結成! レインボーローズ

プレフライト2

「ブラウンリーダーより各機へ。正面より敵機。数1。作戦通り、3番機と4番機で応戦、こちらが援護します」


 南国の青空の下。

 コックピットの中で、オーフェリアは告げる。


『了解。いよいよ「ブラックバール」のお出ましか』

『4機で返り討ちにしてやりましょう!』


 男達の声。

 外を見ると、2機のF-16戦闘機が前に出たのが見えた。垂直尾翼に誇らしげに描かれているのは、バインドルーンの紋章。

 オーフェリアは少し上空に上がって後ろから見守る。空でも上手に陣取った者が有利なのは同じなのだ。

 ここにいるのは、オーフェリア機も含めF-16Aが4機。

 たった1機の敵とは、もうすぐ会敵。

 レーダーは、肉眼ではまだ豆粒にさえ見えない相手の位置を捉え、HUDに四角で囲んで表示している。

 ジェット機同士の相対速度なら、見えたらあっという間にすれ違うだろう。


『さあ来い……! 我らの力を──なっ!?』


 3番機のパイロットが言いかけた途端、驚きの声を上げた。

 彼の視界──つまりキャノピーが、いきなり真っ赤に染まったのだ。

 その直後、よろけた3番機の横を、向かってきていた機影が通り過ぎた。


『な、何だこれは!? どうなってるんだ!?』

『おい3番機、大丈夫か!? 何が起きた──うわっ!?』


 状況が確認できない4番機の無防備な背に、赤い何かがぶちまけられる。

 その背後から、先程の機影が高速で追い抜いていく。

 血で染められたように、真っ赤な機体。

 そんな目立つカラーの機体など、今時の軍用機には存在しない。

 さらに、そのもののシルエットも、スルーズ諸島空軍には存在しないものだった。

 三角形の主翼の前方に、さらにカナードと呼ばれる三角形の水平尾翼が一対並んだ、カナードデルタと呼ばれるスタイル。

 深紅のJAS39グリペンであった。


『ブラウン3、ブラウン4、残念だがお前らは死んだ』


 そのパイロットは、魔女のような声で勝利宣言をする。

 そう、3番機と4番機は、グリペンに狩られたのだ。

 数の有利が、一瞬にして崩された。


『リーダー! これは──』

「散開して応戦!」


 それでも、オーフェリアは冷静だった。

 すぐに指示しながら、右旋回。

 隣にいた2番機と左右に分かれ、相手の狙いを分散させる。

 グリペンは、2番機に狙いを定めたらしく、その後ろに迫りつつある。


『後ろにつかれた!』

「今行きます!」


 オーフェリアは、すぐに機体を向かわせる。

 1機が敵を引き付けている間に、もう1機が敵の背後を取るのは、空中戦の基本的な戦術のひとつだ。

 だが。


『遅い』

『ぬわっ!?』


 グリペンが、何かを放ったのが見えた。

 それを背に浴びた2番機は、たちまち背が真っ赤に染まる。


(あれは、やはり──!)


 オーフェリアは確信した。

 敵はどうやら、すっかり廃れた特殊な機関砲弾を使っていると。


「何のつもりかは知りませんが──!」


 これで味方は自分だけになってしまったが、それでもオーフェリアに逃げる気などない。

 全速力で、相手の背後に追いすがるが。


『甘い!』


 グリペンは急上昇。

 まるで太陽のある方角へと飛び込んだのだ。


「しまった!」


 オーフェリアが気付いた時には、もう遅い。

 グリペンに、背後を取られてしまった。

 反射的に操縦桿を右へ倒す。

 機体がひらり、と右へ傾いた瞬間、すぐ真横を閃光がいくつか通り過ぎた。

 弾丸が飛んできていたと、すぐに理解できた。


『ほう……少しはできるようだな。だが!』


 銃撃は続く。

 オーフェリアはそれを、左右に切り返す事で巧みに回避。

 だが、グリペンを振りほどけそうにない。

 それどころか、じりじりと迫ってくる。

 遂には、ぶつかると感じるほどにまで迫られてしまった。

 オーフェリアは、あくまでも冷静に悟った。

 自分は追い詰められていると。

 まるでチーターに追いつかれそうなガゼルのように。


『この距離ならよけられまい!』


 頭に銃口を付けつけられる感覚。

 逃げられないと悟ったオーフェリアは歯噛みするしかなかった──


     * * *


 スルーズ諸島空軍の、とある空軍基地。

 帰還してきたF-16の姿に、整備士の誰もが驚いた。

 何せ、揃いも揃って赤く汚されていたのだから。たった1機だけを除いて。


「すみません、大尉。あんな不甲斐ない結果になってしまって……」

「だが、あれはいくら何でも卑怯だ! あんなの使うなんて聞いてなかったぞ!」

「あんなアンフェアなのがヘルヴォル社のやり方かよ!」


 機体から降りて集まったパイロット達は、敗北に納得していない様子だった。

 無理もない、とオーフェリアは思う。

 自分達は、何も知らされずに不意打ちを浴びたも同然なのだから。


「戦場はゲームじゃない。フェアだって期待する方が間違いだ、アホが」


 突然、魔女のような声が割り込んできた。

 F-16達の隣に並ぶ、赤いグリペンの近くに、その声の主はいた。

 女性らしからぬボサボサの黒髪と、顔の大半を覆う痛々しい火傷の痕。

 彼女は頭を掻きながら、馬鹿にする。


「全く、これだから実戦を知らぬ軍隊というものは……もうすぐ新型が来るというが、こんな奴らには宝の持ち腐れだな」

「何だと!」

「ズルして勝ったからって偉そうに!」


 パイロット達は怒り心頭とばかりに彼女に食って掛かろうとしたが、オーフェリアが右手を伸ばしてそれを遮る。


「我々にも至らない点があったのは認めます。不意を突かれただけで心をかき乱されてしまったのは一軍人としてあるまじき事──ですが、機体に少なからずダメージを与えるあれは、安全面において不適切です。今回の件は、社へ厳重に抗議させていただきます」


 代わりにオーフェリアは、冷静かつ毅然とした態度で抗議する。

 女性は、ほう、と少し感心した様子を見せ、


「……言うじゃないか。さすが運よく逃げ切れただけある」


 にたり、と笑みながらそれだけ言って、去っていった。

 その背中を黙って見送りながら、オーフェリアはつぶやく。

 眼鏡越しの瞳に、複雑な色を浮かべながら。


「パール・アイアンズ……まさかスルーズでも会う事になるとは──」

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