伝説の技
「ええいっ!」
旋回や急降下がダメならばと、宙返りをして振り払おうと試みるストーム。
それでも、相手はしっかりとついてきている。
結局、宙返りは通じなかった。
もはや、完全に真後ろを取られるのも時間の問題だろう。
(上昇──そうだ!)
ツルギの血が下がりきった頭が、ひとつのアイデアを導き出した。
だが頭が回らないせいか、その名前が思い出せない。
それでも、ツルギは言った。
「ストーム、もう一度宙返り!」
「え? もう一度?」
「合図したら、ペダルも使って思い切り捻って!」
「──!」
ストームは、やって欲しい事に気付いてくれた様子だった。
「わかった! じゃ、行くよ!」
ストームは、再び操縦桿を引く。
再び宙返りを始める機体。相手も当然、その後を追ってくる。
その頂点に達し、機体が背面になろうとした時、ツルギは指示した。
「今!」
ストームはスロットルレバーを引いてパワーを落とし、さらに操縦桿とペダルの両方を使って、機体を左へ文字通り捻った。
その挙動は、距離を詰めてくる相手を、ひらり、と舞うようにかわす形になった。
相手はその動きを追い切れず、こちらを追い越してしまった。もしかしたら消えたように見えたかもしれない。
小回りの利いた1回転を終えると、相手のテキサンが真下に見えた。
こちらを見失ったまま、宙返りを続けているのだ。
「うまく行った!」
「よーし! 次はこっちの番だっ!」
すかさずその後を追う。
急降下の勢いで、あっという間に追いすがる。
攻守逆転だ。
相手も気付いたようで、再び宙返りをして振り切ろうとする。
だが、急降下で勢い付いているこちらは、難なく追いすがる。
相手の真後ろに、じりじりと迫っていく。
「ファンネルに捉えるよ……!」
ストームの眼前にあるHUDには、下方向に流れる吹き流しのような表示が映されていた。
これがファンネルで、この間に挟み込む形で相手を捉えられれば、狙いが定まるのだ。
旋回して逃げようとする相手の姿が、ファンネルの間に追い込まれていく。
少しずつ。
少しずつ。
「行け……! 行け……!」
ツルギも、Gに耐えながらひたすら祈り続ける。
この調子なら行けると信じて。
そして、相手の姿がファンネルの中に挟み込まれた時。
『そこまで!』
模擬戦終了が告げられた。
我に返ったストームは、すぐに追跡をやめ、機体を水平飛行に戻した。
『勝負あった! ライラック1の勝利とする!』
ロアルド教官は審判のように、ストーム達の勝利を告げた。
「勝った……?」
呆然とするツルギの一方で、
「やったあっ! 勝利のバーンク!」
ストームは湧き上がる喜びを表現するように、いきなり機体を左に倒した。
90度真横に倒したところで止める形で。
「え? 何これ?」
「ガッツポーズみたいな感じで! いいでしょ?」
「何だそれ……ふふっ!」
2人の間に、自然と笑みが零れる。
それこそが、全てが終わって緊張が解けた証だった。
元の水平に戻した直後、ロアルド教官から指示が来た。
『これにて、今回の試験を終了する。全機、状況終了。帰還せよ』
『らじゃー。帰還、スル』
と。
そこに、聞き覚えのあるたどたどしい声が聞こえてきた。
「え……?」
ツルギが耳を疑った直後、左横に先程までの相手だったテキサンが現れた。
横一列に並ぶ形になり、コックピットにいるパイロットがはっきり見える。
前席に1人。
目元に見える黒い肌と赤い入れ墨で、すぐにわかった。
「サハラ!?」
「えっ、サハラだったの!?」
驚いたのは、ストームも同じだった。
ただ迎えに来ただけの彼女が、知らない内に模擬戦の相手役としてテキサンに乗っていたのだから。
「すとーむ、オ見事」
そんな2人をよそに、サハラは労うようにサムズアップをして見せたのだった。
* * *
リード基地へ帰還したストームとツルギは、フライトスーツを着替えないまま教室へ戻りロアルド教官から試験の結果を正式に告げられた。
2人が座る席の目の前に置かれたノートパソコンに、今回の飛行の軌跡を正確に再現した3D映像、そしてコックピット内のツルギの様子を録画した映像が映し出されている。
それを見せながら、向かい側に座るロアルド教官は告げる。
「ツルギ君。君の高機動飛行への適性は十分なものだった。そして模擬戦でも的確に指示を出せていた。今回の試験は合格だ」
「ありがとうございます!」
ツルギは喜びのあまり、大きな声で頭を下げていた。
だがストームは、はたと気付く。
「あれ? でも今回って事は──」
「午後に最終試験を行う。ジェット練習機T-50を使った、より実戦的な試験だ」
ストームとツルギは、顔を見合わせた。
試験は、今回が終わりではなかった。
だが考えてみれば、当然である。
今回乗ったのは、あくまでプロペラの練習機。本格的なジェット戦闘機とは、乗用車とF1マシンくらいの大きな開きがある。
故に、ジェット戦闘機に乗るためには、もっとジェット戦闘機に性能が近い機体を経験しなければならないのだ。
それでも、ロアルド教官は励ましてくれた。
「だが君達なら、きっと合格できるだろう。気負わずしっかり休んで午後に備えてくれ」
「はい!」
「それでは、解散」
ツルギを除く2人が席を立ち、全員揃って敬礼を交わして、デブリーフィングは終了した。
* * *
「よっ」
「オ疲レ」
教室を出ると、サハラとフェイが待っていた。
サハラもフライトスーツのままだが、なぜかフェイまでフライトスーツを着ていたのが、ツルギは一瞬気になった。
「どやった、お2人さん? サハラの奴、情け無用やなかったか?」
「シテナイ」
フェイの問いかけに、肘でつついて反論するサハラ。
(な、情け無用……?)
なぜそんな物騒な言葉が出てきたのか、ツルギが戸惑っていると。
「見トレチャッタ。アノ、『捻リ込ミ』」
「捻り込み!? それって、その昔日本軍の『ゼロファイター』の
サハラが発した言葉に、フェイが驚いている。
それがあの時劣勢を打開した機動だった事は、ストームもすぐに気付いた。
「えっ、あれって捻り込みって言うの?」
「うん。そうだった。あの時は頭の血が下がってて、とっさに思い出せなかった……」
ストームに疑問を投げかけられて、ツルギは少し申し訳なく答える。
「すとーむ、スゴイ」
「え? すごいのはツルギだよ! あたしにはあんな作戦、思いつかなかったもん!」
サハラに褒められたストームは、謙遜するようにツルギに話を振る。
サハラに視線を向けられて戸惑ったツルギは、照れながらも言葉を返す。
「い、いや、僕もどうして思い浮かんだかわからないけど──ストームなら、できるはずって思ったんだ」
その言葉を聞いて、ストームが一瞬目を見開く。
「──ふふっ! 以心伝心しちゃったね! 信じてくれて、ありがと!」
そして、感謝の印とばかりに、ツルギの頬に軽く口づけた。
人目も憚らない突然の行動に、ツルギは顔を真っ赤にして硬直してしまった。
事実、フェイとサハラは、ぽかんと2人を見つめているのだ。
「いやー、ほんますごいなお2人さんは。こりゃウチも負けてられへんな!」
少し気まずい雰囲気を打破に行ったのは、フェイだった。
「という訳で! ここで会うたも何かの縁や。4人でランチでもどーや?」
「あっ、それいいね! ダブルデートみたい!」
「はあ? いやいやストーム、別にそーゆーのやないけど──」
「だぶる、でーと……!」
「な、なしてそこに反応するんやサハラ?」
途端に賑やかになり始めた雰囲気に、ツルギも自然と表情が緩む。
かくして4人は、他愛ない話をしながら揃って食堂へと向かったのだった。
フライト1:終
・次回予告
あたし、ストーム・スクルド!
いよいよ最終試験の始まりだよ!
T-50練習機に乗って、サハラ・フェイのコンビと勝負っ!
そんなところに現れたのは、赤いグリペン!
嘘、なんでここにいるの!?
ならここで、あの時のリベンジだっ!
次回、見習い戦闘機隊レインボーローズ!
『結成! レインボーローズ』
さあ行こう! 無限の可能性を信じて!
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