第9話 死を呼ぶ

 僕とエリスさんは、シスターに案内されて個室に通された。入ったことのない、教会の業務室の奥だった。


 ここは神官さまの執務室のようで、仕事をするための机と椅子と、面会用のソファが置いてあった。

 僕たちをソファに座らせ、シスターも対面に座った。


「改めて自己紹介しとくか。オレはレイ・マクファーソン。今は神官代理だ」


「私はエリス・ハトソンよ! よろしくお願いするわ!!」


「るせえ! 別に興味ねえよ!」


「ごめんなさいなのだわ……」


 エリスさんに慣れていないであろう、レイさんが眉を吊り上げる。この人ほんと顔が怖い。……女の人に失礼だけど。


「早速だが本題だ。ここ最近未知の感染症が流行ってるのは知ってるか?」


「なんとなくは……」


 さっきも聞いたばっかだったが、ここ数十日の間に、まったく新しい感染症にかかる人間が増えたらしい。僕と同い年の……拝受の儀を受けたばかりの子たちも、この感染症に罹ったという話だった。


「ウチのシスターも一気にやられた。ジジイもな……今は隣町から応援呼んで、なんとか回してる」


「だからあんなに人が……」


「隣町でも同じ状況のようだ。そこで、有力な情報を手に入れた。おまえのスキルについてだ」


「僕のスキル……!?」


 どうしてここで僕のスキルの話なんか出てくるのだろう。困惑していると、レイさんの表情がより厳しくなった。


「なんにも知らねえって顔だな。まあそれも仕方ねえ……オレも隣町のやつに話聞くまで、思いもよらなかったからな」


「い、一体どういうことですか……!?」


 いまいち話が見えない。もしかして、僕のスキルと感染症になにか関連性でもあるのだろうか?


「この感染症、おまえのスキルが原因かもしれねえ」


「え!?」


 そもそもの原因!?


「ぼ、僕のスキルがって……どうして!?」


「落ち着け。ひとつずつ教えてやる。まず、発症した連中の共通点だ。ジジイ、シスター、そして今年15歳になった……もしくはなる子供たち」


「それって……」


「全員、拝受の儀にいた。隣町でも同じだ。あの時オレだけは、患者を診るために席を外してた。だから助かったんだろう」


 そういえば、レイさんはあの場にいなかった気がする……

 それで助かったっていうのなら、正しい、のかも。


「そして隣町にもプルートを授かったやつがいた」


「!? 僕以外にも!?」


 い、いやでも、隣町でも同じ状況だというなら、あり得ない話じゃないのかも。


「ああ。そして次の点、症状の重かった人間はおまえに近かった。……おまえ、儀式の時、スキルを連発したそうだな」


「は、はい。どんなスキルなのか知らなくて……テラが試してみろって……」


「おそらくそれが原因だ。ジジイやテラ、それからシスターの順で重症だった……つまり、おまえに近いほど、ひでえ死に方したってことだ」


 僕は思わずレイさんから目を逸らした。


「ちょっと! そんな言い方ないわ! ディースはそんなことしない!!」


「黙れ。そいつに意志があるかなんか関係ねえ。スキルに問題があるんだからな」


 エリスさんが僕を庇ってくれる。でも……僕自身すら、自分のスキルに自信は持てない。なにせ、前例がないスキルだ。どんなスキルなのか、少しもわかっていなかった。


 でも、そんなこと言い訳にならない。もし仮に、僕のスキルが、人を殺す感染症を拡げる能力だったとしたら……


「そしてエリス、おまえも同じ症状に陥ってる。一緒にいる時にスキルを使ってたろ。そいつを庇ってる場合か? おまえも殺されるぞ」


「殺されないわ! ディースは私を守ってくれるって、言ったもの! ディースは嘘を言わないのだわ!!」


「話にならねえ」


 レイさんはいきなり立ち上がり、僕は胸ぐらを掴まれた。


「ちょっ、なにしてるの!」


「二度とスキルは使うな。おまえのせいで何人も死んで、町は大混乱だ。本当なら処刑されても文句は言えねえが……今はそんなことしてる暇がねえし、確証があるわけでもねえからな」


「ディースを離して! 離しなさいよ!」


「うるせえな、少し脅しつけただけでピーピー喚きやがって」


 レイさんは、僕を突き飛ばすように手を離した。全身から力が抜ける。この現状を生んだのが僕だという事実を受け止めきれない。

 どうして? なぜ僕なんだ? 本当に……スキルのせい?


「このことは誰にも話すなよ。おまえのために言ってる。おまえが原因だと知れ渡ったらおまえ……どうなるかわからねえぞ」


 僕はもう、レイさんの言葉に頷くことしかできなかった。





「ディース!」


 教会を出て、呆然と歩いていると、背後からエリスさんの声。なんだかいつもより声が小さい気がする。

 いや、違うか。僕の意識が遠くにあるんだ。現実感がなくてふわふわしている。


「ディース!」


「エリスさん……ごめん」


 彼女も巻き込んでしまった。エリスさんの目の前でも、何回もスキルを使った。きっと無事では済まない。既に感染しているかもしれない。

 いや、しているからこそ、今日、症状が出たんだ。


「どうして謝るの? ディースはなにも悪くないのだわ!」


 しかしエリスさんは、そう言ってくれた。


「でも……」


「だってディースは人を傷付けるような人じゃないもの! そのスキルは、みんなの役に立つスキルだわ! あなたは間違ってない!!」


「間違ってない……本当に?」


 最低だ。


「もちろんよ! ディースが悪いことするわけないもの! ディースのスキルだって、きっとなにかの誤解なのだわ!」


 最低だ、僕は。エリスさんの言葉に救われてしまっている。きっとなにかの間違いだと、そう思ってしまっている。


「ディース! あなたはあなたにしかできないことをするべきだわ! でも、ディースの意志も大切だと思うの。どうしたいの?」


「僕は……」


 僕が、どうしたいかなんて……ずっと決まっている。


 ……はは、エリスさんには助けてもらってばかりだ。こうして背中を押してもらわないと、一歩を踏み出せないなんて。


「僕は、テラの分まで、みんなの役に立ちたい。僕にしかできないことを……僕自身の意志で!」


「それでこそだわ! ディース!」


「おわっ、エリスさん!?」


 エリスさんが抱き付いてくる! ちょ、道端でまずいよ!


「そうと決まれば、行きましょう!」


「え? 行く……?」


「この周辺にはもうダンジョンはないのだわ。次の町へ旅をして、解放してくの!」


「えっと……旅をしながらダンジョンを回って、世界中のダンジョンを誰でも出入りできるようにする……ってこと?」


「うん!!」


 エリスさんが満面の笑みを浮かべた。そうか、それがいいかも。ここにいると、他の人にも迷惑がかかっちゃうかもしれないし。


 こうして僕たちは、ダンジョン解放の旅に出ることになったのだった。


 父さん母さん、ごめんなさい。でも、これはいいことなんです。全部終われば、きっと僕たちのこと、認めてくれる人がいるはずです。

 そのためにも……少しお別れです。


 僕は、エリスさんと共に町を出る決心を固めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る