第5話 多様性はスペクトラム!

「神官さまが……神官さまの容態が急変しました! 急いで来てください!!」


「なに? ジジイが?」


 女性のただならぬ様子に、レイもその緊急性を察する。


「悪いな、お前はもう帰っていいぞ」


 レイはテラに一言言うと、診察室を出る。彼女が神官の元へ向かうと、苦しそうに吐いていた。


「どうしたジジイ、治療はしただろ?」


「う、ぐ、わからん……自己治療も試していたが……おええ!」


「待ってろ」


 レイは神官に治癒魔法をかける。苦しそうに肩を上下させていた神官ははやがて、落ち着きを取り戻した。

 神官は吐き気が引いたことに胸を撫で下ろすと、ベッドに腰掛けた。


「情けねーな。スキルが鈍ったか?」


「ははは、どうやらそのようだ。歳かな……」


 神官はレイの悪態に、乾いた笑いを返す。それが精一杯だった。神官はすぐに頭を抱えてしまった。


 自分の頭に触れた時、神官は違和感を覚えた。なにか掴むような感触が――


「な……! 私の毛が……!」


 掴んだのは、自分の髪の毛だった。手で掴めるだけ、ごっそりと抜けている。


「は……? おい、ジジイ」


「バカな……こ、こんな……!?」


 少し触れただけで、髪の毛はパラパラと抜け落ちる。今まで見てきた病気には、こんな症状は見られなかった。

 吐き気、発熱、頭痛、下痢、抜け毛……ここまで多岐に渡る症状は類を見ない。


 レイにできることは、治癒魔法と解毒、解呪の魔法をかけておくことだけだった。


 レイは神官をベッドに寝かせ、部屋を出た。大抵の怪我や病気はスキルで治してきたが、神官やテラといった患者を完治させることはできていない。


「チッ、早く原因を解明しねえと」


 自分自身の無力感を歯噛み、それでも諦めるわけにはいかない。

 レイは診察室に戻ると、同じ症状の患者のカルテと、経歴のメモを見直した。

 テラ、神官、仲間のシスター……それに最近15歳になった子供たち。これが、吐き気や下痢で教会に訪れた人たちだった。


「この町で暮らしてることくらいしか、共通点はねえな……住んでる場所もバラバラみたいだし」


 15歳以下の子供たちに感染が優位だとすると、テラや教会職員がイレギュラーになる。病気なのだから、免疫によっては絶対ではない。しかし神官やシスターといった大人たちの方が、比較的症状が酷い説明がつかない。


「食ったモンも食った場所も一貫性がねえ……そうなると……」


 全員の共通項は、数日前に拝受の儀を受けたことだった。彼らの中に、感染症に罹っていた人間がいたのだ。その人物から、感染が拡大した。


「チッ……ずいぶん潜伏期間が長い病気らしいじゃねえか」


 過去流行した奇病も、潜伏期間が長かった。この世界では、病気は解毒魔法で簡単に治癒できる。潜伏期間が長く、発見が遅れる病気ほど、被害が拡大する傾向があるのだ。


 今回の病気は潜伏期間が長く、しかもしつこく再発する。


「病気なんかに人は負けねえぞ」


 レイは自分を鼓舞するように、呟いたのだった。





 ダンジョンを攻略し、水を世界へ返した僕たちは、オリオンへ帰ってきた。あのダンジョンは1日で行ける距離にあるから、お手軽でいい。


 その足でギルドにダンジョンクリア報告をしたあと、僕らは予定がなくなってしまった。だから、アレスさんたちの様子を見に、教会までやって来た。


「もう着いてるよね」


「腕くっついてるかしら?」


「さすがにまだだと思うけど……」


 腕を切断するほどの大怪我でも、早い段階に魔法で治療すればくっつく可能性はある。くっついた後も安静にして、数ヶ月は治療を続けないといけないけど。


 最悪、大怪我をしても癒士に治療してもらえる安心感は、僕らの冒険者としての人生を後押しするのに一役買っている。

 死ぬときは死ぬんだけど、即死などで治療が間に合わないケースはあんまりない。


 Bランク以上のダンジョンになると、町から数日の距離になって危険性が一気に増すので、この限りではないけど。


 僕たちが教会の中へ入ろうとすると、ちょうど出入り口が開いた。


「あっ、すみません」


「いや、こっちこそ――あっ」


 顔を合わせた相手はテラだった。テラ

僕の顔を見たあと、すぐに視線を逸らして足早に立ち去ってしまった。


 ……まだ怒ってるのかな。


「テラ、病気だったのかしら?」


「ダンジョンで怪我をしたのかも。……あの人、他人の攻撃を全部受ける勢いで前に立つから……」


 いくら盾王のスキルといえど、数を相手にしたり、強いモンスターと戦うとなると、無傷とはいかない。

 僕はあの背中に何度も守られた。


「それより、アレスさんを探そう。お見舞いに行かなくちゃ」


「そうね。アレス兄さまーーーーっ!!!」


「ちょ、ここ教会! 教会だって!」


 エリスさんの大声を止めてから、受け付けの人に、なんとかアレスさんがいる場所を聞く。ちょうど治療が終わったところだったらしく、病室を教えてもらった。


「アレス兄さま!!」


「ウオオオオ!! エリスゥッ!!」


 部屋に入ると早速、まるで十年来の再開かのように、熱くお互いを呼び合う。うるさい。


「怪我に響く」


 ウォーデンさんの熱いお仕置きを食らって、ふたりは大人しくなった。彼らは置いておいて、僕はウォーデンさんに話しかけた。


「容態は……どうですか?」


「処置が早かったからな。腕はくっつきそうだ」


「本当ですか!? よかった……」


 僕は胸を撫で下ろして、ベッドで眠っているゼンさんを見た。右腕は動けないように木で固定され、包帯で巻かれている。


「お前たちが来てくれたおかげだ。重ね重ねになるが、ありがとう」


「い、いや、僕らがもう少し早く来ていれば……」


「タイミングや時間は仕方ない部分が大きい。来てくれたことが重要なんだ。ありがとう」


「ウォーデンさん……」


 ウォーデンさんの落ち着いた姿勢や、俯瞰した考え方は、昔から頼りになった。この人にそう言われると、とても救われる気分になる。


「そういや、どうやって入って来たか聞いてなかったな?」


「あ、それはですね……」


「それはメシ食いながら聞くぜ。言ったろ? 奢るってな!」


 アレスさんが、白い歯を見せながら笑って言った。確かに、ここで長々と話すのはゼンさんにも教会にも悪い。


 僕たちは、町の食堂へと行くことにした。





「へえ~~~~ディースのスキルがねえ……」


 僕の話を聞いて、アレスさんが深く頷いた。


 僕たちが選んだのは大衆食堂だった。昼飯時は過ぎていたので、客足は少ない。


「そりゃ追放したのは失敗だったな! あっはっはっは!! ……エリスも出てっちまったし」


 エリスも~の辺りで突然テンションが落ちたアレスさん。こっちが本音というか、メインなんだろうな。


「……しかし、いくらその時スキルが使えなかったからと言って、パーティーから追い出すなど……テラらしくない」


「そうなんですよね……」


 ウォーデンさんの言う通り、僕はテラの行動が信じられなかった。物凄く可愛がってくれてたのは、僕にも伝わっていた。あれは……スキルの剣聖だけが目的だったのだろうか?


「ディースを私のペアにしてくれたのも、テラだったし。たしかにらしくないのだわ、理不尽すぎるのだわ!」


「俺としてはエリスにも、ディースにも! 戻って来てほしいけどな! もちろん、スキルも当てにしてる!!」


 正直だ……でもそこがアレスさんの良いところでもある。兄妹揃って馬鹿正直なんだ。


「でもテラには追い出されちゃったし……それにこれからはエリスさんと、コンビでやっていくので」


「その通り! なのだわ!!」


「それが心配なんだよォォォ!!!」


 アレスさんの悲痛な叫びが、食堂にむなしく響いたのだった。

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