第5話 嘘
嘘の話をしよう。
子供の頃に「嘘をついてはいけません」と親に言われた事はあるだろうか。
だいたいの親はそう言うだろう。事実、自分が親なら、子供にそう言い聞かせる。
それはなぜか、答えは単純だ。信用を無くす。たったそれだけ。
しかし信用とは生きていく上で必ず必要なものだ。なぜなら信用とは金であるからだ。
金がなければ人は食うに困る。寝るに困る。着るに困る。つまり生きていけなくなる。
まったく世は地獄だとそう思う。金がなければその人には信用がないと言うことになってしまう。
金が無いから信用しない。
例えばスマートフォン。便利の極みだ。今時子供だって持っている。普通の極み。当たり前の道具。もはや無いと困るどころではなく、無いと生活に問題が出るほどだろう。
電話番号。メール。時と空間を光の速さで短縮する。異常に高性能な光る板。それを子供でも扱える。
仮に家を無くしても、スマホだけは死守する。そんな人は沢山いるだろう。そう、寝るに困るとしてもスマホだけは守るのだ。
電話番号やメールそして娯楽。持っていて当たり前が寝るに困っても手放せない、悪魔の道具に成り代わる。
それはなぜか?一重に便利と言うこともあるだろうがしかし、一番大事な本質は違うだろう。
そう、信用だ。信用を無くすのだ。
今時、子供だって電話できる。のに電話番号も無い。通信回線も無い。当たり前と化した道具を、皆が持っていて当たり前の道具を、持っていない。
想像してみてくれ。今この瞬間に、職を無くし、金を無くし、スマホを無くして見たら、君たちは生きられるのか?
人間とは、語り合い、協力し、共に生きていく。
スマートフォンという光る板が、より遠くに、より早く言葉を届け、人と語り合えるようにしてしまった。
つまりスマートフォンとは言葉であり、人々の集合知であり、金という信用を生み出すために必要な道具になってしまった。
そして誰かが言った。「金は命より重い」と、事実だ。実際問題、金は「たかが」で済ませられない。金が無ければ生きられぬからだ。人が人と協力するために信用が必要である以上、決してこの事実は覆らないだろう。
人々は進化してきた。金を生み出し、より強く協力し合えるように、より賢くと。
その結果、信用出来ない悪党でも、クズでも生きていける世界を生み出した。
だからこそ人々は金を賛美した、金に委ねた。金を稼ぐ者が偉い、と。
その末路が例え悪事を働いても、金を稼ぐという歪んだ、矛盾だらけでロクでもない価値を持つ者の出現だ。
しかし金という悪魔の道具が信用を保証する。
まさに世は地獄だと、そう思う。
さて、話を戻そうか。
つまるところ、親が子に「嘘をついてはいけません」と言うのは、極論。生きていけなくなる。からだ。
しかし大人になるときに誰もがその言葉に疑問を持つだろう。
「すみません。今日、体調が優れなくて」
そんな言い訳をしたことは?
「すみません。忘れてしまいました」
そんな誤魔化しをしたことは?
「行けたら行きますよ」
そう断ったことは?
そうなんだ。悲しいことに人は嘘をついてしまう。どうしたって間違いを犯し、誤魔化そうとしてしまう。
「嘘をついたことないよ」
そんな言葉が嘘つきの代名詞になってしまう。この世は矛盾だらけで、余りにも救いがない。
そして人は嘘を道具として扱い。「あぁ嘘なんだな」と理解してしまっても、それを飲み込んで、「そういうこと」にしてしまう。信用を無くす行為の嘘が、人生を生きていく上で必要な建前になる。
つまり嘘とは人生を円滑に進めるための建前であり、道具として使うものだ。
それなのに親は子供に「嘘をついてはいけません」と嘘を吹き込む。
いや、嘘ではないのだろう。真実、嘘なんて吐いてはいけないのだ。
しかし人は成長し、自分を守るために意味ある嘘を、必要な嘘を吐く。それを悪とは思わない。
なぜなら嘘を、建前を「そういうこと」としてしまえば、それは真実になるからだ。
ならば嘘と真実の違いはなんだ?
真実とて信じられなければ、嘘と判断される。それなのに嘘と分かっていながらもそれを信じ、真実として扱うこともある。であれば、真実と嘘は同じ価値、等価である。
しかしそれはあまりにも酷い。
まさに、この世は地獄そのものだ。しかし我々はこの地獄に住んでいる。ならばせめて、せめてもの抵抗として、バレない嘘を吐くべきだ。
では、バレない嘘の吐きかたとはなんだろうか?親や先生は決して教えてはくれない。
嘘を蛇蝎の如く。忌むべきものとして、臭いものに蓋をする。そう、見ない振りを教えてくれる。
悲しいことにそれが普通に生きていく上で必要な正しい嘘の使い方と使われ方なのだ。
ならば普通ではない悪党はどう嘘を吐くのか。どう嘘を吹き込むのか。
真実の中に嘘を仕込む?嘘を吐きつつ真実を混ぜる?
どれも正しいのだ。バレなければ全て正しい。なにせ嘘だから。
しかしバエルは…ヴァンスは違う。
全て真実を語ればいい。そう始まりから終わりまで自分という存在を嘘で作り上げてしまえばいい。そしてそれを誰にもバレないようにしてしまえば、それは全て真実となる。そう嘘なんて吐いていない。そう考えている。
「お昼だよ~起きないの~?」
最近、拾った家出娘ネル・フリード。彼女のかなり遅めのモーニングコールを聞く。
職業柄本当は寝起きは悪くない。裏世界の殺し屋が朝起きれなくて死にました。なんて馬鹿馬鹿しいだろう?
しかしヴァンスは惰眠を貪ることにした。その方が頭を深く休ませられ、嘘の精度が上がるからだ。
だが仮に、一般人がそんなことをしたとしても嘘を吐き続けるなど決して出来ない、必ずどこかで綻びが生まれる。頭の良い天才でも、どこかでしくじるだろう。
そしてそのミスを犯せば、この女を始末しなくてはならない。
善人を殺すのは心苦しい。故にヴァンスは嘘を決して口にしない。嘘とバレないように、巧妙に真実だけを語り、行う。常に頭を回す。休む間もなく。それは正しく狂気と言って差し支えない。
しかしどうしても人生には刺激が必要なのだ。特にこの悪党には。
さて、モーニングコールを聞いたのだ。ノソノソと起きなければならない。決して、目が完全に覚めていると悟られぬように、のんびりと。
「あぁ…おはよう」
さて、寝ぼけた振りをしている内に彼女について考えをまとめよう。
ネル・フリード18歳。理由不明の家出娘。性格は真面目で「家出した」という事実に複雑な感情を持っているように見える。ゆえにこの家出は死ぬほど切羽詰まった、緊急性の高いものではない。
ではなぜ彼女は家出したのか、それを知るには彼女に語らせることが必要である。だがあいにく私はあくまで、ただの悪党に過ぎない。聞いたところで救えるとは思えない。
ならば、この家出に思い出を与えてやるのが、私のやるべきことだろう。その思い出に意味や価値を見いだすのはこの子だ。
しかし一歩、一手、間違えれば私と同じく悪の道を進む可能性すらある。
まったく…真面目な奴ほど、やることが極端になりやすく厄介だ。
まぁ、どちらにせよ真面目な奴は生きにくい。バカなことに、考えても無駄なことを本気で悩み引きずるのだ。先に生まれた先人たちが、悩みの種は尽きないと愚痴をいい、酒で忘れたり、娯楽で忘れてきた事実を直視しない。この子も嘘や真実、未来という不確かなものに振り回されたのかも知れない。これから振り回されるのかも知れない。
であれば必要なのは不真面目、悪と蔑まれるような愚行。しかし程度を考えねば人生の全てが狂ってしまうだろう。ゆえに必要なのは加減。バレてしまえば文句をいわれる程度。少し叱られる程度の些細な悪巧みだ。
やりたいことが決まったな。ヴァンスはそう思いながら、ゆっくりと体を起こす。そう、私は寝起きが悪いのだ。
「君は生活リズムが良いね」
「ヴァンスが悪いだけだと思うけれど?」
「あぁそう…そうかぁ…」
頭の回らない寝起きなら仕方がないことだが、中身のない会話だ。
「まぁ…毎日、毎日二度寝をするのは、逆にスゴいと思うけれどね」
「意志が弱くて悪いね」
そう良いながら体を伸ばし、肩を回す。寝起きには毎度欠かさずやっていることを無意識に行う。そして意識して同じ言葉を言う。
「風呂」
完全に目覚めるための儀式だ。
私はヴァンスが仕事に行った時、どうしても寝れなくて徹夜していた。
そして彼が帰ってきたときに布団に入って寝た振りをしてしまった。彼が私には見せないこと、秘密をなにか喋ってくれるんじゃないかと、恐怖と期待でぐちゃぐちゃのまま寝た振りをしていた。
帰ってきた彼は信じられないほど上機嫌で鼻歌を歌っていたが、唐突に静かになって言った。
「やべ、起きてないよな…」
彼を疑った自分を恥じた。
昨日彼が仕事に行くときに見せた顔は、私には見せない顔だった。しかし冷静になって考えれば別に不自然なことじゃない。
私だって学校に行くときと一人のとき、家族と居るとき、それを全て同じ調子で過ごしている訳じゃないのに、出会ったばかりの彼の一面を知っただけで彼の全てを知った気になっていた。
彼の性格を見てなんとなく、変わらないんだろうな。と知った気になって。勝手に裏切られた気になって、勝手に怖がって、寝た振りをして、本当に私はーーーー身勝手だ。
酷い気分になって寝れなくなった。彼はシャワーを浴びてすぐに寝た。
幸い寝るのが遅れても、彼は昼まで起きない。いずれ眠くなると思って、本を読んだ。恋愛小説は読む気になれなくて、途中まで読み進めていた彼の推理小説を手に取った。
しばらくすると気持ちが落ち着いて、疲れがどっときた。それに身を任せなんとか寝れる。そう思った直前に、どうして自分は彼を普通ではないと判断したのかがボンヤリと頭に浮かんだが、それを振り払って寝ることにした。
そして今日、素知らぬ顔でいつも通りにこう言った。
「お昼だよ~起きないの~?」
普段通りだったかな。不安が募る。あの後ろぐらい出来事を言いたくない、だから気付かないで。そう願った。
いつも通り彼はノロノロ起きてきて、私を見てこう言った。
「君は生活リズムが良いね」
気付いてる!?いやしかし、彼は寝ていたはずだ、そう寝ていた。私が起きていることに気付いていないはず。
私は気付いていないと信じて、不自然じゃないように慎重に言葉を返す。
しばらくして、いつも通りにシャワーの音が聞こえると、彼に隠しごとが出来てしまった事実が遅れてジワジワと私の胸を満たす。
「はぁ…。嘘つきになっちゃうな」
深いタメ息と共に肩が重くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます