第3話 頭痛の種
テラ・ポーターは千鳥足で帰宅した。ディースと別れたあと、テラは昼間から酒場に突撃し、日が傾くまで呑んでいたのだ。
普段はそんなに呑まないし、酒にも強くないテラの様子に、止める人間もいた。しかし、彼はすべてを振り切って酒に溺れていた。
「お、おええぇ……」
呑み過ぎてしまったのか、テラは頭痛と吐き気に襲われていた。自宅の床に盛大に吐き散らす。
「くそ、片付けねえと……」
頭ではそう思っていても、体が言うことを効かない。なんだか熱っぽさも感じる。
「明日にするか……」
彼はベッドにもつれるように倒れ込む。柔らかいベッドに体を受け止めてもらったテラは、すぐさま眠気に襲われる。
その頭の中には、今日の出来事が渦巻く。ディースのスキルの拝受は、とことん予想外だった。
テラも、ディースの目標を知らないわけではない。むしろ、テラもディースの父親を尊敬し、その背中を目指していた。
「クソ……」
テラの意識は、泥のように沈んでいったのだった。
翌日、テラは二日酔いで痛む頭を抑え、床の掃除を終えた。朝食を済ませて、ギルドに足を運ぶ。
受付にいくと、受付嬢から書類を一枚渡された。
「テラさん、おはようございます。エリスさんからパーティー脱退の申請が届いています」
「……やっぱりか」
テラは虚ろな目で、エリスの申請書を受け取ってサインする。
エリスとディースのコンビは、誰の目から見ても優秀だった。連携が取れており、なにより息が兄弟のようにぴったりだった。
エリスも日頃からディースなしでは生きられないと、大声で言っていた。あのギルド内に響き渡る声が、なんだか懐かしい。
ディースがテラのパーティーを抜けた今、残ることはないだろうという予想は当然だった。彼女がディースについているなら、別のパーティーに入ることもあり得るだろう。
「はい」
「受理いたしました。エリスさんには追ってお伝えします」
「ああ」
「……大丈夫ですか?」
受付嬢が顔色の悪いテラを覗き込んだ。
「なにが?」
「あなたの……パーティーですよ。ディースさんが抜けて、エリスさんも。特にディースさんのことは可愛がっていらっしゃいましたのに」
「過去の話だ」
テラは吐き捨てるように言った。その様子に、受付嬢は肩をすくめただけで、それ以上なにも言わなかった。
僕はエリスさんとパーティーを立ち上げることにした。今朝、テラがエリスさんの脱退申請を受けたみたいだったので、ふたりで組むことにしたのだ。
申請は簡単に通り、数日後には僕たちはダンジョンに向かって森の中を歩いていた。
僕たちが暮らす町の名前はオリオン。このオリオンから半日ほど歩いた場所に、目的のダンジョンはある。
ダンジョンには難易度があり、Sランクが最高難易度でCランクが一番簡単だ。簡単とは言っても、中には魔物がいるので気は抜けない。
難易度に応じて、クリアした時に水を得ることができる。Sランクのダンジョンは世界に五箇所しかないが、クリアさえできれば一国の人間が半年もの間生きていけるほどの水が手に入る。
今僕らが向かっているのは、Cランクダンジョンだ。近場だし、難易度も低いのでちょうどいい。
それに、パーティー発足したての上、二人しかいないとなると、この程度のダンジョンの攻略許可しか下りない。
「ディース、あなたのスキルって、教会では使えなかったのよね?」
エリスさんが、ひそひそ声で話しかけてくる。
「そうだよ」
「場所が違えば発動するとかは、ないのかしら?」
「う~ん、ないとは思うけど……やってみようか」
スキルの特性がわからない以上、とにかく試してみるのもいいかもしれない。
「プルート!」
青い光が走るが、昨日となにも変わらない。
「すごい! きれいね!」
「綺麗なだけだよ」
エリスさんは誉めてくれるが、こんな光るだけのスキルはあってもしょうがない。戦闘する時にも当てにできなさそうだ。
今までの自分と、エリスさんを信じるしかない。
そうして時々プルートをしながら進んでいると、ダンジョンの入り口が見えてきた。
そこは崖にぽっかり穴が開いたようなところで、ダンジョンは普通、こういった岩壁にある。入り口は結構広く、数十人のパーティーでも楽々入ることができる。
「あら? もう既に中に誰かいるわ!」
エリスがダンジョンの入り口に触れて言った。ダンジョンは誰かが入ってから数秒で、その入り口が閉じてしまう。見えない壁が、入り口にできるのだ。
これは、中の人がダンジョンを最奥までクリアするか、死亡または脱出するなどで攻略失敗しないと解除されない。
誰が設定したのか一切わからない、不思議な仕組みになっている。
「あちゃあ。じゃあ別のダンジョンに行くか。ちゃんと確認してから出てくればよかったね」
普段はこういう細かい確認は、パーティーリーダーのテラがやっていた。これからは、自分でやらなくっちゃ。
そう思いつつ、別のダンジョンを探していると、エリスさんが僕を呼び止める声がした。
「ねえ、ディース! ここでもピカッとやってみればどうかしら?」
道中、様々な場所、様々な条件で僕のスキルを使ってみたが、効果はなかった。
当の僕がほぼ諦めているのに、エリスさんはまだ、僕のスキルの可能性を考えてくれている。
「うん、わかった」
僕は両手をダンジョンに向ける。
「プルート!」
もはや見慣れた青い閃光。やはり特になにも起こらない。
「……だめみたいだね。行こうか」
もはや慣れたとも言える無反応。僕は再び地図に目を落とすが、
「ディーーーーース!!!」
すさまじく興奮したエリスさんの大声で、顔を上げた。
エリスさんは、ダンジョンの
「え!?」
僕は目を疑った。
「ディース! 中に入れるわ!」
エリスさんは、嬉しそうに僕の元へ駆け寄ってきた。
「ディースのスキル! 中に人がいても入れる能力なのよ!」
「ま、まさか……攻略失敗しただけなんじゃないの?」
普通に考えれば、攻略失敗してダンジョンが開いただけだと思う。しかし、タイミングが良すぎることや、自分のスキルを信じたい気持ちが、もしかしたらそうかも……という気持ちを芽生えさせた。
「いいえ! 戦闘音が聴こえるわ!」
そしてそれを裏付けるように、ダンジョンの奥からなにかの音が聴こえてきていた。
「行こう!」
僕たちはダンジョンの奥へと駆け出した。
Cランクのダンジョンは、そこまで深くはない。壁がほのかに光っているため、進むのには苦労しなかった。
少し走ると、すぐに最奥へとたどり着いた。
最奥の大広間……俗にボス部屋と呼ばれるそこは、水で満たされた空間だ。戦うための足場以外は、見渡す限りの水で覆われている。以前に水の中を覗いたことがあったが、深すぎて地面が見えなかった。
そこではおそらくボスであるミノタウロスと、数人の冒険者が戦っていた。
ミノタウロスは頭が牛で、体が人間のバケモノだ。体が大きく、力もとても強く、その腕力任せに斧を振り回す。
僕たちが彼らの姿を目視した時、ミノタウロスと直接剣を交えていた人の腕が、ミノタウロスによって斬り飛ばされていた。
「うああああ!!」
「ゼンンンンンンッ!!! クソッ、ウォーデン! 彼を下がらせるんだッ!!」
リーダーらしき長い赤髪の男の人が、指示を飛ばす。剣士の男の人は、大柄な仲間によって後方に下げられた。
というか僕はあの赤髪の人にも、呼んだ名前にも覚えが……
「アレス兄さま!」
「えっ、あれってアレスさん!?」
エリスさんが言うなら間違いない。あの赤髪の人は、エリスさんの兄、アレスさんだ。そして間違いない。彼らは、僕が追い出されたパーティー、ソラレのメンバーたちだ。
どうしてこんな低ランクのダンジョンに……とも思ったが、アレスさんはゼンという知らない名前を口にしていた。新メンバーの付き添いなのだろう。
しかし、まずい。ダンジョン内では応急措置しかできない。腕を切断するなんて大怪我をしたら、町で癒士にスキルで治してもらわないと、最悪命がないのだ。
しかしボスは、簡単には彼らを逃がさないだろう。
ミノタウロスの猛攻は絶えずパーティーを襲っている。盾士のウォーデンさんが前に出てはいるけど、あれでは時間の問題だろう。
「助けるのだわ!」
放たれた矢のようにミノタウロスに向かって行ったのは、エリスさんだった。彼女は弓士でありながら、なぜか近接戦闘を好む。だから僕も合わせやすかったのはあるけど。
あの戦闘スタイルで強いので、誰も文句は言えない。
「援護します! 怯んだ隙に畳み掛けを!」
エリスさんが弓をつがえる一瞬の隙に、僕が剣で攻撃を差し込む。いつもの連携だ。
「っ!? ディース!? それにエリスかッ!?」
アレスさんは一瞬驚いて硬直したものの、すぐに攻撃メンバーに指示を飛ばしていた。エリスさんと同じく声が大きいので、よく指示が通る。
突然攻撃の手が激増したミノタウロスは、その猛攻に耐えきれず倒れた。
死んだ魔物は消える。塵も残らないのは、少し可哀想ではあった。
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