時。


「──!?」


 雲の切れ目から、あり得ない飛行機を見た。

 こちらの進行方向に対し左斜め前に飛んでいくのは、真っ赤な飛行機。

 しかも、旅客機のように大きくない。

 機種まではわからないが、どう見ても戦闘機のようだった。

 赤い戦闘機で思い浮かべるものと言えば。

 自分が操縦能力を失うきっかけになった、あの日の記憶──


「どうしたの?」


 ストームに呼びかけられ、我に返るツルギ。


「……いや、何でもない」


 少し迷ったが、ツルギはあえて話さなかった。

 まさかな、と思ったのもあるが。

 赤い戦闘機は、ストームにとってもいい思い出がない存在である事は、わかっているから。

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