第8話 ドクツルタケ
一番最初に息絶えたのは、神官だった。
彼の症状が一番重かった。
皮膚が焼け爛れ、剥がれるような症状が出ていたのだ。最期まで他人のためにも治癒魔法を使い続けたが、最期は何も言わず死んでいった。
次は最年長のシスター。最初に、お互いに治療することを提案した女性だった。レイに倣い、周囲を鼓舞していたが、最期は「いやだ……」とだけ残して事切れた。
次は最年少のシスター。一度も泣き言を言わなかったが、最期の時の口の動きはおそらく「パパ、ママ」だった。
そうして次々と、癒士たちはその生涯を終えていった。今や病室で息があるのは、テラだけだった。
もう治癒魔法はかかっていない。レイはとっくに精根尽き果てていた。彼女にできることは、段々と弱っていくテラの手を握って、今すぐにでも応援が来るのを神に祈ることだけだった。
とっくに辺りは暗くなり、移動は危険を伴う時間帯だった。
「体が……熱い。血も……止まらない。俺は……死ぬ、のか?」
「そ、そんなこと……」
そんなことない。普段のレイなら言っただろう。しかし、既に何人も亡くなっている。励まし続けた相手が、生きようと足掻き続けた人間が。
全員、目の前で死んでいった。
手を尽くし、力を合わせて、神に祈った。だが、奇跡などなかった。もう、「大丈夫」などとは言えなかった。
「いいんだ……あんたたちは最善を尽くした……自分たちも辛かったのに……ありがとう」
テラの目はレイを見ていない。虚空を見つめてうつろだ。
「ただ、心残りは……」
テラは謝りたかった。人は間違いを犯す。間違わない人間などいない。問題は間違うことではなく、そのあとの行動だ。
取り返しのつかないものなどないと、テラは知っている。間違っても直していける。直せるのだと。
「伝えてくれ……代わりに……ディース、すまなかった、と……」
レイが握っていたテラの手から、力が抜けた。そしてもう二度と、その手は誰かを守ることは、できなくなった。
あれから、何度か僕らはダンジョンの入り口でプルートを試した。それでわかったことは、一度プルートしたダンジョンでは、もう二度と障壁が発生しないことだった。
つまり、僕がプルートしてダンジョンを回れば、いつでも誰でもダンジョンに入り放題になるということ。
これがわかってからは、とにかく構わずダンジョンを回ることにした。当然、Bランク以上のダンジョンに挑むことはしない。入り口でプルートをして、また別のダンジョンを目指す。
こうすることで、ダンジョンを解放できる。制限がなくなれば、もっと簡単に、そして大量に水が手に入るようになるはず!
「ここでCランクは最後だね」
僕とエリスさんで訪れたのは、オリオンの近くにある最後のCランクダンジョンだった。ここは隣町のペルセウスからも近く、ペルセウスのギルドの人も訪れるダンジョンだ。
ここを解放する意義は高いだろう。
「次はBランクにするのかしら?」
「そうだね。また時間がかかりそうだけど……みんなのためになるし、頑張ろう!」
「おーー!!」
この事実が判明した時、とても嬉しかった。こんな僕にもできることがある。役に立てる。ただ光るだけのスキルなんかじゃないんだ!
「よし……あれ?」
僕はプルートを発動しようとしたけど、ダンジョン内から人が出てきた。
その子は、僕と同じくらいの歳の男の子だった。顔付きは幼いけど、なんというか……目が、目に闇を抱えているように見える。ずっと見ていると、吸い込まれそうだ。
そして目を引く白い髪……まるで老人だ。
「おまえ……こんなところで何してんの?」
「え、いや……」
「ディースはね! ダンジョンを解放してるのよ!」
「は?」
僕は彼に、僕らのやっていることを説明した。しかし、
「はっ、なるほどね。おめでたいな」
彼は鼻で笑った。
「どういう意味なのだわ?」
「何も知らなくて幸せだなって意味だよ」
「ええ! 私はとっても幸せよ!!」
「エリスさん……バカにされてるんだよ、僕ら」
「ええっ!? そうなのだわ!?」
僕らのやり取りに、彼は喉を鳴らして笑った。なにか……知っているみたいだ。
聞いても答えてはくれないだろうな。
彼はそのまま立ち去ろうとしたが、少し歩いてから振り返った。
「何も知らないおまえらに教えといてやる。地獄はこれからだ」
そうして少年は立ち去ってしまった。不穏な言葉だけを残して……
「あれ、一体なんなのかしら?」
「わかんない。とりあえず、このダンジョンを解放して帰ろう」
僕らはダンジョンを解放してから、町に帰ることにした。
異変は、その帰り道に起こった。
エリスさんの様子がおかしい。顔が赤くなり、息が荒いのだ。
「エリスさん、大丈夫?」
「なんだか頭がぼーっとするわ……」
「えっ、風邪かな?」
エリスさんは見るからに体調が悪そうだ。
「早く帰ってシスターに診てもらおう」
風邪の引きはじめかもしれない。解毒魔法ですぐ解決するはずだけど、風邪を引いてから時間が経ってしまうと、治るのに時間がかかってしまう場合がある。
僕らはなるべく急いで町に帰還した。
町に帰ったらすぐに、教会へと向かう。最近教会に寄る機会が多い気がする。なんでもかんでも教会に頼る生活の僕らは、ここが無くなったら生きていけない。
教会に着いたが、なんだか騒がしい。なにかあったのかな?
教会の待合室には、患者さんがたくさんいた。人数待ちが発生しているみたいだ。珍しい。
ひとつの町には、大抵4、5人のシスターがいるけど、オリオンには今、7人もシスターが在籍している。それだけ癒士の負担が軽減されているということだし、治療できる患者の数も多い。
だから、この町では滅多に患者が待つなんて事態は起きなかったんだけど……
なにかがおかしい。僕は、あの少年の言葉が妙に引っ掛かった。
僕らは案内されるまま、診察を待つことになった。とりあえず、診てもらえないようなことはない。
治療自体はすぐ終わるなで、僕らの番はすぐにやってきた。と言っても、僕は待合室でエリスさんを待っていただけなのだけれど。
「ディーーース!! 元気になったわ!!」
「エリスさん! しーー!!」
治療が終わって、診察室の扉を開けると同時に、エリスさんが元気よく飛び出してくる。元気なのはいいけとなのだけれど、ここは教会。自重してほしい。
「ん? ディース? おい、ちょっと待て」
続いて、診察室から怖そうな声がした。エリスさんに続いて、目付きの鋭い女の人が出てきて、僕らの方へ向かってくる。
こ、怖いっ。やっぱり騒いだから迷惑だったんだ。女の人は、こちらにずんずんやって来て、目の前で立ち止まった。
「お前……ディースか?」
「は、はいっ、すみません!」
謝罪が口をついて出た。め、目力が……すごい。シスターのはずなのに、目だけで人を殺せそうだ。
こんな人になにを言われるんだろう……とドキドキしてしまう。
「テラ・ポーターを知ってるか?」
「え? あ、はい。僕の知り合いですけど……」
「そいつ、昨日の夜、亡くなった」
僕の頭は、一瞬で真っ白になってしまった。
え? どういうこと? テラが……死んだ?
「どういうことなんですか? テラが……魔物と戦って負傷したんですか!?」
「いや違う。未知の感染症だ。手は尽くしたが、力及ばなかった」
そんな……感染症? テラが?
「テラから伝言を預かってる。『すまなかった』だそうだ。オレにはなんのことかわからなかったが、テラは最期まで後悔してるようだった」
「そんな……」
僕は全身の力が抜けてしまって、立っていられなくなった。テラが死んだことも衝撃だったけど、どうしてテラが謝るんだろう? 僕を追い出したこと? それとも他になにかあったのか?
頭の中で思考がぐるぐると回るが、真相はもう、わからない。
「……おい、悲しむのは後にしろ」
シスターに声をかけられ、僕は顔を上げた。
「おまえのスキルについて……話がある」
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