あーしはピクシー・バレット

 スルーズ諸島空軍航空学園・戦闘機科が存在するファインズ基地は、スルーズ諸島の本島たる大スルーズ島に存在する。

 ここで行われた始業式は、無事に終了した。

 だが、ツルギ達は休む間もなく、この基地を発つ事になっていた。

 簡易シェルターの下で翼を休めるF-16達を横目に、ツルギ達はこれから乗り込む事になる飛行機の下へ向かう。

 そこで待っていたのは、優雅なデザインの白いプロペラ機であった。

 主翼についた2つのエンジンと、T字型の尾翼、そして先端がピンと立った主翼が特徴的。

 軍用機らしからぬ見た目だが、胴体に書かれた『R.T.I.AIR FORCE』の文字と垂直尾翼にあるバインドルーンの紋章は、空軍機である何よりの証。

 これが、ツルギ達がこれから乗り込む、キングエア350。民間でも広く使われている汎用機で、言わば空飛ぶワゴン車といった趣の機体だ。

 その胴体左後ろ側には、搭乗用のドアが開いている。

 ドア自体が階段になるので、そのままでも乗り込めるのだが、今回はツルギのために長いタラップが横付けされていた。

 早速乗り込むとツルギは思ったのだが。


「では荷物を積み込んで。ストーム君とツルギ君は左、サハラ君とフェイ君は右」

「リョーカイ」

「ウィルコ!」


 オフィーリア教官の指示で、一度分かれてしまった。

 どういう事かわからないまま車いすがバックしながら進んだ先は、左エンジンの後ろ側。

 このような機体のエンジン収納部分は、ナセルと呼ばれる。

 こんなところに来てどうするのかとツルギは思ったが、車いすを止めたストームはナセルに手をかける。

 するとナセル後部が、ぱか、と上向きに開き、ちょっとしたトランクが姿を現した。

 ツルギは目を見張った。


「ナセルがトランクになってるなんて」

「そうだよ。こういう飛行機って、あんまりないよね」

「確かに」


 ストームは2人分の荷物を、ぽん、とトランクに入れる。

 そして、ぱたん、とつぶやきながらトランクを閉めた。


「じゃ、乗り込むよ」


 今度こそ搭乗だ。

 ストームが車いすを押そうとした矢先。


「おーい、お待ちなさーい!」


 タラップを挟んだ向こう側から、誰かに呼び止められた。

 誰かが駆け寄ってくるのが見える。

 青い制服から、学園の生徒だとわかるが、上からは紫の薄いケープを羽織っている。

 そんな制服の上からでもわかる豊満な胸を揺らしながらやってきたのは、優美な桃色の髪と紫の瞳を持つ少女だった。


「ふう、間に合ったぁ」

「だ、誰……?」


 ツルギにとっては、全く心当たりがない相手。

「あっ! 会長さん!」


 だが、ストームが一目で言った言葉に、ツルギは耳を疑う。


「か、会長!?」

「紫のケープは、王家から直々に認められた会長の証なんだよ」


 ストームの説明を聞いたツルギは、途端に困惑して体が強張ってしまう。


「キミとは初めましてだったね、ツルギ。あーしはピクシー・バレット。このファインズ分校学生会の会長さ」


 少女は優美な雰囲気に反して、サバサバと名乗った。

 学生会会長──つまり、この戦闘機科にいる学生達のトップの登場に、自分は知らない内に彼女が動くような事をしでかしたのか、とツルギは不安になった。


「えっと、会長さんが、僕に一体何の用で……?」

「そう固くなるなって。ちょっと忘れ物を届けに来ただけさ」

「忘れ物?」


 意外な言葉が出て、拍子抜けするツルギ。

 にかっと笑ったピクシーは、ツルギにあるものを差し出した。

 チェーンを通した、金属製の名札が2枚。『TSURUGI T SCULD』と彫られている。


「IDタグ……!」

「これで何か遭っても、キミがここの学生だと証明できる。なくすんじゃないよ?」


 IDタグは、万が一の事が遭った時に、自らの身元を証明する迷子札のようなものだ。犬の鑑札に似ている事から、かつてはドッグタグとも呼ばれていた。

 ちなみに2枚あるのは、持ち主が死亡した時、片方はそのまま識別用につけたままにしておき、もう片方だけ報告用に持ち帰るためである。


「あ、ありがとうございます。でも、わざわざこれだけのために会長さんが来なくても──」

「いいのいいの。キミには期待してるんだからね? 自分の命も顧みずウチの生徒を助けた、勇敢なる編入生なんだから」


 ピクシーは、ぽん、とツルギの右肩を叩くと、ストームにも呼びかける。


「ストームも、彼の事をちゃんと支えてあげるんだよ」

「もちろん!」

「よし、その意気だ」


 安心した様子で笑んだピクシーは、軽やかに身を翻して背を向けると。


「それじゃ、良き学園生活を」


 背中越しに右手を振りながら、去っていった。


「……何か、思ったより親しみやすい雰囲気だったな」

「うんうん、会長さんは誰とでもすぐ親しくなれるから大人気なんだよ」

「そうなのか」


 ストームに感想を話してから、ツルギはふと、ある事に気付いた。


「そういえばピクシーって、あの『ピクシー・スルーズ1世』と関係あるのかな?」


 ピクシー・スルーズ1世。

 このスルーズ諸島王国を建国した、初代女王の名前だ。

 ストームとツルギが、このスルーズ諸島にやってきた時に乗ってきた旅客機の名前にもなっていた。

 同じ名前という事は、もしかすると関係者なのかとツルギは思ったのだが。


「ピクシーって名前は結構見かけるよ。栄誉ある初代女王様の名前だからね」

「そうか、結構人気の名前なんだな」


 ストームの説明に納得した。

 栄誉ある初代女王に肖ったなら、人気なのも頷ける。


「ちなみに、新天地を求めてデンマークから旅立ったピクシー・スルーズ1世をこの地に導いたのは、青いワタリガラスなの。ブルーレイブンズは、それにちなんで名付けられたんだよ」


 ストームは、突然得意げに余談を話し始める。


「えっ、そうだったのか」

「そうなんだよー。それにね──」


 ストームはツルギに笑って見せると、さらに話を続けようとしたが、


「おーい、お2人さん乗るでー」


 戻ってきたフェイに呼びかけられて、我に返る。

 もう搭乗の時間だ。


「あっ、うん! ツルギ、行こっ」

「ああ」


 ストームはツルギの車いすを押して、キングエアに乗り込んだのだった。

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