オ迎エ

「すとーむ。つるぎ」


 女性は、それぞれの顔を見て、名前を言い当てる。

 妙にたどたどしい口調で。


「え、うん」

「そうだけど──僕達に、何か用?」

「オ迎エ」


 女性は、それだけ答えた。

 お迎え、と聞いて、顔を見合わせるストームとツルギ。

 だが、ツルギが気付いた。


「あっ! その服は、もしかして──!」


 女性が来ていたのが、ストームと同じ学園の制服だという事に。

 ちなみに、その胸の膨らみはストームに負けず劣らず大きい。


「さはら、歓迎スル」

「サハラ……君の名前?」


 ツルギが問うと、サハラと名乗った女性はこくん、とうなずく。


「おーい! 待ってぇやー!」


 と。

 今度は別の声がした。妙に訛った英語を使う、若い男性の声だ。

 慌てた様子で駆け寄ってきたのは、学園の制服を着た青年だった。赤い髪が特徴的な、陽気な印象の東洋人だ。


「ふぇい」

「全く、急にいなくなられたら困るて、サハラ……」

「言ッタヨ。見ツケタ、ッテ」

「ウチはアンタほど目は良くないんや、こんな人が多いところでいなくなられたら見つけられへんって……」


 彼はサハラと知り合いのようだ。

 そのやり取りにぽかんとしているストームとツルギに気付いた青年は、すぐに苦笑しながら向き直る。


「ああ、すまん、お2人さん。こいつはお2人さんを気持ちよくお出迎えしたいって思っただけでな、びっくりさせたらすまんかった」

「あ、いや、別に……」


 戸惑いながらも、答えるツルギ。

 おおっと名乗り遅れてしもうたわ、と思い出したように青年は自己紹介する。


「ウチはチー・フェイ。漢字で『赤く輝く』と書いてチー・フェイや」


 彼はどうやら中華系らしい。


「で、こっちがサハラ・チーや」


 ついでにサハラのフルネームも紹介するフェイ。

 途端、ストームが目を丸くする。


「えっ、名字が同じって事は、ひょっとしてそっちも夫婦?」


 エ、とサハラが動揺した声を漏らす。その頬は、僅かに赤らんでいた。

 一方のフェイは、ははははは、と大笑い。


「いやいやいやいや! お2人さんくらい早熟やったらええんやけどな、ウチらはいろいろあってただの義兄妹ってとこや」


 途端、むっ、とサハラは面白くなさそうな顔を浮かべる。

 そして、不意にフェイの腕にしがみついて、言った。


「違ウ」

「え、どないしたサハラ……?」


 突然の行動に驚くフェイ。

 その豊満な胸が腕に押し当てられているのだから、無理もないだろう。


「さはら、ふぇいノ、こいびと」

「ちょ、アンタこんな時に言うか!?」


 拗ねるように言うサハラに対し、動揺するフェイ。


「きす、デキルヨ」

「あ、あのなあ! お2人さんを困らせたらアカンて!」


 しかも、サハラは目を閉じて唇をフェイの顔に近づけようとし、フェイを慌てさせる。

 反応からして関係は本物のようだ。

 ストームとツルギは、再び顔を合わせて苦笑するしかなかった。


      * * *


 フェイとサハラの案内で、従業員用の通路を通り先程降りたヴィオレット・スルーズ1世号の足下へ出る。

 南の島特有の強い日差しと暑さを直に感じて、南の島国に来た実感が沸くツルギ。

 行く先には軍の車が1台待機していた。もちろん、車いす対応である。

 4人はそれに乗り込み、空港を後にする。

 広い滑走路の端を通る脇道を通り、空港の反対側へ向かう。


「あ、何か離陸するよ!」


 その途中、ストームの一声で、ツルギは見慣れない飛行機が滑走路から飛び立つのを見た。

 胴体の後ろにジェットエンジンを2つつけた、リアエンジンと呼ばれる形式の機体だ。

 だが、その背には平均台のような棒を1本背負い、腹も大きく膨らんでいる。

 そして垂直尾翼には、国旗と同じバインドルーンの紋章。


「行ってらっしゃーい!」


 ストームは、そんな飛行機が頭上を通り過ぎていくのを、手を振って見送りながらデジタルカメラを構えていた。


「あの飛行機は?」

「グローバルアイやな」


 ツルギの疑問に、助手席に座るフェイが答えた。

「え? グローバル、アイ?」

「空を見張る早期警戒機やで。いや、正確にはちゃうか。陸も海も見張れるし」

「え? 早期警戒機なのに……!?」

「そやそや。陸海空全部カバーするのが次世代のスタイルなんやで」


 そこで、ツルギは気付いた。

 空軍の飛行機がここから飛び立った、という事は──


「見えたで。あそこがエリス空軍基地や」


 車が向かう先に見えるもの。

 そこは、きらびやかな民間の大空港とは全く趣が異なる、無骨な飛行場。

 空港に隣接する軍の飛行場、エリス空軍基地である。

 その駐機場エプロンに並ぶのは、大型の飛行機のみ。

 グレー一色で、太い胴体と背負うように取り付けた高翼配置の翼、そして大きなプロペラを4つ持った、旅客機とはまた違う趣を持った姿だ。その垂直尾翼には、揃ってバインドルーンの紋章が描かれている。

 世界で最も普及した軍用輸送機、C-130ハーキュリーズ。ツルギにとっても、もちろん馴染みのある機体である。


「ハーキュリーズがあんなに……」

「エリスは空軍の大型機を一手に担う基地やからな。軍の物流基地にもなってるんやで」

「でも、あんな空港の隣だったら混み合って大変そうだ」

「滑走路の1本は優先的に使えるっちゅー話やし、そこは大丈夫やろ」


 ツルギとフェイの会話が続く内に、車は駐機場へ入った。


「おっ、そろそろ到着や。あれがウチらの乗る輸送機やで」


 そんな時、これから乗る輸送機の前で車が停車した。

 だがそれは、並んでいたC-130ではなかった。


「えっ、乗るのアレ?」

「そや。ウチら4人しか乗らへんし」


 ストームが拍子抜けするのも無理はない。

 その飛行機は、大型バスくらいの大きさしかない、小さめの飛行機だった。C-130と比べれば、子供のような小ささだ。

 高翼配置のプロペラ機なのは同じだが、プロペラは2つしかなく、主翼の端にタンクがついているのが特徴的。

 白いカラーと相まって、あまり軍用機らしくない見た目だが、垂直尾翼に描かれたバインドルーンの紋章は、軍用機である何よりの証。


「あれは──」

「あれはターボレットっちゅーんや。旅客機としても馴染みやけど、知らへんか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 だが、ツルギが気になったのは、ターボレットという名の機体ではなかった。

 その翼の下にいる人影だ。

 緑のツナギを着た、1人の女性。凛として気が強そうな印象だ。

 南国の強い日差しを避けるように翼の下にいるのだが、そこでひたすらスクワットをしているのだ。規則正しい上下運動の度に、はっきりと膨らんだ胸も規則正しく揺れている。


「あの人、誰?」

「パイロットじゃないかな? ウイングマーク着けてるし」


 ツルギの疑問に、ストームがデジタルカメラを覗き込みながら答えた。

 確かに、彼女の胸元には、広げた鳥の翼を象ったエンブレムが。

 軍で飛行機を操縦できる証、ウイングマークだ。

 加えて左肩には、スルーズ諸島王国の国旗がついている。

 彼女が着ているのはただのツナギではなく、航空機の乗員が着る安全服・フライトスーツだったのだ。

 一同は車から降りる。

 ツルギが車から降ろされても、女性は延々とスクワットを続けていた。


「まだやってるね」

「ウチらに気付いてないんやないか?」


 フェイは、まるでレストランで店員を呼ぶように、右手を挙げて呼びかける。


「すんませーん! この飛行機のパイロットですかー?」


 すると、女性はようやくこちらに気付き、スクワットをやめ、ふう、と大きく息を吐いた。

 そのまま息を乱した様子もなく、ツルギ達の前へ歩み寄ってきた。


「あんた達がこれから乗る4人ね?」

「はい、そです」

「ごめんなさい、気付かなくて。早く来るなんて思ってなかったから、つい暇つぶしをしてしまってて」


 女性は、ばつが悪そうに笑いながら、ペットボトルの水を口に運ぶ。

 それでスクワットを、とツルギは納得した。


「──ふう。でも、乗せる準備はできているから安心しなさい。リオー!」


 水を飲み終わった女性は振り返って、ターボレット──正確にはその機内に呼びかける。

 すると、胴体後部の上側に開いたドアから、童顔の青年が姿を現した。その胸には、女性と同じウイングマークがついている。


「あ、いらっしゃい。客席の準備はできていますよ」


 にこやかに笑みながら、降りてくる彼の顔は、まさに接客のお手本と言えるものだった。

 そんな彼の姿を確かめて、女性は名乗る。


「改めて自己紹介するわ。わたしはベル。こっちは実習生のリオ」

「短いフライトですが、よろしくお願いします!」


 青年も、礼儀正しく挨拶を続けたのだった。

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