第2話 約束、君はそこにいる
「待って、テラ!」
教会から足早に立ち去ったテラのあとを追い、僕は人込みをかき分ける。いつも頼りにしていた背中が、今はなんだかとても怖い。
「テラ!」
「……わるいが」
テラは振り返らず、肩越しに僕に言葉を投げかけた。
「お前はもうパーティーにはいらない」
「え? い、いらないって……」
「多少剣の腕が立つったって、スキルがなきゃFランクにも劣る! 三年もお前を育ててやった! なのにこれだ! お前はもう、俺のパーティーから抜けろ!」
「そ、そんな……」
僕はあまりの出来事にめまいを覚えた。テラは三年もの間、僕を自分のパーティーで剣士として使ってくれた、兄のような存在だ。父さんの次に尊敬できる存在だった。
その人に、見限られた――その絶望が、僕の心を覆う。
テラはそんな僕を見て、苛立たしげに頭をかいた。顔が怒りで真っ赤に染まっている。そこまで……
「今日までの賃金はあとで送る。今までご苦労だったな」
「ま、待って」
「ついてくるな! クソッ、頭が痛くてイライラする……お前のせいだぞ、ディース」
テラにはもはや、とりつく島もなかった。
僕はそれ以上なにも言えず、立ち去るテラの最後の背中を見送るしかなかった。
足が重い。町外れにある実家に向かっているけど、僕のスキルのことを、父さんや母さんにどう説明しよう。
いや、説明のしようがない。ただ光るだけのゴミスキル。そう報告するしかない。
しかもそのせいで、僕はパーティーを追われた。ギルドで活動するにはパーティーを組まないといけない。こんなスキルの人間を雇ってくれる人なんて、いるはずない。僕の夢は……潰えたんだ。
家に着いてしまった。僕は扉の前で立ち尽くしてしまう。しかし、このままぼけっとしていても仕方がない。
僕は思いきって扉を開けた。そこには、母さんが待っていた。
「そうか……使えないスキルを授かったか」
夕食になって帰って来た父さんが、言った。次の言葉が怖い。いや、次の言葉もないかもしれない。なにか言われようと、言われなかろうと、怖い。
食事も喉を通らず、僕は俯いていた。その頭に、優しい感触が乗せられた。顔を上げると、父さんが僕を見ていた。
「なら、ダンジョンに行くなんて、危険なことはしなくてもいいな」
その瞳は、優しかった。父さんの言葉に、目の奥から涙が溢れてくる。
「うちには土地も金もある。お前の夢が俺のようにダンジョンで人の役に立つことだとは知っている。けど、親としては、そんな危ないことをするより、町や畑で平和に暮らしてほしいんだ。むしろ安心したよ」
「そうよ。別に私たちは、あなたに特別な人間になってほしくて、いいスキルを授かってほしかったわけではないんだもの」
「父さん……母さん……」
一瞬でも見捨てられるのでは? と思った僕が恥ずかしい。いや、殴り殺したい! そんなこと言うわけないじゃないか……僕の両親が!
こんなにも暖かくて優しいふたりなんだ。自慢の両親なんだ。
「父さん、母さん!」
僕は両親に抱きついた。その温かさに涙が止まらない。両親の言葉が僕を救ってくれる。
そんな両親に愛情を感じていたところに、
「ディーーーーース!!!」
突然玄関の扉が凄い勢いで開かれ、耳をつんざくような大音量が家の中に響き渡った。
夜襲か!? 僕たち家族は全員でそちらを見た。しかし、そこに居たのは敵でもなんでもない、ただの女の子だった。しかも知り合い。
「ソラレ首になったって!? あんた何も言い返さなかったの!?」
彼女は変わらぬ声量で騒ぐ。夕食の時間に、しかもノックもなしにいきなり大声なんて、ほんと非常識だ。
思わず僕も言い返した。
「エリスさん! 声がでかい!」
「あっ、また大きくなっちゃってたわ! ごめんなさいね!!」
本当に悪いと思ってる?
この、歩く音爆弾みたいな女の子の名前はエリス・ハトソン。僕より一個上で、去年からAランクスキル、弓王を授かってパーティーで活躍していた。
声は煩くて苦手だけど、とても可愛い女の子だ。
緋色の髪とか、ぱっちりした緑の瞳とか……僕の思い付くような言葉じゃ、彼女の宝石のような美しさは表現しきれない。ただ、ちょっとお馬鹿なところは残念だと思っている。
「ごめんなさい、彼女はエリスさん。僕がパーティー……元パーティーで良く組んでくれてた子なんだけど……」
「ええ、そうよ! 私がディースのパートナー、エリス・ハトソンよ! お父様、お母様!」
「エリスさん、だから声……」
「あっ、ごめんなさいだわ」
途端に声を、近寄らないと聞こえないくらいに落とすエリスさん。この人は細かい作業とかが苦手な人で、1か100かみたいな大雑把なことしかできない。
「あ、ああ。いつも息子がお世話になっているよ」
「ありがとう!! ……私こそ、たくさん世話になったわ」
エリスさんはでかい声でお礼を言ったあと、はっとして声量を落とした。ほんと不器用だ。
「えっと、なにしに来たの?」
「そうだわ。あんたソラレ辞めちゃったって? なぜなのだわ?」
「それは……僕のスキルが使えなかったから」
「Fランクだったのかしら?」
「それすらなかったよ……」
「ええーーーっ!? どんなスキル名なのかしら!?」
「ちょっと! 急に大声出さないで!」
エリスさんとの会話はなかなか難しい。これのせいで、彼女も彼女で組む相手に苦労していたようだ。
そこに目を瞑れば、素直だし、可愛いし、強いしで組んでよかったと思えたけれど。
「プルート……そんな名前」
「聞いたこともないわ……」
スキルは普通、S(聖)からF(奴)までのランクと、剣士や弓士などの系列で分けられる。ただ、僕のスキルはそのどちらにも当てはまっていない。
このスキル名は神官さまが神様から「声」として直接賜るものなので、間違いはないはずだ。
「効果はどうだったの?」
「光るだけ……」
「光るだけ!?!? ピカピカなのだわ!!?」
もはや突っ込む気力も失せた。
なんでエリスさんか僕を訪ねてきたのかはわからない。でも、これを聞けば帰るだろう。今まで組んでいたけれど、これでパートナーも解消だ。
「そういう訳だから、帰んなよ。もう僕はパーティーメンバーでも、パートナーでもないんだし」
「私もソラレ辞めてきたわ! これからはふたりでパーティー&パートナーね!!」
「は?」
辞めた? なんで? 優秀なエリスさんがパーティーを辞める意味がわからない。しかも僕を追ってくる意味も。
「や、辞めちゃったの? なんで……」
「ディース! あなた約束したわ!!」
僕はエリスさんの言葉にびっくりした。彼女がまた大声を出したからじゃない。その内容にだ。
「『僕がスキルを手に入れたらエリスさんをずっと守るよ』って、あなたは言ったわ! あれは嘘なの!? 嘘ついたらいけないわ!!」
「い、いや……嘘ではないけど……」
スキルは貰えなかったから、嘘になる……のかな。約束のことは覚えている。あの時は――今もだけど――僕はパーティーのみんなを守るテラの背中に憧れていた。だから、パートナーであるエリスさんにも、同じことを言った。
僕も……そうなりたかったから。
「スキルがなによ! あなたは自分の言ったことにも責任を持てないダメなやつなの!? そんなことはないわ! ディース、あなたは嘘はつかない。立派な男の子よ!! スキルがなくても、あなたは私を守ってくれるわ!!」
正直、めちゃくちゃだ。スキルがあるのとないのとで、戦う力は全然違う。スキルは絶対的な正直さを持っている。
でも……
でも、真剣な目で僕を真っ直ぐ見るエリスさんを見ていると、そんなことは重要じゃないように思えてくる。
ぽん、と父さんの手が肩に置かれた。父さんを見ると、僕に向かって頷いた。その隣で母さんも、優しく微笑んでくれている。
「お前はどうしたいんだ?」
父さんは、僕にそう問いかけてきた。
上っ面じゃない。僕の、本心を聞いている。
僕は、エリスさんを、彼女がするように真っ直ぐ見た。
「僕も……冒険者をやりたい。あの言葉は嘘じゃないよ。僕は……君を守る」
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