ボーナステェェェェジ!

「ねえツルギ、酸素マスク大丈夫?」


 ストームは振り返ると突然、そんな事を聞いていた。


「え? いや、特に問題はないけど?」

「そっか……何かマスクから酸素が来なくなったんだけど、こっちだけみたいだね。機体トラブルじゃなくてよかった」


 どうやら、ストームの酸素マスクが不調らしい。

 軽微なトラブルに見えるが、実は結構馬鹿にできない問題である。

 空の上は空気が薄い。故に生身では呼吸が困難になり、低酸素症──所謂、高山病に陥ってしまう危険があるのだ。

 もちろん、それを防ぐためM-346の機内はある程度与圧されているが、旅客機に比べればその度合いは小さい。故に酸素マスクをつけているのだが──


『どうした? 何か機体にトラブルか?』


 フェイも心配して、声をかけてきた。


「大丈夫。このくらいなら続行できるよ」


 ストームの答えに、心配しているそぶりはない。

 ツルギも、あまり心配はしていなかった。

 コックピットの与圧はきちんと機能しているし、高度も危険なほど高い訳ではないからだ。

 飛行機という乗り物は、たった1つの装置が故障しただけで墜落を心配しなければならないほどやわではない。適切な処置をすれば、ほとんどの場合は飛行を続けられる。

 かつて2人が経験したような、翼をもぎ取られるよりは遥かにマシである。


「うーん、何かあたしが使うとよく壊れるんだよね、酸素マスク……」


 ストームが、外した酸素マスクを見つめながら、不思議そうにつぶやいた直後。


『テンテテテテテテーン♪』


 突然、聞き覚えのない声が無線で流れてきた。

 ファンファーレのようなメロディを陽気に口ずさむ、少女の声だった。


「だ、誰!?」

『ブラボーッ! ブラボーッ! レインボーの皆さん、素晴らしい編隊飛行でしたね! レーダーからでもわかりましたよー! 編隊飛行は問題なし! という事で、ボーナステェェェェジ! この空域の管制は、早期警戒機タイガーアイの管制役、わたくしソレイユが乗っ取ったあああ!』


 ツルギに答えたのは、まるでスポーツ実況のごときハイテンションな声。

 ボーナスステージって何の事だ、とツルギは戸惑う。

 それは、他の3人も同じだった。


『では早速、スペシャルゲストに登場していただきましょーう! レインボーの皆さん、ルックアーップ!』


 謎の少女ソレイユに言われるまま、最初に顔を上げたのはサハラだった。


『……!』


 途端、サハラは何かに気付く。


『どしたサハラ?』

『……来ル』

『へ?』


 どうしたんだ、と思いつつ、ツルギとストームも、何気なく頭上に視線を投げる。

 輝く太陽を見上げて、妙な違和感。

 眩しさで直視こそできないが、何かがおかしい。

 何かいる。

 太陽の光に紛れて。

 何かが、こちらに向かって落ちてくる──!


散開ぶれいく!』


 ツルギが声を上げるよりも前に、叫ぶサハラ。

 はっと我に返ったストームは、とっさに操縦桿を左に倒した。

 急激な左旋回。

 サハラ・フェイ機も右へ急旋回。

 直後、2機の間を何かが通り過ぎた。

 航空機。しかも速い。


「今のは!?」


 ツルギは左側──すなわち真下に目を向ける。

 果たしてそれは、見えた。

 こちらと同じ、M-346。

 現れたのは、3機目のM-346だった。


「別のM-346!?」

「あれが、スペシャルゲスト……!?」


 ストームは、その意味をまだ飲み込めていない。

 それは、ツルギも同じだったのだが。


『あんなの聞いとらんで!? 一体何が始まるんや!?』

『今のは、スペシャルゲストのちょっとしたご挨拶です! これからレインボーの皆さんには、このスペシャルゲストさんと、模擬空中戦を行ってもらいまーす!』

『ちょ、ちょっと待てや! そんなん聞いてないで!』


 突然の宣戦布告に、思わず反論したのはフェイだった。

 しかし、ソレイユは構わずに続ける。


『ルールは簡単! ミサイルなしのガンファイト! ガンを一発でも浴びせられたら撃墜です! 相手は手練れな教官さんですが、2対1なら簡単でしょう? ただし! 負けたら、即落第ですからね? もちろん、撤退は許可しません! 迎撃あるのみです!』

『抜き打ちテストって事かよ……!?』


 フェイのその言葉で、ツルギはこれから始まる事を理解した。

 実戦形式のテストが、抜き打ちで始まるのだ。


「でも、練習機でガンファイトって言われても、銃なんてないんだけど!?」


 とはいえ、ツルギは戸惑った。

 M-346は、非武装でレーダーすらない練習機であり、空中戦をやる飛行機ではない。

 丸腰で剣道をやれと言わんばかりの無茶ぶりに、ツルギは聞こえたのだ。

 しかし、ソレイユは無視して宣言する。


『さあ、1ラウンドだけの真剣勝負! 勝っても負けても恨みっこなし! それでは! レディー、ファーイッ!』


 なぜか、かーん、というゴングの音が無線で聞こえた。

 直後、3機目のM-346が反転して戻ってきたのが見えた。

 途端、コックピットで何かの警報音が鳴った。


「レーダー照射!?」


 困惑するストーム。

 レーダー照射警報。すなわち、相手が狙ってきているという警告。

 相手が先制攻撃を仕掛けてきたのだ。

 リアルな模擬戦の演出が突然始まり、ツルギは困惑するばかりであった。

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