ドーモ。さはら、デス

 が。


「サハラじゃない!」


 ストームはなぜか、嬉しそうな驚きを見せた。

 予想と違う反応に、ツルギは肩透かし的に驚いてしまった。


「……すとーむ?」


 褐色肌の少女がストームの名を口にした事に、ツルギはまた驚いた。


「久しぶりー! 元気にしてた?」

「ウン。留学、終ワッタンダネ」

「そうそう! この間帰ってきたばかり!」


 歩み寄った2人は、指を絡ませる形で両手を握り合いながら、ウキウキと話が弾んでいる。

 先程買ってきたと思われる小さなペットボトル2本を、テーブルに置き去りにして。


「え、2人って、知り合いだったの!?」

「そうだよ! 同級生のサハラっていうの!」


 ツルギの疑問に答えるストーム。


「……ア、ドーモ。さはら、デス」


 褐色肌の少女サハラは、そういえば名乗っていなかったとばかりに、名乗った。


「紹介するね! この人はツルギで、あたしの夫さん!」


 そしてストームが、ツルギを紹介する。

 夫さんといきなり紹介され、ツルギの方は戸惑ってしまう。

 当然ながら、サハラは目を見開いて驚いている。


「エ……!? 結婚、シテタノ!?」

「そうだよ! ほら!」


 ストームは、結婚した証である左手の指輪を、サハラに見せる。


「……ホント?」

「あはは、まあ……」


 サハラに視線を向けられたツルギは、苦笑しながら左手の指輪を見せる。


「今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない、ツルギ!」

「そうだけど、やっぱりまだ慣れてないし……」


 ストームにそう言われても、照れくさいものは照れくさい。

 慣れるにはまだ時間がかかりそうだ、とツルギは感じつつ、照れ隠しにサンドイッチの最後の一口を頬張った。


「……実ハネ、さはらも──」


 と。

 サハラが不意に、左手の甲を見せる。

 その薬指には、何と銀色の指輪が。


「えっ!?」


 ツルギは驚きのあまり、サンドイッチを上手に飲み込み損ねてしまった。

 引っかかった苦しさで、思わず胸元を叩く。


「サハラも結婚してたの!?」


 ストームの言葉に、こくん、と頷くサハラ。

 一方のツルギは、その話を飲み込む余裕すらない。


「ご、ごめん、水……」


 それに気付いたストームが、慌ててペットボトルを渡した。

 ツルギはすぐにペットボトルを開け、サンドイッチを胃へ流し込み、ほっと一安心。


「ねえ、相手は誰? どんな人?」

「ソレハネ──」


 特に恥ずかしがるそぶりも見せずに、言いかけるサハラ。

 直後、不意にツルギのスマホが、ぶーん、と振動した。

 すぐにスマホの画面を開くツルギ。

 表示されているのは、『12:40』という現在時刻。

 あらかじめセットしていたタイマーが鳴ったのだ。


「もう40分だ。そろそろ行かないと」

「そうだね! サハラごめんね、あたし達行かないと!」


 時間だ。

 ストームは、急いで車いすの後ろに回る。

 ツルギも急いでテーブルの上を片付けるが、まだストームがサンドイッチを残していた事に気付き、素早く彼女へ渡す。

 急いでサンドイッチを頬張ってから、車いすのハンドルを握るストーム。

 一方のサハラも、何かに気付いたように、腕時計を確認していた。


「それじゃ、後でね!」

「ウン、後デ」

「しゅっぱーつ!」


 動き出す車いす。

 その間ツルギは、買ったペットボトル2人分と、読んでいたパンフレット、そして自分のスマホをちゃんと持っている事を再確認。

 そのまま、少し急ぎ足で談話室を出ようとした矢先。


「よーし! 立直やあああっ! 頼むで! これ逃したらもう後がないんや! 頼む! 頼む! 頼むっ!」


 廊下から、何やらやかましい声が聞こえてきた。

 直後、車いすの右側面から、何かがぶつかった。


「わっ!?」


 強い衝撃だったが、幸いツルギも車いすも倒れる事はなかった。

 ツルギは一体何が起きたんだと、状況を確認する。


「いってぇぇぇ……!」


 右側に、誰かが尻餅をついている。

 青い制服を着た青年だった。眼鏡をかけた、赤い髪の東洋人だ。どうやら学生らしい。


「ツルギ、大丈夫!?」

「いや、僕は大丈夫だけど──」

「バッキャロー! アンタどこ見て歩いとんねん!」


 赤い髪の青年は立ち上がるや否や、突然訛った英語で怒鳴りつけてきた。


「どこ見てって、こっちの台詞だよ!」


 すぐさまストームが反論する。


「うっさい! 今ウチは気が立ってるんや! いきなり飛び出して来るんやない!」

「いきなり飛び出して来たのはそっちでしょ!」

「ふざけんな! アンタちゃんと左右確認したんか!? 子供だって左右見るやろ!」

「そっちこそ、よそ見してたんじゃないの!?」

「あんな急に飛び出して来たら、よそ見してなくてもわからんて!」


 赤い髪の青年は、完全に怒り心頭だ。ストームに対して一歩も引く様子がない。

 まずい、こんな時間がない時に。

 焦るツルギは何とか2人の口論を止められないか、考えようとした。

 だがその矢先、赤い髪の青年の背後に、人影が現れた事に気付いた。

 サハラだ。

 彼女は口論に加勢する事もなく、赤い髪の青年の足元から、恐らく彼のものと思われるスマホを拾う。

 その画面を見た途端、むぅ、と膨れっ面になった。

 そして、赤い髪の青年の肩を、ぽんぽんと叩く。


「誰やねん! 今ウチは取り込み中──」


 返事を聞く事もなく、サハラは彼の頭にゲンコツを一発叩き込んだ。

 相手が頭を抱えてうずくまってしまうほど、かなり強い一発だった。


「いってぇぇぇ……! な、何すんね──」


 言い掛けたところで、赤い髪の青年はサハラと目が合った。

 途端、目を見開いて言葉を失ってしまう。


「サ、サハラ……!?」

「ふぇーいー?」


 赤い髪の青年をじっと見下ろすサハラの声は、舌足らずながら子供を叱りつける母親のような威厳がある。

 ツルギもストームも、目の前で起きた予想外の展開に唖然としてしまう。

 2人は一体、どういう関係なのかと。

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