第11話 "王"の資格

 朝食を済ませた僕らは、こうして旅を始めた意味についての行動を開始した。つまり、ダンジョンの解放だ。僕にはもう、これしかない。


 町でいくつか食べ物を仕入れ、簡単なお弁当を作った。今から向かうのはCランクダンジョンだが、そこでスキルを使ったら、そのまま次のCランクダンジョンへ向かう。

 一回一回町には戻らず、ダンジョンからダンジョンへと巡って解放していくことにしたのだ。


 僕らの旅は長いものになる。一歩一歩素早く済ませる必要がある。


「さ、行こうか」


 準備が整ったので、ペルセウスを出立する。


「ええ……」


 だが、エリスさんの調子が悪そうだ。昨日の夜のように、青い顔をしている。


「大丈夫? もしかして……」


 昨日の? と口を開きかけてあわてて閉じた。正直、僕もあの部屋のことは思い出したくないし、間違っても口にしたくない。


「ええ、ちょっとお腹がぐるぐるするのだわ……」


「食べ過ぎ?」


「そんなことないのだわ……」


「じゃあ吐き気か」


 やっぱり、昨日のことが気になってしまっているようだ。

 エリスさんは突然しゃきっと立ち上がると、自分の頬をはたいた。


「うん! 大丈夫、これで大丈夫なのだわ!」


 エリスさんは自分を奮い起たせていた。僕も、負けないようにしないと。


「よし、じゃあ行こう」


 こうして僕らは、ダンジョン解放を目指して進み始めた。

 ペルセウスから行けるCランクダンジョンに向かうのは初めてだったため、少し道に迷ってしまった。でも、日が沈むまでに3つもダンジョンを解放できた。順調だ。


 夜は昨日と同じように、ペルセウスに戻って教会で眠った。Cランクだけを狙うメリットがこれだ。すぐに帰って来られる。

 やはり住民の姿は、一向に見えない。少し不気味な感じもしたが、正直タダで寝泊まりと飲食ができて助かっていた。


 翌日、再びCランクダンジョンを目指す。

 昨日からあまり顔色が優れないエリスさんを気遣って、今日は解放するダンジョンをふたつだけにすることに。


 今日もダンジョンを目指して山道を進む。Cランクはダンジョンの中でも特に、人の出入りが激しい場所なので、既に道ができている。

 道行きに苦労することは、あまりない。


「……エリスさん、ちょっと休む?」


 町から二時間ほど歩いた所だったが、エリスさんは既に辛そうだ。


「ん、大丈夫なのだわ」


「最初から無理することないよ。というか、危なくないんだから、町で休んでいても……」


 道中、危険と言えば獣程度だ。滑落や落石に合う確率は非常に少ないと思う。ダンジョンの中に入るなら、エリスさんの力は必須だけど……


「それじゃ私がつまらないわ。それに、ディースをひとりにできないもの」


「そ、そんな頼りないかな」


「ひとりじゃ危ないって意味よ」


 確かに何をするにしても、ひとりは危険だ。ギルドでも、必ず最小でも二人組で行動するよう厳命されている。


「確かにそうだけど……あれ?」


 ふと、僕は木々の隙間から漏れる光に、大きな影が混ざったことに気が付く。


 空をなにか、大きなものが飛んでいる……いや、飛んでいるものと言えば、鳥だとは思うけど……

 その飛び方が、なんというか、僕らを追跡しているような飛び方な気がするのだ。


「どうしたの?」


「いや……なんか鳥が……タカやトンビにでも狙われてるのかな?」


 彼ら猛禽類が、普通に歩いてる人間を襲うことなんてないと思うけど。それに、場所も悪い。きっと気のせいだろう。


「タカ……まさか!」


 エリスさんがはっとする。その様子を見て、僕もひとつ思い当たる節があった。


 かつて所属していたソラレのサブリーダー……トールさんの飼っているタカ。あの人は貴族らしく、タカ狩りを趣味にしていた……彼のタカなら、獲物の追跡もできる!


 でも、トールさんが僕らを追う理由があるのだろうか……?

 ……いや、もしかしたら、僕のスキルがテラを殺してしまったなんていう話を聞いて、僕を殺そうとしてきているのかもしれない。


「みーつけた」


 そして、その予想は当たってしまったかもしれない。


 ひょっこりと姿を現したのは、トールさん。片目を垂れた前髪で隠した細身の男の人。いつもはタレ目で優しげな右目が、なんだか険しい。


「と、トールさん?」


「聞いたよー。テラのこと」


 開口一番。口調はいつもの気だるげな感じだけど……


「お前のスキルが原因じゃないかって話だけどー……本当のとこ、どうなのー?」


「わ、わかりません。でも、僕のこのスキルは無関係だと思います!」


「なんで?」


「このスキルには、攻略中のダンジョンをいつでも出入りできる能力があるんです! 一度解放してしまえば、何人でも、何回でも入り放題になるんです! この能力でテラを殺せますか!?」


 ただ光るだけのスキルではない。ダンジョンの攻略をよりスムーズにできる能力を持っているのが、僕のプルートだ。


「その話も聞いたよー、アレスたちから。ただ、引っ掛かるんだよねー」


 トールさんのタレ目の奥が、きらりと光ったように見えた。


「テラはもちろん、神官やシスターたちが発症。おまえと同じ15歳の子供たちも。程度は軽いけどな。

 もちろん証拠はないよー。でも、僕の勘が言ってるんだよなー。おまえが犯人だって」


「違う! ディースは違うのだわ!」


「反論になってないよ」


 エリスさんが必死に反論してくれている。でも……


「おまえにも症状、出てるじゃん。ディースと一緒にいるからでしょ? 次に死ぬのはおまえだけど……アレスがきっと、許さないよ」


「ディースを……どうするつもりなの?」


「王国軍に引き渡す。そんで裁いてもらう。でも証拠がないから、ディースの自供でなー」


 そう言うと、トールさんが僕に剣を抜き放った。トールさんはAランクの剣王! 僕には防ぎきれない――


 反射的に目をつぶったが、金属音がして目を開けると、エリスさんが剣を弾いていた。


「ふーん、やる気なんだー」


「ディース、大丈夫! 私が守るのだわ!」


「スキルは同格だけどさー。戦闘経験の差ってのが、あるんだよねー。スキルを手に入れて、たかたが一年ちょっとしか戦ってない小娘が、数年間ダンジョンに潜り続けた僕に敵うわけ――」


 トールさんが剣を振り上げた。エリスさんが僕を庇って、僕を遠くに突き飛ばした。


「ないんだよねぇ!」


 Aランクスキルは強烈だ。Bランクですらその能力の高さから「人であることをやめた」と言わしめるほど。


 高ランクのスキルを持つ人間全員が全員、善人なわけではない。中には国に逆らったり、力を悪と暴力のために奮った例もある。

 僕の聞いた話では、Aランクひとりを倒すためには、Bランクだけなら10人。Cランクだけなら200人必要だとか。


 過去実際に事件を起こしたAランク保持者は、Bランク保持者12人に倒されたという。


 ふたりの戦いも、嵐と台風が競っているかのようだった。木々は倒れ、大地は裂け、雲が割れる。荒れ狂う戦闘の乱流は、どこか非現実的で、僕は呆然と見てるしかなかった。


 今まで狭いダンジョン内で戦うAランク保持者しか見たことのないがなかった。解き放たれた彼らの戦闘は、あまりに苛烈だ。


 同時に、僕と肩を並べていた時のエリスさんはあまりに弱かったと思い至った。本当はこんなに強いなら、僕なんかはいらない。

 まさか、彼女は僕と一緒に戦うために、力をセーブしていたのか? なんのために? どうしてそこまで?


 エリスさんの真意はわからなかったが、決着はついた。


 トールさんの言う通り、エリスさんは勝てなかった。何より調子も悪そうだったのだ。


「さあて」


 地面に伏したエリスさんを一瞥すると、トールさんは今度は僕に向かって来た。

 応戦するために剣を構えたが、当然のように一蹴。剣を粉々にされ、首を掴まれてしまった。


「さて、わかってるよなあ? 軍に出向いて自供してもらうよー。言い訳はナシなー。拒否するようなら、腹に風穴空くことになるからなー。もちろん、スキルを使ってもやる」


 トールさんは本気だ。だから僕も、本気で応える。


「ここで殺さないのは……ぼ、僕のスキルが怖いからだろ……!?」


 僕は手をトールさんの目の前に掲げた。


「僕を離せ! そしてもう、放っておいてくれ! でないと……で、でないと、スキルを叩き込むぞ!」


「やってみろよ。スキルを使った瞬間、腹を抜いてやるから、よー」


 ただの脅しだと思ってるのだろうか。できないと思ってるのだろうか。僕だって……本気だ。


「プルート!」


 とにかく全力で、スキルを発動する。いまだにこのスキルがなんなのかは、わからない。けど、僕はエリスさんを守りたい!

 少しでも僕のスキルに力があるなら……頼む! 神様、どうか、僕に勇気を……


 スキルが発動し、青い閃光が走る。一瞬呆気にとられたトールさんだったが、すぐに険しい表情になった。


「や、やりやがったな……そうかー、痛いのがお望みかー。なら手足引きちぎって町に連れ帰ってやるよー。一生ダルマの覚悟はよー……あんだろうな!?」


 なにも……起きない!? やっぱり……僕のスキルは欠陥品なんだ……僕には、なんの力もない。


 トールさんが剣をかざしているけど、僕には抵抗する力も、なにもない。もう、おしまいだ。


 そう思ったが――


「っ!? エリス!」


 トールさんの剣が弾かれ、彼は僕から飛び退いた。ゆらり、とエリスさんが僕の前に立ちはだかった。

 けど、なんだかエリスさんの様子がいつもと違う……


「ま、まさかエリス……おまえ……」


 その威圧感に圧され、トールさんが一歩退いた。


「既に……覚醒を!?」

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