それが今のあたしの目標!

 南国の陽ざしの下、空の大サーカスが始まった。


 紫を基調とした派手なカラーで塗られたF-16が6機、三角形のデルタ編隊を組んで現れた。どの機体も、背中に大きなコブが2つ付いているのが特徴的だった。

 白い煙を拭きながら、大きく宙返り。

 まるで繋がっているかのように一糸乱れぬ編隊を保ったまま、空に大きな円を描いた。

 次は正面からゆっくりと上昇し、垂直に達したところで2機ずつ左右に散会していく。

 白い軌跡が、空に大きなヤシの木を描いた。

 4機と2機のパートに分かれて、演技は続く。

 2機が背面飛行をしながら、正面でスピーディに交差。

 4機は、縦一列のトレイル編隊から瞬時に菱形のダイアモンド編隊へ組み替えながら、バレルロール。

 今度は単機で、煙を出さない代わりに赤いアフターバーナーの炎を見せつけながら360度旋回。戦闘機の優れた機動性を見せつける。

 その次に、車輪を降ろした状態で現れた5機のデルタ編隊の真下を、ダイナミックに潜り抜ける──


     * * *


 そんな映像を、ツルギはストームと共にスマートフォンで見ていた。


「はぁー、かっこいいなあー! やっぱヴァルキリーズかっこいいよー!」


 ストームは、イケメンアイドルでも見ているかのようにうっとりした様子。

 横目で見たツルギは、思わず苦笑してしまう。

 それに気付いたストームが、慌てた様子で弁明し始めた。


「ち、違うよ!? ファンとして好きってだけだよ!? パートナーとして一番好きなのはツルギだから! 浮気なんかじゃないよ!」

「わかってるよ、そんなの」


 とはいえ、ツルギにとってはいつもの光景だ。

 この映像に映っているのは、ストームの『憧れ』だと知っているから。


「あー、お2人さん? 盛り上がってるとこ悪いんやけど──」


 が。

 ふと注意されて、2人揃って顔を上げる。

 見れば、向かい側に隣同士で座るフェイとサハラが、呆れた様子で2人を見ていた。

 フェイはミニトマトを、サハラはニンジンのソテーを、フォークで食べている。


「食事中のスマホはよろしくないで?」

「食ベルノ、集中」

「あっ、そうだったね……」


 ストームは苦笑しながら、名残惜しそうに動画を停止した。

 会食中にスマホを触るのは、相手に対して不快な思いをさせる事があると、ツルギも思い出した。


「で、一体何を見とったんや?」

「いや、スルーズ諸島空軍の事を勉強しなきゃなって言ったら、空軍の事がよくわかる動画を見せてもらったんだけど、途中で脱線してた……」


 頭を掻きながら反省するツルギ。


「あたしがヴァルキリーズの動画見つけちゃったからだね……ごめん」

「ほー、ストームはヴァルキリーズのファンなんか?」

「うん!」


 フェイの問いかけに、ストームは即答した。

 そして、胸を張って語る。


「あたしね、ヴァルキリーズのパイロットになるのが夢なの! そのためには、優秀な戦闘機パイロットにならなきゃいけない! つまり最強のパイロット! トップガン! それが今のあたしの目標!」

「ほー、それはええなあ」

「で、ツルギは小さい頃から戦闘機乗りになるのが夢なの! ね?」

「え? あ、うん」


 突然ストームに自分の夢を話されて、ツルギは少し照れ臭くなる。


「へー、アメリカに留学してたんは、そーいう──」

「まあ、そういう事」

「そーやったんか……んでも、残念やったな」


 フェイがぽつりと口にした途端、場の空気が一気に重くなる。

 気まずい雰囲気。


「……ふぇい」


 サハラが、フェイをじっと横目でにらみ注意した。


「あ、ああ! すまんかった! 別に悪気はなかったんや! ただ、ウチと似たようなもんやなって──いや全然似てへんか! とにかく、変に同情して気を悪くしちまったなら、すまん!」


 似たようなもん、という言葉が引っかかるツルギ。

 フェイにも何か事情があったのだろうか、と。


「ねえ、フェイの夢って何?」


 ストームに逆に質問され、え、と戸惑うフェイ。


「そ、そんな人様の夢なんてええやろ」


 視線を泳がせるフェイ。

 聞かれたくない事だっただろうか、とツルギは思った。


「さはら、強クナリタイ」


 代わりに答えたのは、サハラ。


「強くなるのが夢って事?」

「ウン」

「いいじゃない! 強くなるの大事大事! 一緒に強くなろう!」

「ウン、ウン!」


 ストームに誉められたサハラは、どこか嬉しそうにうなずく。

 いつの間にか、すっかりストームと意気投合しているようだ。

 その一方で、フェイはそんなサハラを見てどこか複雑そうな顔をしていた事に、ツルギは気付いた。


「次、ふぇいダヨ」


 そして、サハラはフェイに話を振る。

 もうみんな言ったんだから、とばかりに。


「い、いや、ウチはええって──」

「アカン」

「ど、どうしても言わなあかんか?」

「アカン!」


 男でしょ、と言わんばかりに、サハラがフェイの背中を軽く叩く。

 そんなやり取りを見て、ツルギはストームと苦笑する。

 何となく、2人の関係性がどういうものか見えてきたから。


「はあ、しゃーないな……ウチの夢はな! スルーズ諸島航空に入る事ですっ!」


 フェイは半分開き直ったように告げた。


「スルーズ諸島航空って、今日僕達が乗ってきた旅客機の──」

「そう、それ! 王室が運営するフラッグキャリアや!」


 ツルギの反応を聞いて、フェイのテンションが少し上がる。

 フラッグキャリアとは、国を代表する航空会社の事。すなわち、その国における航空会社の最大手と言っていい。


「でもそれなら、どうして空軍に? 直接入社しなかったのか?」


 だが、素朴な疑問が浮かぶツルギ。

 痛い指摘だったのか、ずるっ、と姿勢を崩すフェイ。


「ひょっとして、空軍で経験を積んでから入る、とか?」


 ストームがフォローする。


「え?」

「スルーズ諸島航空にはね、空軍出身の人がたくさんいるんだよ。パイロットにも、整備士にも。空軍の人は腕がいいって評判みたいでね」

「ああ、そうだったのか」


 ツルギは納得した。

 経験者が有利なのは、どんな仕事でも同じである。


「まあ、そういうこっちゃ。転職前提で入るなんて、なんつーか、変な話やろ?」

「ううん! 将来設計がしっかりできてていいと思うよ!」


 ストームの言葉が予想外だったのか、ぽかんとするフェイ。


「サハラ、ウチ誉められた……」

「ヨカッタネ。ヨシヨシ」


 まるで犬に対してするように、フェイの頭を優しくなでるサハラ。

 そんな2人を見て、はあー、とこちらまでぽかんとしてしまうツルギとストームであった。

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