第6話 愉快な日常 その二

「今日は出掛けるよ」



 君も一緒にね、とヴァンスが言う



「驚いた。今日もダラダラとナマケモノになりきるのかと思ってた」



「少し酷くないかい?私だってちゃーんと仕事してるって」



 昼まで寝てるのは…まぁ仕方ないじゃないか。と彼は私が言いたいことを予測してくる。



 自覚あったのか…そしてその上で諦めてる。本当に駄目人間みたいだ。



「はぁ…じゃあ、昼まで寝てるのはまぁ仕方ない」



 そう言うとヴァンスはそうだろう、そうだろうと自分の正当性に頷いている。



「けれども、起きてからすることが、風呂、宅配、スマホ、読書、風呂、宅配、スマホ、就寝。ってなんなの?」



 私は彼の行動パターンを指摘し、更に強く言い寄る。



「休みの日ぐらいと良いじゃないか、というのは分かるけど、それは休日が少なくて貴重な休暇だから許されることなの、ヴァンスは休みの方が多い。休暇だから体を休めるって言い訳は出来ない。分かった?」



 そう言うとヴァンスは



「良いじゃないか。この休暇は5年ほどかけて計画したバカンスだぞ、それなのに仕事に駆り出されるのがおかしい。どう足掻いたって休める日は少ないのだから。ダラダラとしても良いじゃないか」



 と、疲れた顔で言った。



「別に悪いとは言っていない」



 そう言うとヴァンスの顔は、そうだろう、許されることだろうと、嬉しそうに満足げに笑っていた。



 だからトドメを刺すことに決めた。



「悪くはないけれども、ナマケモノってことは否定出来ないね」



 そう、そもそも論点がずれているのだ。そしてヴァンスは自分で言った「ダラダラとしても良いじゃないか」と。ナマケモノでも良いじゃないかと彼は言っていたのだ。



 その事実に気づいたらしい。ヴァンスは「あ。」と言うなんとも間抜けな声が出そうな顔で、止まってしまった。


 ちょっと面白い。



「オーマイガー。君、邪悪すぎるよ」



 そう言ってヴァンスは敗けを認めた。



 正直に言うとヴァンスを言い負かしたのが信じられないぐらい嬉しい。負けてばかりだったのに、初黒星を上げたのだから本当に気分が良い。



 そして、やってしまったと言うようにヴァンスは手で自分の目を覆う仕草をする。






 ーーーー既視感。



 嫌な歯車がカチリと噛み合うようなそんな予感。これ以上考えてはいけないと分かってるはずなのに……私の頭は考えることをやめてくれない。



 見たことがある。そう見たのだ。彼と始めて会ったその翌日にそれを見た。



 その記憶を思い出した瞬間。私の頭はあの冷徹な、吹雪すら生ぬるいと思えるほどの極寒を宿した瞳をフラッシュバックした。



 カチリ。と嫌な歯車が噛み合った。



 そう、あの時の瞳と、昨日仕事に出る時に見せた目が、同じような色をしていた。



 ヴァンスは…普通ではない。



 ドキドキと心臓の鼓動が聞こえる。強く、強く、聞こえる。これは怯えなのだろうか、いや違う。




 私はーーーー期待してるのかも知れない。










「寒。」



 ヴァンスは家を出てからずっと、定期的にそう言っている。



「はぁ…ならなんで厚着しないのよ」



 私が服をそんなに持ってないことを知ってるだろう?どうしてそんなことを言うんだ。と悲しそうに寒そうに言う。



 そう、知ってて言ったのだ。ヴァンスは物を持たない。服さえも2、3着しか持っていないのも知っている。だがあえて言った。理由は単純、鬱陶しいからだ。考えてみてくれ、隣からずーっと寒い寒いと聞こえてくることをまったく鬱陶しくてしかたがない。



「…服屋に寄った方が良いんじゃない?」


 何度か同じ質問をしてきた。しかし。



「いや、荷物を増やすわけにはいかない。」



 そう、ヴァンスはそう言って無理やり我慢しているのだ。



「なにがしたいのか分からないけれど、なんども寒い寒い言われると悪いことしてる気分になるから、諦めて服屋に寄ってくれない?」



「そうか…分かった」



 やっと通じた。と歓喜する。が、しかし。



「寒いと言うのを我慢しよう。実は寒くないんだ」



 そう、バレバレの嘘を吐いた。



 あーーー!もう!寒いなら意味がないじゃない!と心のなかで絶叫する。そして罪悪感も積もる。雪のように。



「ならせめてそのやりたいことを教えてくれない?」



「それは教えられない。が、これから行くところは教えても良い」



 どこに行くの?とそう言う目を向けると。



「まぁまぁ、怒らないでくれ。そうだね…行き先はゲーセンだよ」



「また?」



 ヴァンスは嫌かい?と不安げにこちらを見る。くっっっそ…良い顔して、ずるい。と仕方なく敗けを認め、ついていくのだった。





「あれ?フィギュア類は興味がないのかい?」



「ヴァンスはどうせ捨てるでしょ」



「でも挑むのは面白いじゃないか」



「捨てるのは論外。捨てないと言うならやる」



「…この前取ったのは捨ててないけど?」



「将来的に捨てないと言える?」



「うーん……約束は出来ないな。」



「じゃあ、諦めて」



 そう言って彼の疑問を一刀両断する。



「まぁ、仕方ないか。仕方ないからクレーンゲーム以外をやろう」



「拒否権は?」



「しないでほしいかな」



 そう言われると流石に強く出れない。くそ…さっきから自分のチョロさにムカついてくる。



「分かったよ。で?なにをするの」



「そうだね。まずはレースゲームをしよう」



 ヴァンスは楽しそうだった。それにつられたのか、悪くないなと思ってしまう。



「ははは。君がまさか音ゲーにキレるとは思わなかった。」



「だって、あれは理不尽でしょ!どうしろって言うの」



 気付けば本気で楽しんでいた。




 私は本の匂いというのは好きか嫌いかで言うと好きだ。図書館は静かだったしなにより本自体がわりと好きだからだ。



「最近の本屋って本らしい匂いってあんまりしないよね」



「まぁ、ご丁寧に一冊一冊カバーを着けてるからね」



 今時、古本屋とか図書館じゃないと嗅げないよ。とヴァンスは少し残念そうに言う。



「ヴァンスも本の匂い好きなの?」



「かなり好きだよ」



 ふーんと言いつつ、なぜか少し嬉しかった。



「ほら、君も本を取りたまえ」



「まだあの小説を読みきってないからやだ」



 あ、そう。なら仕方ない。と無理強いしてこなかった。



「今回はなにを読むつもり?」



「今回はなにも決めてない……いやこれに決めた」



 そう言って彼が手に取ったのはーーーーー恋愛小説だった。





「当て付けでしょ!当て付け!嫌がらせ!性格が悪い!」



「ははは、なんのことか分からないね」



「このナマケモノめ!」



「うっ………だからどうした」



 く、そう言われるとなにも言えない。実際にヴァンスは働いてるしバカンスなのに休日なのに働かされていると言っていたのだ。ナマケモノになっても仕方ないと、私は朝、正確には昼だが認めてしまっている。



「私の勝ちのようだね」



 そんなヴァンスを睨むことしか出来なかった。




「ふぅ…君は頭が良いね。」



 ヴァンスは今必死にカイロにすがっている。本屋のついでにコンビニに寄ってカイロを買ったのだ。



「ヴァンスがバカなだけでしょ」



「普段カイロなんて使わないから発想が出なかったんだ。」



「よく厚着しないで冬を乗りきれたね」



「いやいや、普段は季節が変わったら服屋に寄って服を買うって。」



「じゃあ、今から行く?」



「荷物が増えるから遠慮する。」



 そうヴァンスは今、本を一冊とカイロが入った袋しか持っていない。



「さて、次はショッピングだ。欲しいものあるかい?」




 少し待っていてね。そう言って、ドンキホーテに入っていたヴァンスは、出てきた時に手に花火を持っていた。



「え?正気?」



「本気だよ。」



「嘘、信じられない」



「本気?」



「あぁ、さぁ海へ行こうか。」





 ざーーっと波がたてる音を聞く。真っ暗で月の光が海に吸い込まれているようで、少し怖かった。



 立ち入り禁止とかかれている立て札を無視してヴァンスは進む。



 途中でやめようと何度も言ったが、ヴァンスは聞く耳を持ってくれず。暗闇の中一人で帰るのは少し怖くて、少し迷ったけどしぶしぶついていく。




「今じゃないと、雪が積もるからね。」



 今日は雪が降らず、海岸では砂浜が顔を見せていた。



「もう…なんで今の時期に花火をするの?」



 ヴァンスが本当に有無を言わさずに連れてきたこと。それに対して怒りより困惑が勝った。



「そうだね馬鹿馬鹿しいね。」



「ほら線香に火をつけたから、これから火をもらってね。」



「…花火好きなの?」



「そんなに好きじゃないかな。」



「ならどうして花火をするの?」



「君に楽しんで貰おうかと思ってね。」



 だから、ほら。と花火を手に渡してくる。


 

 その時のヴァンスの顔は暗くてよく見えなかったけど、笑っていた気がした。

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