第10話 からっぽの町

 僕たちはこっそりお金をかき集め、旅仕度をして、町の外へ飛び出した。

 最後に父さんや母さんに会いたかったが、反対されてしまうだろう。アレスさんたちにも見つかると厄介だ。


 父さんたちには、置き手紙だけを残してきた。心配をかけたくはないけど、近くにいたら余計に不安と心配を煽りそうだ。

 他の住民たちの反応も気になる。


 僕は、家族に隠れて素早く仕度を済ませて出てきた。


「まずはペルセウス……でいいかな?」


「ええ、最寄りだものね」


 僕たちはまず、オリオンから一番近いペルセウスに向かうことにした。

 時刻は昼過ぎ。急げば日没までには着けるだろう。道もなだらかで、特に苦労はしないはずだ。


 簡単な手荷物と、あるだけのお金を持って、僕らはふたりペルセウスへと向かう。まるで逃げるような旅だけど、これは決して逃避行などじゃない。

 僕らと、そして人類の未来を拓く旅だ。


 ――そう、信じて。





 日が山の向こうに落ちて数刻。僕たちはペルセウスへとたどり着いた。オリオンと同じように石造りの建物が多い。あまり訪れたことはないけれど、僕の居た町と雰囲気が変わらないのは、寂しさを感じずにいい。

 これから旅を続ければ、どんどん見たことのない景色を見ることになるとは思うけど。


 しかし、なんか様子が変だ。町並みは変わらない感じがするのに、なにか違和感がある。


「……なんだろう、静か……なのかな?」


「静か?」


「うん。ほら、全然町に人がいないよね?」


「言われてみればそうだわ……おーい!!」


「ちょ、寝てる人もいるかもだから!」


 エリスさんの大声を止めてから、気付いた。そうだ、家に明かりが点いてない!

 どこの家も、窓から光が漏れてないんだ。


「わかった、エリスさん。家の明かりがないんだ」


「あっ、確かに! みーーんな真っ暗なのだわ。 ちゃんと見えてるのかしら?」


 そんなわけない。家に誰もいないのか……それとも寝てるのか。

 ペルセウスの人たちは、こんなに早寝なのか?


「とりあえず、ギルドか教会に行こう。そこなら誰かいるはず」


 町には――よほど小さくなければ――必ずギルドと教会がある。教会なんかは、夜間にも病気の人が来るかもしれないので、必ず人が待機しているはずだ。


 だが、その当ては外れてしまう。特徴的な赤い建物……冒険者ギルドを見つけたが、中には誰もいなかった。


「誰もいない……」


「扉も開けっ放しだわ。無用心ね!」


「明らかに異常だ」


「商人ギルドと間違えてしまったのかしら?」


「いや、そんなことないよ」


 外にはでかでかと「冒険者ギルド」と掲げられている。それに、仮に商人ギルドの方だったとしても、施錠もされずに誰もいないなんて、あり得ない。


「教会へ急ごう!」


 最後に頼れるのはやっぱり教会だ。ここなら間違いない。

 だが、悪い予感のした通りで……


「誰もいないのだわ……」


「どうなってるんだ」


 教会にも人っ子ひとりいなかった。中も荒らされている様子はない。

 まるで突然、人間だけが消えてしまったかのようだ。


「仕方ない。もう動けないし、今夜はここに泊まらせてもらおう」


「教会に泊まるなんて、初めてだわ! すごーい!」


 エリスさんは大はしゃぎ。確かに、教会の人間でもなければ、教会で夜を明かすことなんて滅多にないことだろう。


 とりあえず寝床を探すために、屋内を見て回ろう。このままだと暗すぎて何も見えないので、燭台を手に取り、火を点ける。


 いくつか部屋を見て回ったが、やはり誰もいない。時間が止まった世界のようだ。まるで、僕ひとりだけが取り残されたような――


「ディーーース!!!」


 と、そこにおよそ悲鳴にも似たエリスさんの声が響いた。こんな声を出したことなんて、一度もない。


「エリスさん!?」


 僕はすぐにすっ飛んで行った。彼女は「治療室」と書かれた部屋の前にいた。部屋の中に視線を向けたまま、真っ青になっている。


「どうしたの――うっ」


 やはり人はいなかった。しかし、人が居たらしき

 すなわち、たくさんの血の跡。吐瀉物や、排泄物。あるベッドには、血や体液が混ざったようなおぞましい跡が、人の形で残っていたりもした。どうしたらこんなものができるんだ!?


 それに、まだ中に入ってすらいないのに、酷い匂いが立ち込めている。なんというか、肉の腐ったような匂いに血や糞や尿が混ざった……とにかくひどい匂いだ。


「うっ――」


 エリスさんがリスみたいに頬をパンパンに膨らませた。そのまま駆け出すと、しばらくしてエリスさんの苦しそうな声が聞こえてきた。


 僕たちはダンジョンに潜る冒険者だ。人や生物の死に際は、一般人より見慣れている。

 だけど、これは……


 匂いや痕跡のせいで、ここで起きた「なにか」の想像がダイレクトに伝わってくる。


 ぼくはそれ以上みてられず、いそいで扉をしめた。だめだ、目をとじても脳りにじょうけいが生々しく……


「おえ……」


 はあ、はあ、まだ胃がむかむかする。戻したせいで喉が痛い。あの部屋で一体なにが……

 いや、考えないでおこう。また込み上げてきた。死体がなくて幸いだったか? だめだ、すぐには頭から離れない。


「エリスさん……大丈夫?」


「しんどいのだわ」


 エリスさんの元へ行くと、彼女は廊下に座り込んで天井を見ていた。吐き気はもう治まっていたようだが、目が死んでいる。


「他の部屋で、寝れそうなところを探そう」


「さんせい……」


 とにかく動いてたり、なにかしゃべってないと、あれを思い出してしまう。


 僕らは適当な部屋を見付けて、そこで夜を明かすことにした。いつもはおしゃべりなエリスさんの口数が極端に少ないせいで、会話は弾まなかった。


 もやもやした気持ちのまま、僕らは夜を過ごした。





「朝よ! 起きてーー!!」


 エリスさんの元気な声が、朝の教会にこだました。耳がキーンとなりながらも、僕はベッドから抜け出す。


「ほら、ディース! 元気出して! 私が腕によりをかけて朝ごはんを作ったのだわ!」


「えっほんと?」


 眠い目をこすっていると、エリスさんが腰に手を当て、自慢気に言った。

 エリスさんは僕の手を引いて、机の前に連れていってくれた。


 そこにはパンと卵、それから少し焦げたベーコン、レタスを適当にちぎったサラダが用意されていた。


「エリスさんが?」


「えっへん。褒めてほしいのだわ」


「すごい! ありがとう」


「どういたしましてだわ!」


 エリスさんは満面の笑みだ。


「あれ? でもこんな食材持ってきてたっけ?」


 冒険者としてダンジョン攻略に挑む際、保存が利いて軽い食べ物を持っていく。それにならって、僕は食べ物を用意したのだけれど、エリスさんは違ったのかな?


 僕が疑問に思って訊ねると、エリスさんは急に笑顔がひきつった。

 まさか……


「ねえ、エリスさん。空き家から盗んできた?」


「かっ、借りてきた……のだわ」


「じゃあ返すの?」


「~~~っ! いないんだから、いいじゃないの!」


 まあ確かに、朝になっても人が戻ってくる気配はない。放っておいても腐るだけだから、有効活用するのはアリ、なのかなあ。


「いいわよ、ディースが食べないって言うのなら! 私がぜーんぶ食べちゃうから!」


 つん、とそっぽを向くエリスさん。同時に僕の腹の虫が「食べたい」と主張してしまった。


「いえ、いただきます!」


 結局、僕らは賑やかな朝食を済ませたのだった。

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