第4話 やがて雨が降る

「大丈夫か!? キツく縛るぞ! 絶対助けるからな!!」


 アレスさんがあわただしく、片腕を失ったメンバーの治療をしている。

 その間、僕たちはウォーデンさんと握手をしていた。ウォーデンさんは、色黒の大柄な男の人だ。スキンヘッドなのが少し怖い見た目をしている。


「ありがとう、助かった」


「どういたしましてだわ!」


「エリス……相変わらず頭に響くな」


 ウォーデンさんは、エリスさんの大声にたじろぐ。洞窟内なので、なおさら響いた。しかもあっちでもアレスさんが騒いでるし。

 いつものことではあるけど、ウォーデンさんは寡黙な人なのでエリスさんのことが苦手なようだった。


「しかし、どうやってダンジョンに入った? 俺たちが先に入っていたから、お前たちは入れないはずだが……」


「それはこの、ディースのスキルのおかげなのだわ! ディースはダンジョンに自由に出入りできるの!」


「……まさか」


 ウォーデンさんは信じられないものを見るような目で、僕を見た。僕だって信じられない。エリスさんは僕のスキルのおかげだって言うけれど、僕はエリスさんほど純真無垢じゃない。

 こうして事実を目の当たりにしても、信じられないでいるのだ。


「使えないスキルだと聞いていたが……」


「ウオオオオオオッ!! エリスゥゥゥッ!!!!」


 仲間の処置を終えたらしいアレスさんが、ものすごい雄叫びを上げながらこちらにやって来た。その勢いで、エリスさんに抱き付く――が、エリスさんはひょいとかわした。

 悲しい兄妹のすれ違いを、今僕は目の当たりにしている。


「アレス兄さま煩いのだわ!!」


「そんな……ッ!? なんてことを言うんだッ! 俺は……俺は男を追いかけて出ていったお前のことを、どれだけ心配したと思っているんだッ!!」


「だーかーら! うるっさいのだわ!!!」


「黙れ、どっちも」


 ウォーデンさんが、ふたりにげんこつを落として黙らせた。……今では懐かしくもある、いつもの光景だった。


 反省した様子で、しゅんとしながら、アレスさんが僕に手を差し出す。


「ありがとう、ディース。助かった。だが妹を連れてったことは、また別の話だ」


 この人も、音量調節が苦手なのでこそこそと喋る。まあ、この場合、エリスさんに聞かれたくないってのもありそうだけど。


「助かるついでに悪いんだが、水の装置を起動しといてくれないか? 俺たちは急いで仲間を町に連れて行ってやらないと」


 アレスさんは、辛そうにしているゼンさんを見た。この騒ぎの中でも、なにも口出しをしてきていない。

 腕を無くす大怪我だ。当然と言えば当然だった。


「わかりました。大丈夫です」


 彼は一刻も早く教会に連れて行かなくてはならない。この役割分担は当然だった。


「サンキュー! 町に帰って来たら、改めてお礼をさせてもらうぜッ!」


 僕たちはダンジョンの奥と入り口に向けて別れたのだった。





 水の広場を歩き続けると、それは見えてきた。

 壁に取り付けられた巨大な石盤。幾何学的な模様を描くそれは、水を外へと運ぶための装置だった。

 冒険者はダンジョンを攻略し、ボスを倒し、ここにやってくることを目標にしている。


 僕は石盤に触れた。鈍い音と共に、どこかに水が抜けていく音がする。


「何度見ても不思議だわ……これで雨が降るのよね?」


「うん、ある程度水が溜まったら、雨として地上に水が返ってくるはず」


 この世界の理はよくは知らない。知らないことの方が多いって、偉い人も言っていた。でも、子供でも知っていることがひとつだけある。

 雨は、冒険者たちが降らせているということ。


「やったわね! これで、私たちも立派な、自立した冒険者よ!」


 嬉しそうなエリスにつられて、僕も微笑んだのだった。





 冒険者の仕事に向かおうとしたテラだったが、どうにも吐き気が治まらない。昨日は酒を呑まなかったにも関わらず、だ。

 それだけではなく、下痢もした。血と一緒に。


 明らかにおかしいと感じたテラは、教会へと向かった。怪我や病気を治せるのは癒士だけだ。そしてこの町に癒士は教会にしかいない。


「すみません」


「はい、どうかいたしましたか?」


 教会に入り、受付嬢に自分の症状を伝えた。


「あら、またですか」


 受付嬢は困った顔をした。


「また?」


「はい……このところ、似た症状の患者さんが多くて」


「感染症か?」


「おそらく……ウチのシスターや神官さまも、嘔吐や下痢に悩まされているのです」


「神官さままで……!?」


 テラは驚愕した。神官になれる人間は、高ランクの癒士だけだ。Bランク以上のスキルを持っていて、なおかつ何十年もの間、癒士として活躍した実績がないと成れない。

 当然、治癒に関しては一級品のはず。その神官さまでも治せないとなると、この病気は相当厄介なものだと素人にでも理解できた。


 テラが教会内に案内される。教会では治癒スキルで治療を行うが、深い怪我や、感染症などの病気はすぐに治るものではない。

 ベッドのある病室や、断続的に治療を行う処置室など、様々な機能を持った部屋がある。


 テラは診察室へと通された。


「お前が次の患者か」


 テラを迎えたのは、鋭い目付きの――シスターと言われて、想像する人物とはかけ離れた態度の――女性だった。

 切れ長の瞳は綺麗だが、同時に冷たい雰囲気を受ける。セミロングの黒髪に金色のメッシュを入れた、かなりパンチのある外見をしている。


 レイ・マクファーソン。この教会に所属する癒士のひとりで、ランクはB。つまり癒祭となる。

 不良然とした見た目と態度とは裏腹に、彼女はスキル以上に優秀な人間であることは、誰もが知っていた。


「よろしくお願いします」


「症状は……ったく、また吐き気と下痢か。流行ってんのか?」


「みたいですね」


「他人事じゃねえんだぞ」


 元々つり目だったレイの目が、さらに吊り上がる。テラは口を一文字に結んで、姿勢を正した。もう余計なことは言うまい。


「これは異常だ。ジジイもこの病気に罹ってたし。おい、お前。この数日間どこで何してたか言え」


「えっと……どこまで話せば」


「全部に決まってんだろ。どこのダンジョンに何回入った、とか。どこで何食ってクソをどこでしたかとか、全部だ!」


 シスターの口からとんでもない言葉が飛び出し、さすがのテラも顔をしかめた。が、レイの迫力にすべてを言わざるを得なかった。

 少しずつ思い出し、語ると、付き添いの女性がメモを取っていく。


 その間、話を聞きながらも、レイはテラに治癒魔法を使った。


「以上です」


「……なるほどな、助かった」


 治療と聞き取りがようやく終わり、テラは一息つく。


「これでなにかわかるんですか?」


「他の患者にも聞いてんだ。感染症ならどこで感染したかとか割り出せるだろ。だが、妙なんだよな」


「妙……ですか?」


「ああ。この病気、ジジイが最初に発症したからオレが治療したんだが」


「……そういえばジジイって?」


「ここの神官だよ」


「うわあ、マジか」


 テラは、この町で一番偉い人間を臆面もなくジジイ呼ばわりするレイに、心底びびった。聞けばなんでも答えてくれるあたり、見た目や言動ほど悪い人ではないことはわかる。

 しかし、口の悪さはいかんともしがたい。


「この病気、解毒や解呪じゃ効かなかったんだよ」


 それはつまり、毒や呪いの類いではないということ。

 感染症や毒なら解毒魔法が効く。

 呪いや魔物の怨念なら解呪魔法が効く。

 だが今回の病気には、そのどちらも効果がなく、試しに治癒魔法を使ってみた結果、効いたというわけだ。


「もっと詳しく調べてぇ……! 人類が初めて遭遇する病気かもしれねぇ……! 立ち向かい甲斐があるってモンだ」


 凶悪な笑みを浮かべて喜ぶレイ。嬉しそうな彼女とは裏腹に、テラには拭いようのない不安が、心中に渦巻く。


 そして、その予感は的中することになる。


「レイさん! 神官さまが!」


 診察室に女性が飛び込んでくる。


「おい、どうした? 診療中だぞ」


「神官さまが……神官さまの容態が急変しました! 急いで来てください!!」

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