第6話 彼岸花の咲く頃
エリスさんとの初めてのダンジョン攻略から1日が経った。父さんと母さんも褒めてくれて、僕の好物のハンバーグを作ってくれて、昨夜は大満足で眠ることができた。
ただ、これはまだ始まりの一歩に過ぎない。世の中に水を返すため、一歩一歩地道にやっていくしかない。
というわけで、僕は再びギルドへやって来ていた。エリスさんと合流して、昨日とは別のCランクダンジョンを探す。
「今日は僕のスキルの検証と、今度こそふたりだけでダンジョンを攻略するのが目的だ」
「わかってるのだわ」
「頼りないかもしれないけど、よろしくね」
僕たちの今日の目的は、ダンジョンを攻略することそのものじゃない。
昨日判明した僕のスキルの効果が、本当がどうか確かめることだ。
それに昨日はアレスさんたちもいた。ああいう援軍は、今後期待できないと思っておいた方がいい。基本はエリスさんとペアで、Cランクダンジョンを攻略していくことになるはず。
だから、しっかりふたりだけで攻略できるか練習も兼ねる。パーティーに所属していた頃は、テラかサブリーダーのトールさんが護衛してくれていた。
僕らふたりだけでダンジョンを攻略したことは、ただの一度もないんだ。でも、できなければ、僕は本当に役立たずの嘘つきになってしまう。
そうはなりたくない。
「行こう、エリスさん」
今度はしっかり、ダンジョンに先約がいないか確認し、僕らは旅立つ。
これが、僕らの小さくとも大いなる一歩になることを願って。
テラと彼のパーティーのサブリーダーであるトールは、ふたりでこのBランクダンジョンに訪れていた。
Bランクダンジョンとは町から3日以上5日以内の距離にあり、Dランク以上のスキル保持者または5人以上のパーティーでの攻略が最低条件のダンジョンのことだ。
ここはオリオンから4日の山奥にある。道中が険しいので、大人数で行くのは難しい。故に、少数精鋭での攻略が求められるダンジョンだ。
「俺たちに任されるのも納得ってことだ」
テラはこの仕事に誇りを持っている。世界に水を返す重要な仕事で、力のある人間にしか務まらないものだ。生半可な能力や覚悟では、いくら治癒魔法があるとは言え、長く続かなかったり、最悪命を落とす。
人はリスクを負わなければ、なにかを掴むことはできないと言う。能力のある人間がリスクを負い、その他の普通の人々が平和に暮らすためには、テラのような非凡な人間がリスクを引き受けるしかない。
「持つ者の責務ってやつだね。あーあ、僕もディースみたいに出来損ないのスキルだったら、こんなことしなくてよかったのに」
トールがおどけて言った。彼のやる気のなさげな態度はいつものことだ。だがテラは、トールのセリフの内容が勘に障った。
「お前も追い出されたいか?」
「なんだよー、気にしてるならおったてることなかったのに。別に僕らに合わせて高ランクダンジョンに連れて行かなくちゃいけない、なんてルールはないんだから」
「……エリスがいるからな」
「あー、あの煩いのの妹の方。確かにあっちはAランクだから、申請すれば通っちゃうか」
パーティーの実績ごとに、攻略できるダンジョンのランクが決まっている。だがあくまで、これパーティー単位。パーティーの中で誰と誰がダンジョンに挑もうと、精査されずに許可される。
例えばAランクダンジョンは、Bランク以上のスキル保持者がひとり
ほとんどの場合、無茶な攻略をする人間などいないのでこの条件でも問題はないのだが、エリスやディースの場合、無茶をしそうなのだ。
「ウチに置いとくと、BランクでもAランクでも申請できちまうからな。俺が申請書を受け取った頃にはダンジョンの中……なんてことになったら……」
「それ説明すりゃいいのにー」
「エリスが理解できるか怪しい。それに、俺が嫌われるだけで誰も傷付かない、手っ取り早い方法が楽だった……それだけだ」
「……僕以外にも、そうやってすらすら本音言える性格だったらなー」
「うるさい」
テラとトールは幼馴染だ。20年にもなる付き合いであり、唯一無二の気の置けない親友同士である。
「でもさー、そんな無茶なことするっていうなら、ギルドにも僕らにも黙って高ランクダンジョン行っちゃうってこともあるんじゃないの?」
トールのその言葉に、愕然とするテラ。その表情が物語るのは、「思いも寄らなかった」というものだった。
「あちゃー、やっぱよく考えず追い出しちゃったかー」
「そ、それは……ぐう」
「やっぱり謝って、帰って来てもらった方がいいよ」
テラとしても、わざわざ悪役を演じて、嫌われるような真似はしたくない。必要がなければ、いつまでも仲違いすることはないのだ。
「……ああ、この任務が終わったら、ディースに謝るか」
「ちゃんと頭下げなよー」
「ぐ、……! わかったよ!」
「さて、温まったところで」
テラとトールは険しい山道を行き、Bランクダンジョンの入り口へとたどり着いた。ぽっかりと空いた口が、ふたりを暗闇へと誘う。
「今回は速さが勝負だ。ふたりしかいないからな」
「わかってるよー」
Aランクスキル保持者ふたりという、安全圏内ではある今回の任務。しかし現実はなにが起きるかわからない。
雑魚は無視し、最速でボスを倒すことを目的としていた。
「行くぞ!」
ダンジョン内に入ると、ふたりは早速駆け出す。テラが盾を構えて前に、トールがその後ろにぴったりと追従する。
テラは盾で突撃し、立ちはだかる敵を弾き飛ばしながら進む。一点突破だ。少数精鋭だからこそできる芸当で、すぐに水が必要な強行軍が必要な時にはこの技をよく行っていた。
この作戦により、10分も経たずにボスの目の前まで躍り出たふたり。このダンジョンのボスは、尻尾が蛇になった巨大な亀だった。
戦闘は一瞬で終わった。テラが盾で亀のバランスを崩し、トールが剣王のスキルで止めを刺す。幾度となく繰り返された、完璧なコンビネーションだ。
ボスが弱いわけではなく、むしろ瞬殺しないと反撃が手痛いものになるだろうことを、知っているからこその電撃作戦だ。
「よし、装置を起動させるぞ」
テラの言葉を頷くトールはふと、彼の右腕の負傷に気が付く。
「テラー、腕」
「腕? あっ、やっちまったか」
テラの右の二の腕に、深い斬り傷が刻み込まれていた。突撃をした際に付いたのだろう。
テラはすぐにポーションを取り出し、患部にかける。
「そこまで酷くはないが、バイ菌が入っても厄介だ。早く帰るか」
テラたちは素早く奥の装置を起動して、帰路に着いたのだった。
どうも身体の調子がおかしい。テラはオリオンへの帰り道、熱で倒れてしまった。オリオンまではあと2日の距離だった。
突然歩けなくなるほど衰弱したテラを、トールが背負って帰路を急ぐ。
ロープで互いの身体を固定して、なるべく急ぐが、道は険しくまた長い。
「はあ、はあ……出血も全然止まらないとは。どうなってんだー? 一体」
「わからん……あのカメ……毒でも持ってたのかもしれん」
テラはいつの間にか受けていた傷口が、まったく塞がらず、血は流れ出る一方だった。それが余計に大量を蝕む。
「治療してもらえばすぐ良くなる! 諦めるなよ! ディースに謝るんだろ!」
「当たり前、だ……」
そうして2日後、テラとトールはオリオンへと帰って来られた。すぐに教会へと向かう。報告など後回しでいい。
「急患だー! 頼む!」
トールは扉を蹴り開け、受付を大声で呼び出す。状態を確認されたテラは、すぐに処置室へと運ばれる。
そこで、ふたりは驚愕の光景を目の当たりにすることとなった。
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