テメエなんか、テメエなんか怖くねえ!

「っ!」


 左旋回して回避。

 すぐ隣をM-346が一瞬の内に通り過ぎたのが見えた。


『え、ええい! こうなったらやるしかないで! サハラ、やっちまいな!』

『り、りょーかい! ますたーあーむ、おん!』


 破れかぶれと言わんばかりなフェイの指示に、サハラが答えた。

 サハラ・フェイ機が加速し、応戦するべく相手の姿を追いかけ始めた。


「ちょ、ちょっと2人共!」


 ツルギが呼び止めるのも聞かずに。


「あたし達も行くよ! マスターアーム、オン!」


 ストームは迷う事なく従う。

 そして、武装の安全解除スイッチを入れた。

 練習機にそんなものがあると知り、ツルギはますます困惑して待ったをかけてしまった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? この機体、本当に練習機!?」

「ど、どうしたのツルギ!?」

「何か、戦闘機にしかないものがいろいろあるんだけど!?」

「シミュレーションだよ、最新式の戦闘シミュレーション!」


 それでも、ストームは苛立つ事なくなだめてくれた。


「そ、そうなの?」


 丸腰は、ツルギの杞憂だった。

 最新鋭のこの練習機には、ある程度なら模擬戦ができるシミュレーションシステムが完備されていた。

 つまり、この練習機は「戦える」のである。


「最新のシミュレーター、か……」


 気持ちが落ち着いてくる。

 どうやら思い違いをしていたようだと、ツルギは気付く。技術は、想像していた以上に意外な方向へ進歩していたのだ。


「あっ、リーダーが!」


 そんな事している間に、サハラ・フェイ機がどんどん先行してしまっている。

 ストームが気付いた時には、もう背後から襲い掛かる寸前だった。

 空中戦の基本は犬の喧嘩と同じで、相手の背後を捉える事。

 それが、ドッグファイトと呼ばれる所以である。


『スペシャルゲストだが何だか知らんが、1機だけならウチとサハラだけで充分や!』

『……エ?』


 だが。

 フェイの突拍子もない発言に、サハラは困惑した。

 その隙をついてか、相手のM-346が急旋回し、サハラ・フェイ機を振り切ってしまった。


『アッ!?』

『こりゃまずいぞ!』


 そして、たちまち背後を取られてしまった。

 攻守逆転。

 追われる側になってしまったサハラ・フェイ機は、ひたすらに逃げ続ける。


『何しとるんや! 振り切れ! 振り切れサハラ!』

『ウルサイ!』


 そんな2人の奮闘も空しく、相手のM-346はどんどん迫ってくる。

 まさに、鮮やかな追い込みだ。


「助けに行かなきゃ!」

「ダメだ、間に合わない!」


 ツルギは、勝敗は決したと確信した。

 相手のM-346は、もう射撃位置。相手の額に銃を突きつけたも同然の状態。

 すぐ撃たれてしまうだろう、とツルギは思っていた。


『く……!』


 フェイも、敗北を確信した様子だった。

 しかし相手のM-346は、攻撃せずに離れてしまった。

 絶好のチャンスを、みすみす逃したのだ。


『何や? 撃ってこない? レーダー照射もない?』


 それでもサハラ・フェイ機の背後にいるのは相変わらず。

 射撃を狙って近づいたかと思えば、また離れるという、つかず離れずな機動を繰り返す。


『アイツ何のつもりや……! 勝者の余裕って奴かよ!』


 フェイは、自分達の事を舐められていると思ったようだ。

 追い込んでは寸止め、追い込んでは寸止めを繰り返されれば、誰でも「お前など、いつでもやれる」とばかりに手を抜かれていると思うだろう。


『あ、そうか! きっとシミュレーターがイカれちまったんやな! つまりあれは見せかけや! カラテン立直や! へへーん! それならもう、テメエなんか、テメエなんか怖くねえ! 撃てるもんなら撃ってみやがれってんだ!』


 しかし、そんな結論に至ったフェイは、あろう事か相手のM-346を挑発し始めた。


『ふぇい!』


 すかさずサハラが注意した。

 直後、レーダー照射警報が聞こえてきた。

 これは見せかけじゃない、とフェイに反論するように。


『へ!?』


 予想外の反応に、動揺するフェイ。

 しかしサハラは、すぐさま急旋回で回避した。


『地獄ニ、落トサレルヨ!』

『すんまへん……』


 結局、2機のチェイスは、まだまだ続く。

 だが、サハラとフェイの2人は、全く連携らしい連携ができていない。

 このままでは勝てるものも勝てないだろう。押し切られるのは時間の問題だ。


「どうして撃たないの?」


 見ていたストームも不思議そうだ。

 フェイが言ったように、シミュレーターの故障なら素直に後退するはずだろう、とツルギは思った。

 そのまま理由を考え始めようとした矢先、それが無意味だという事に気付いた。


「って、そんな事考えてる場合じゃないぞストーム! 僕達も行こう!」

「えっ?」

「理由はわからないけど、向こうはまだ僕達に気付いてない! ならチャンスだ!」


 相手は今、ストーム・ツルギ機には目もくれずにサハラ・フェイ機ばかり追っている。

 つまり、こちらからすれば、相手の背中がガラ空き。絶好のチャンスである。

 ソレイユは、2対1なら簡単でしょうと言っていた。

 自分達は傍観者ではない。ここで自分達が動かなければ、もう1機いる理由がない。

 2機いるからには、2機いるからこそできる戦い方をしなければならない。


「……ツルギ、もう行けるの?」


 少し驚いている様子のストーム。

 それだけで、ストームが心配してくれていたのがわかった。

 慣れない状況に戸惑ってしまったが、一緒に乗っているからには、迷惑をかけてばかりではいられない。


「うん、もう大丈夫!」

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