終了、終了、終了

 相手のM-346が、ふらふらと翼を左右に振っている。

 この行動にはいくつかの意味があるが、今回の場合は、参りました、という意思表示だ。


「勝っ、た……?」


 ぽつりと、湧かない実感を飲み込むツルギに対し。


「勝ったああああ──痛っ!」


 ストームは思わず右手を突き上げ、思いきりキャノピーにぶつけていた。

 操縦桿を離したからか少しふらついたものの、機体はすぐに立ち直り、水平飛行に戻った。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫……」


 ストームは痛そうに右手首を振りながらも、苦笑して答えた。

 マスクを外しているためにはっきり見える素顔からは、息切れしている様子は全く感じなかった。


『すまん。助かったで、お2人さん』


 フェイの謝罪と共に、サハラ・フェイ機が後方から合流してきた。

 そのまま先頭に着く形で、エシュロン編隊を組む。


『ウチ、突然の事で完全にパニクってたわ……本当にすまんかった。サハラもな』

『イイヨ』


 サハラも振り返って、フェイに答えている。


『しっかし、凄い機動やったな。あんなのやって、ツルギは大丈夫か?』

「あ、ああ、大丈夫さ」


 答えた声は、思いの他疲れ切っていた事に自分でも驚くツルギ。


「滅茶苦茶凄いジェットコースターみたいな感じだったし、やっぱり凄いよストームは」

「えへへ、どういたしまして!」


 ストームは、振り返って満面の笑みを見せる。

 そのかわいさに心が癒されたツルギは、マスクを外してくれていてよかった、と変な事を考えてしまっていた。


『アイツ、只者じゃないで……ウチだったらついて行ける気しないで』

『ウンウン』


 一方、フェイとサハラは、少し呆れている様子だったが。


『さてさて! タイガーアイよりレインボーの皆さん! 本日のフライトは、これにて終了、終了、終了です!』


 そんな時、ソレイユが元気よく知らせてきた。


『ふう。レインボー、了解。終了、終了、終了』


 フェイが安堵した様子で復唱する。

 これでまた更なる抜き打ちがあったらどうしよう、と思ったのかもしれない。


『この後リードの管制塔とコンタクトを取って、帰還してくださいね! そうそう! 帰還後には、スペシャルゲストさんから一言メッセージがあるとの事なのでお見逃しなく! それでは、管制はわたくし、管制官候補生・ソレイユがお送りしましたー!』

「って、候補生だったの!?」


 ツルギは、ソレイユの最後の発言に驚いて、声を上げてしまったのだった。


     * * *


 一同が乗る2機のM-346が、リード基地に戻ってきた。

 このまま着陸するのだが、軍用機の着陸には特殊な流れがあり、まっすぐ滑走路へ降り立てばいい訳ではない。

 まず、2機のM-346はエシュロン編隊を組み、離陸した時と同じ滑走路04の上を通過。


右へ散開ぶれいく・らいと!』


 サハラの合図で、先頭のサハラ・フェイ機が右旋回して離脱していく。


「1、2、3、行くよ!」


 ストームは、3つ数えてから後に続いて右旋回。

 間を開けた2機は、一周回って戻ってくる形で着陸態勢に入る。

 これが、オーバーヘッド・アプローチ。

 戦闘時を想定し、滑走路の状態を目で見て確認してから着陸するための方式だ。


『レインボーへ。滑走路04への着陸を許可』

『着陸許可、了解』


 管制塔から着陸の許可が出た。

 車輪ギアとフラップを下げた機体は、ゆっくりと滑走路04へ近づいていく。

 やや荒めに着地した瞬間、きゅ、とタイヤが音を出し、一瞬白い煙が出る。

 そして、背面のスピードブレーキが立つと、機体が減速を始める。

 2機共に、教科書通りの着陸であった。


 2機のM-346は、誘導路を通って駐機場エプロンへと戻ってくる。

 そして、整備士のハンドシグナルに従って、元いた簡易シェルターの下に入って停止。

 車輪止めが付けられ、機体が完全に動かなくなった事を確認してから、エンジンを停止。

 これでようやく、フライト終了だ。

 キャノピーが自動で開かれたところに、タラップと車いすが用意された。


「ふう」


 ヘルメットを脱いだツルギは、大きく息を吐く。

 頭は思った以上に汗だくだった。


「ツルギ、降りるよ」

「あ、うん」


 先に降りたストームに呼びかけられて、ツルギは急いでシートベルトを外す。

 機体から降りるには、やはりストームの力を借りなければならない。

 ストームにコックピットから引っ張り出してもらい、そのまま抱きかかえられながらタラップを降りてから、車いすに座らせてもらう。

 激しいフライトの後の重労働にもかかわらず、ストームに疲れている様子は全くなかった。


「おーい」


 そこに、サハラとフェイも手を振りながらやってきた。


「あ、2人共お疲れさま!」

「オツカレー」


 挨拶し合うストームとサハラ。


「いやー、参った参ったやで」


 心底疲れたようにつぶやくフェイ。

 そこへ。


「全員揃っているようね」


 突然、知的な女性の声がした。

 4人全員が揃って顔を向けた先には、緑色のフライトスーツを着た1人の女性がいた。

 黒い長髪に眼鏡という姿で、できるキャリアウーマンといった印象の大人の女性。その胸元は、やはり大きく膨らんでいる。


「オフィーリアさん!」


 ストームが、親しい人を見かけたように声を上げた。

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