これくらいの編隊飛行は楽勝だよ!

 サハラ・フェイ機が、右へゆっくり傾き、ストーム・ツルギ機も、後に続く。

 右90度にまで傾くと、ゆっくりとした旋回を開始。


「──!」


 ほどほどに強いGが、ツルギの体にかかる。

 その間も、機体はサハラ・フェイ機にぴたりとついて行く。


『おお、ええでええで!』


 フェイが振り返りながら、ストームの操縦を見て褒めている。

 編隊での旋回は、簡単そうで難しい。

 何せ、僚機はリーダー機よりアウトポジションで飛ばなければならないのだ。

 開始時はただ機体を傾けるのではなく、しっかりと立体的な動きでポジションを合わせなければならないし、その後もパワーをしっかり調整しなければ置いて行かれてしまう。

 それでも、ストームはその全てをしっかりこなして、旋回を行っている。

 サハラも、ストームがちゃんとついて来れるように調整しながら操縦しているのがわかる。

 旋回が終わるまで、編隊を崩す事は全くなかった。


『よーし! 旋回は終わり! ええ感じやな!』


 旋回を終えて水平に戻ると、フェイが褒めてくれた。


「ふふん、これくらいの編隊飛行は楽勝だよ!」


 ストームは、マスク越しでも涼しい顔をしているのがわかる。


『そんじゃ、次は宙返りやで!』

『りょーかい。宙返りるーぷなう!』


 サハラの号令で、今度は宙返りを始める。

 エンジンパワーを上げ、編隊を保ったまま、ゆっくりと上昇していく。

 ここが、編隊で宙返りの難しいところだ。

 編隊を保つにはパワーの微調整が不可欠だが、上昇中にそれを誤ればパワー不足になって最悪失速してしまう。

 もちろんリーダー機も、僚機が失速する事がないようにパワーを調整しなければならない。

 編隊飛行は、まさに共同作業なのだ。


『よーし、その調子や!』


 故に、編隊宙返りが安定しているのはフェイが褒めている事からもわかる。

 やがて天地がひっくり返り、宙返りの頂点に達した。

 ここからは、パワーを落として降下に転じる。

 ブレーキをかけながらでないと危ないのは、地上の下り坂も飛行機の降下も同じ。かといって、かけすぎて置いて行かれないように、しっかり調整しなければならない。

 そのまま海面が見えてくると、さらに引き起こしを続け、編隊は水平飛行に戻った。


『よーし! 宙返りも、ええ感じやな!』

「楽勝楽勝! もっと難易度上げてもいいよ!」


 こうして2つの機動を終えた訳だが、これらはあくまでも基礎的なもの。

 ストームが面白くないと感じるのも、当然である。


『ほう? そんじゃ、応用編と行こか! インメルマン・ターンや!』

『りょーかい。いんめるまん・たーん、なう!』


 サハラの号令で、再び宙返りを始める。

 先程と同じように、編隊を保ったまま宙返りしていく。

 だが、天地が逆さまの背面状態になったところで。


『すとっぷ! 横転ろーりんぐ!』


 宙返りは停止。

 直後、くるり、と空がまたひっくり返って元に戻った。

 2機がタイミングを合わせて、横転したのだ。

 先程まで左側に見えていたサハラ・フェイ機が、右側に見える。

 位置はそのままに、上下だけひっくり返った証拠である。

 これが、インメルマン・ターン。

 180度反対側へ飛ぶテクニックのひとつで、高度を稼ぎながら反転する機動である。


『インメルマン・ターンも、ええ感じや!』

「うーん……」


 ストームは急につまらなさそうな声を出した。

 何か面白いものないかな、と考えているように。

 そして唐突に、ツルギに提案した。


「ねえツルギ、やってみていいかな?」

「え? ? 僕は構わないけど──」


 サハラとフェイは許してくれるかな、とツルギは少し心配する。


『ん? 何や何や? 奥の手でもあるんか? やってみてええよ?』


 意外にも、フェイが自ら興味深そうに食いついてきた。

 ツルギの心配は、一瞬で杞憂に終わった。

 すかさず、ストームは提案する。


「ちょっとそのまま、まっすぐ飛んでて!」

『へ? 何するんや?』

「こうするのっ!」


 すると、ストームは少しだけ操縦桿を引いた。

 ストーム・ツルギ機は一瞬上昇してから。


「えいっ!」


 すぐさま、左にぱたん、とひっくり返すように横転して、背面になる。

 それも、サハラ・フェイ機の真上で。

 ストームとツルギは、座っている座席ごと逆立ちする形になる。


『エ!?』

『何や!?』


 サハラもフェイも、頭上を見て驚いている。

 さらにストームは、サハラ・フェイ機へ機体を近づけていく。

 垂直尾翼が引っかかりそうなくらいの、ギリギリまで。

 それはまるで、M-346の背中を鏡越しに見ているような隊形。


「どう? ミラー・フォーメーション!」


 得意げに宣言しながら、左手でデジタルカメラをサハラとフェイに向け、シャッターを押すストーム。


「2人共驚いてる!」


 ツルギが思わず笑った直後、サハラ・フェイ機から離れていく。

 ストーム・ツルギ機から見れば、機首を下げる形で。


「おお!?」


 通常とは逆に、座席から剥がされるような力がかかり、ツルギは思わず声を上げた。

 逆立ちが想像以上に難しいのは、人も飛行機も同じ。

 ましてやその間は、横転以外の操作が逆向きになる。

 つまり上昇したいなら、操作をしなければならないのである。

 そんなあべこべな操作を難なくこなしたストームは、すぐに機体をひっくり返し、元の水平に戻した。


『ス、スゴイ……』

『ストーム、そんな事もできるんか……』


 サハラもフェイも、ストームの曲芸に唖然としていた。


「ストームは本当にすごいな。あのまま宙返りとかもできるんじゃない?」


 ツルギも感心して褒め言葉を口にしたが、なぜかストームは黙り込んでいて返事をしない。

 さっきまで心底楽しそうにしていたのが、嘘のように。


「ストーム? どうしたんだストーム?」

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