オフィーリアさんは空軍のトップガンだもん

「え、オフィーリア教官!? あの『薔薇園グリスタン』!?」


 一方、フェイは明らかに動揺している。


「アメリカ留学以来ね。ストーム君、ツルギ君」


 オフィーリアと呼ばれた女性パイロットは、ストームとツルギを見てそっと微笑む。


「もしかして、さっきの模擬戦で相手した機体に乗っていたのは──」

「そうよ」


 ツルギの問いに、オフィーリアは即答した。

 彼女は、先程の模擬戦で戦った『スペシャルゲスト』の正体だったのだ。


「ふぇーいー?」

「わ、わかっとる!」


 何やってるの、とばかりに横目でにらんでくるサハラに対し、フェイはうろたえながらも答えて、一歩前に出る。


「す、すんませんでした教官! 動揺のあまり、暴言を吐きながら模擬戦してしまって! ウチ、まだまだ精神統一足りてませんでした!」


 頭を下げて謝罪するフェイ。

 聞いていたサハラは、せーしんとーいつ、と少し困惑気味だ。

 だが、オフィーリアはそんなフェイに対しても落ち着いたまま、


「自覚しているなら、いい事よ」


 そう答えた。


「当面はその課題に集中しなさい。戦いに限らず、どんな物事も心乱れた方が先に負けるのだから」

「はい……」


 フェイは、頭を下げたまま、無駄口を挟まずに返事をする。


「さすがだな……」


 ツルギは、オフィーリアの沈着冷静ぶりに感心していた。

 彼女が纏う雰囲気はとても澄んでいるのに、ただ立っているだけでも隙らしい隙をまるで感じさせない。

 まさに、明鏡止水を擬人化したような美女だった。


「オフィーリアさんは空軍のトップガンだもん」


 ストームの言う通り。

 オフィーリアはトップガン。

 即ち、空軍最強クラスのパイロットの1人。

 パイロットの中ではエリートにあたる戦闘機乗りとしては、まさにエリート中のエリートなのである。


「いやほんと、『薔薇園グリスタン』に勝てるなんて奇跡みたいなもんやな……」

「本気ナ訳、ナイナイ」


 フェイのつぶやきに、サハラが首を横に振る。

 実際サハラの言う通りで、本気で戦って負かしてしまっては教育にならないのは当たり前である。

 教官パイロットは、相手のレベルや教える事に合わせて、わざと隙を見せるなど手加減する力も求められるのだ。

 オフィーリアがストーム・ツルギ機に目もくれなかったのも、ひょっとしたらわざとだったのかもしれない。


「ところで、どうしてオフィーリア教官が僕達の相手を?」


 ツルギは、率直な疑問を口にする。


「これから率いる候補生達が、今どんな実力なのを見極めたかったからよ」

「これから、率いる……?」


 まさか、とツルギは気付く。

 その通りとばかりに、オフィーリアは説明した。


「私は第1435飛行班の飛行班長として、あなた達を指導する事になったの」

「えっ、オフィーリアさんがリーダーなの!?」


 ストームが嬉しそうに声を上げた。


「さっきから妙に親しそうやけど、オフィーリア教官とどういう関係なんやストーム?」

「まあ、前からいろいろとね」


 フェイが挟んできた疑問に、ストームは少し恥ずかしそうにそれだけ答えた。


「でも、これからは班長なんだから、ちゃんとかしこまらないと」

「そうだね! よろしくお願いします! オフィーリア教官!」


 ツルギの指摘を受けて、ストームはぴしっと敬礼をして挨拶した。

 それを見たオフィーリアの表情が緩む。


「そういう訳だから、お近づきの印にこれをあげるわ」


 オフィーリアは、懐から何かを取り出して、ツルギ、フェイ、サハラの3人に渡した。

 それは、バラを描いた小さなブレスレットだった。


「これは、バラやな……?」

「色、違ウネ」


 サハラは、フェイやツルギのものと見比べて言った。

 確かに、色は3人それぞれ別々だった。

 フェイは赤、サハラはオレンジ、そしてツルギは白だった。


「あれ、あたしのは?」

「ストーム君には前にあげたでしょ」

「あ、そうだった」


 ストームは照れくさく笑った。

 ツルギはストームの左手首についた青薔薇のブレスレットを見る。

 まさかあれって、とツルギが気付いた矢先、オフィーリアが改めて4人に告げた。


「第1435飛行班は特別クラスだから、通常より厳しいカリキュラムになるわ。それを乗り越えるためには、パートナーとはもちろん、チーム全員で力を合わせないといけない。今回のオリエンテーションで教えたかった事──あなた達に最初に教えたかった事はそれよ」

「『チームワークを忘れるな。独りきりでは戦えない』だね」

「そういう事よ」


 ストームが、何やら格言のような言葉を口にした。


「それ、何?」

「後でツルギも教わるよ」


 気になったツルギが聞いてみると、ストームはそれだけ答えた。


「あなた達は、まだ発展途上なところはあるけれど、突然のチーム戦にもしっかり対応できた。もっと上を目指せる力はあるから、ストーム君とサハラ君は未来のパイロットとして、ツルギ君とフェイ君は未来のWSOとして、胸を張って実習に挑む事。いいわね?」

「はい!」


 4人は、揃って返事をした。


「最後に何か質問は?」

「はい! オフィーリア教官!」


 最後に、ストームが手を挙げてオフィーリアに1つ質問する。


「何、ストーム君?」

「第1435飛行班って、愛称ついてないの?」

「いいえ、まだ特にないわね」


 軍の飛行隊には、スポーツチームのように何かしら愛称がついている事が多い。

 それがない事を、ストームは気にしていたようだ。


「じゃあ、あたしがつけてもいい? いいもの思いついたんだ!」

「ふうん……聞いてみてもいいかしら?」


 オフィーリアに促されたストームは、ちらりと左腕につけた青薔薇のブレスレットを見てから、得意げに答える。


「このバラと、コールサインのレインボーにちなんで、『レインボーローズ』!」

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