練習機で空中戦しろって言うんですか!?

『どちらも元気そうだな、ライラック1』


 と。

 ロアルド教官の声が無線で聞こえ、我に返った。


「あ、はい」

『帰るまで正確な評価はできないが、その様子なら、不合格の心配はないだろう』


 それは事実上、合格認定と見ていい言葉だった。


「──! それは、ありがとうございます」

「やったねツルギ!」


 ストームも喜んでくれている。

 これで、試験は終わり──


『それでは試験を、へ移行する』


 と思いきや。

 ロアルド教官の言葉に、ツルギは耳を疑った。


「え? ?」

『後ろを見たまえ』

「……?」


 言われるまま、ツルギは振り返る。

 そして。


「何か来る!」


 何かがこちらへ近づいてきているのが見えた。

 直後、それは真横を高速で追い抜いた。

 別のテキサンだった。巡航中のこちらと異なり、最高速度に近いスピードだ。

 あっという間に離れていくと、反転して戻ってくる。


『内容は、模擬空中戦。今そちらに現れた別のテキサンを撃墜して見せろ』

「えっ!? 練習機で空中戦しろって言うんですか!?」


 ツルギは戸惑った。

 テキサンはあくまで操縦を学ぶ練習機であり、空中戦をやる飛行機ではない。丸腰で剣道をやれと言わんばかりの無茶ぶりに、ツルギは聞こえたのだ。

 そもそもプロペラ機が空中戦をやる時代は、とうの昔に終わっているのだ。故に当然、ツルギはプロペラ機で空中戦の練習をした経験などない。きっとストームも同じだろう。


「ウィルコ! マスターアーム、オン!」


 だが、ストームは迷う事なく承諾。


 そして、練習機にはないはずの、武装の安全解除スイッチを入れた。

「えっ、ストーム!? マスターアームって──!?」

「心配しないで! テキサンには武装のシミュレーションシステムがついてるから!」

「そ、そうなの?」


 丸腰は、ツルギの杞憂だった。

 最新鋭のこのテキサンには、ある程度なら模擬戦ができるシミュレーションシステムが完備されているのだ。

 つまり、この練習機は「戦える」のである。

 どうやら思い違いをしていたようだと、ツルギは気付く。技術は、想像していた以上に意外な方向へ進歩していたのだ。


『相手と前方からすれ違ったらスタートだ。それでは、状況開始』


 ロアルド教官からの無線は、そこで終わってしまった。

 戸惑うばかりのツルギをよそに、相手のテキサンが正面から向かってくる。


「くっ、やるしかないか……!」


 だが軍人たるもの、常に臨機応変な対応ができなければならない。

 腹を括るしかない。ストームを信じるしかない。

 ツルギは覚悟を固める。


「ストーム、頼んだ」

「うん! それじゃ、しっかりつかまってて!」


 ストームが叫んだ直後、相手のテキサンがすれ違った。

 直後、互いが相手を追いかけて右へ急旋回。

 時計を80年分巻き戻したような、原始的な空中戦が始まった。


「──!」


 強いGがかかる中で、相手の姿を追い続ける。

 空中戦の基本は犬の喧嘩と同じで、相手の背後を捉える事。

 それが、ドッグファイトと呼ばれる所以である。

 つまり、相手に背後を見せたら負けだ。

 故に2機のテキサンは、互いに背後を見せないように飛ぶ。

 結果、また正面から相対する形になった。

 再びすれ違う。

 ストームはもう一度旋回して、相手を追いかけようとしたが。


「いない!? 見失っちゃった!?」


 旋回した先に、相手がいない。

 ストームが、周囲をきょろきょろと見回している。

 まずい事になった。

 空中戦で、相手を見失うのは隙を晒すも同然である。

 自然とツルギも、周囲を見回していた。

 そして。


「ストーム! 8時の方向! 上から来る!」


 時計に例えて8時の方角。

 相手のテキサンが、いつの間にか後方に回り込もうとしている事に気付いた。

 急降下で勢いをつけ、一気に距離を詰めてくる。


「っ!」


 ストームはすぐさま回避行動。

 左右に旋回を繰り返し、振り払おうと試みる。

 その切り返し具合は、ツルギも酔ってしまいそうになるほど激しい。


「ツルギ! 大丈夫!?」

「な、何とか──!」


 だが、相手もあきらめずに追いかけてくる。

 こちらは完全に、追われる立場。

 戦いの主導権は、完全に相手に握られてしまった。


「それより、このままじゃ、振り切れないぞ!」

「何とかするっ!」


 ストームの言葉そのものは前向きだが、言い方に余裕がない。

 きっと彼女も、防戦一方な事を自覚しているのだろう。

 今度はぐるり、と機体を背面に倒す。

 そのまま急降下で振り切ろうとするが、やはり相手はついて来ている。

 その勢いでジェットコースターのように上昇しながら旋回しても、状況は変わらない。


「~~~~っ!」


 ストームは悔しそうだ。

 もはや彼女任せでは、状況が打開しなさそうなのは明らかだった。


「──っ、まずいな……!」


 ツルギは考える。

 このまま打開策を見つけられなければ、間違いなくこちらが先に息切れする。

 そうなれば、こちらの負けが確定だ。

 血が下がってなかなか回らない頭を無理矢理回して、打つ手はないか考える。

 その間にも、相手はどんどん真後ろに迫ってくる。

 真後ろは射撃位置。そこにつかれるのは王手をかけられるに等しい。

 その前に、何とかしないと。

 何か手はないか。

 何か。

 何か──

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