あたし達はもう、未来の『ファルコナー』なんだよ!

 校舎の中にある談話室で、ストームとツルギはフライトスーツのまま昼食を取っていた。

 談話室にいるのは2人だけなので、かなり静かである。

 それもそのはず。

 今この校舎には、人がほとんどいないのだ。

 2人がこうして談話室のテーブルの前にいるのも、学食が閉まっていたからである。


「ねえストーム、何か見られてる気がしないか?」


 なのにツルギは、そんな不気味な感触を抱いていた。


「どうしたの、急に?」

「いや……誰もいないのに、さっきから視線を感じるっていうか──」

「それは多分、車いすの人が珍しいからだよ! ひょっとしたらツルギ、隠れファンができてたりして!」


 そう言いながらサンドイッチを食べるストームの解釈は、至極前向きなものだった。


「ストームはポジティブだなあ……」


 苦笑しつつも、それが彼女の良い所だと、ツルギは思う。

 同じサンドイッチを頬張りながら、スルーズ諸島空軍航空学園のパンフレットを開く。


「──!」


 途端、1枚の写真が目に留まる。


『F-16 Fighting Falcon』


 かつて自分が乗っていた戦闘機・F-16が、そこに映っている。

 だがそのフォルムは、ツルギが見慣れていたものと少し違う。

 滑らかな曲線を描いていた背部に、まるで力こぶのような膨らみが2つあるのだ。

 そして垂直尾翼に描かれているのは、バインドルーンの紋章。


「あれ、スルーズ諸島空軍のF-16って、最新型だったのか……!?」

「そうだよ? 言ってなかったっけ? コンフォーマル燃料タンクとF100-PW-229エンジン積んでるって」

「多分──言ってない」


 F-16の背中の膨らみは、『コンフォーマル燃料タンク』という追加の燃料タンクで、21世紀に入ってから生産されたモデルの証。

 そのフォルムはマッシブで、わかりやすく強化された印象を与える。


「ツルギは、前のシンプルなタイプの方が好き?」


 ストームも、横からパンフレットを覗き込んでくる。


「いや、コンフォーマル燃料タンクを付けたこのフォルム、小さい頃から好きだったんだ。将来はF-2もこんな風にパワーアップするんだって、ウキウキしてたよ……」

「そういえば、そうだったね。えーと、『スーパー改』だったっけ?」

「うん。結局、幻になっちゃったけど……」


 ツルギは、もう乗る事が叶わぬ戦闘機に思いを馳せる。

 それに近いフォルムの戦闘機に乗れると知った途端、戸惑いの感情が湧いてくる。


「本当にこれに、乗れるんだよな……?」

「乗れるよ! うちの戦闘機、これしかないんだし!」


 ストームは、そう言って微笑んで見せた。


「あたし達はもう、未来の『ファルコナー』なんだよ!」

「『ファルコナー』? そうか、『鷹匠』か……」


 F-16のパイロットをそう呼ぶのは言い得て妙だなと、ツルギは思った。


「あっ、いけない! 飲み物買うの忘れてた!」


 不意に忘れていた事を思い出したストームは、慌てて席を立った。

 そういえば何か忘れてるような、と感じつつも、手元に飲み物がない事にツルギも今まで気付かなかった。


「ツルギは何が欲しい?」

「僕は水でいいよ」

「水だね! ちょっと待ってて!」


 ストームは急ぎ足で、談話室を出て行ってしまった。

 独り取り残されるツルギ。

 車いすから動けない身では、少し心許なく感じてしまう。

 とはいえ、買ってくるだけならすぐだ。そんなに待たされないだろう。

 ツルギはサンドイッチをまた一口頬張りながら、パンフレットを読んで待つ事にした。

 そんな矢先、不意に後ろから肩をぽんぽん、と叩かれた。


「え?」


 振り返った途端、ツルギは驚いた。

 見知らぬ少女が、こちらに身を乗り出していたのだ。

 どこかぼんやりした印象の彼女は、褐色の肌で、瞳は琥珀色。髪は黒のショート。目元には赤い入れ墨が入っている。

 普通の人はまずしないその顔立ちは、まるで異界か遙か古の時代から来たかのようだった。

 だが、着ているのは青い制服。という事は、この学園の生徒か。

 ちなみに、その胸の膨らみはストームに負けず劣らず大きい。


「えっと──何か、用?」


 恐る恐る、ツルギは問いかける。


「……コノ、イス、何?」


 褐色肌の少女は、妙にたどたどしい喋り方でツルギに問うた。

 ツルギが座っている車いすを、ちょんちょんと指さしながら。


「え? これは、普通の車いすだけど?」

「車、イス?」


 復唱した褐色肌の少女は、首を傾げている。


「車イス、ッテ、何?」

「え!?」


 車いすを初めて見たような口振りに、ツルギは耳を疑った。


「えっと、車いすとは何か、って事?」


 念のため確認すると、褐色肌の少女は、こくこくと頷く。

 ほ、本当に知らないのか、とツルギは確信した。

 本当に異界か古の時代から来たような相手に戸惑いながらも、ツルギは答える。


「いや、その──歩けない人が使ういすだよ」

「エ……? 歩ケナイ、ノ?」


 褐色肌の少女は、少し驚いたのか僅かに目を見開いた。


「そう。僕はいろいろあって、歩けないんだ。だから車いすを使ってるのさ」

「……」


 褐色肌の少女は、ツルギの足を見て唖然としている。

 歩けないと知ったのが、余程ショックだったのだろうか。


「おまたせー! って、あれ?」


 そんな時だった。

 ストームの声が聞こえてきたのは。


「あっ」


 ツルギは思わず、声を上げてしまった。

 ストームと、褐色肌の少女の目が合う。

 まずい。

 今の自分はストームの夫だ、これはいろいろと誤解されるのではないだろうか、という不安が一瞬頭を過ぎった。

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