第4話 彼は誰
街灯を頼りに帰路へ着く。
私の家ではない家に帰る。隣には会ったばかりと言って差し支えない男と友だちのように並んで帰る。なんとも不思議な感覚で現実味がまるでない。
ふと、振り返った。
「ん?どうした?今日が恋しくなったのかな?」
「全然。とても疲れたって思っただけ」
違う。振り返ったのは、今日が嘘じゃないって実感が欲しかった。
「そんな物悲しい顔をするんじゃないよ。まだ人生は長い」
もうウンザリするほどね。とヴァンスは言う。
ーーーー積もる雪に今日を真実だと告げる足跡が2つ続いていた。
例え、今日がはるか彼方の過去になったとしても、この足跡が明日には消えたとしても、きっと私は忘れないんだろうな。
そして少女はそう嬉しそうに言う。
「やーい意地悪ヴァンスのバーカ」
感謝を込めてそう言った。
今日は目にも止まらぬ勢いで時間が過ぎた。いや今日だけではない。思えば昨日から、更に言うなら初めて会った時からか。彼女の世界は信じられないほどに激しく、やかましい日常に変化し楽しかった。
しかしなぜか、疲れているはずなのに目が覚める。数少ないこの家にある道具が深夜の3時を指していた。
ヴァンスは帰りに買ったエアベッドでぐっすり寝ている。昨日から寝ていないはずなのに、今日の彼はあまりにも元気すぎた。起こしたくないな。
窓から外を見る。信じられないほど暗く、一面に広がる雪がその冷たさを教えてくれる。まるで自分の未来のようで、先が見えない。
なんだか、二度寝と言う気分になれない彼女は、からかわれた恋愛小説でもとローテーブルに手を伸ばす。が、そこにはヴァンスが買った推理小説があった。少し迷ったが手に取った。
ヴァンスは寝ている。起こさないようにと静かに本をめくり始めた。
ーーーーー静かな月とそれを反射した雪が世界を包むーーーーー
ーーーーー人生とはその人が歩んだ事実であるーーーーー
彼はいつぞやに読んだ本の内容を思い出す。
「確かに、人が生きているから人生なんだろう。死んでしまった人間は人生と言うノートに続きを書くことが出来ない」
独り言。誰にも向けていない。
「しかし人は人生と言う本がぶ厚くなることに耐えられない。そう歩んだ事実は消えない。その本に書かれた失敗、後悔、苦痛。それらは決して消えはしない」
「だからこそ人は恐れる。自分の本が厚くならないように。慎重に書き連ねる。今日は何をした。そう言う事実しか見えないように、不の感情をできる限り除外して、薄い人生を歩もうとする。誰かに自分の本を、厚みを指差されないように」
独り言。誰に向けたものではない。
「加筆するごとにまた1ページと増えて重くなる命に人はどうして耐えられるのか」
今日の日記には「仕事をした。」と書くことにしよう。
善人を殺すのは気分が悪い。
自分は悪党だ。他者の人生を焼き、壊す。そう生まれ、そうあり続け、そう歩んだ。
だからこそ人の善性をなによりも貴いものであると理解して、賛美している。
しかし俺はどうしようもなくーーー悪党なのだ。
「正義のために生きたい」
ーーーーー善人を殺すのは気分が悪いーーーーー
ふと、立ち止まる。しかし振り返ることを自分に命令できない。そんな権利など持っちゃいない。持ってはいけない。しかし…そう考えて、思考を無理やり止める。
「もしもし、こちらバエル。仕事は終わった」
そう報告した。ーーーーそう仕事は終わったのだ。
終わってしまったのだ。
さて、改めてヴァンスについて考えよう。
まず、彼は性格が少し悪い。そしてかなり頭が回る。この2つを並べてみると、まぁなんと関わりたくない人種だろうか。
なのに感情表現が分かりやすく、取っつきやすい。話がしやすい。そう気安いのがめんどくさい。
そのうえとても優しい人でもある。変人と言っても過言ではないほど優しい。意味が分からないほどに。
そしてこの性質が融合した結果、どこか軽薄で飄々としながらも優しい言葉を吐き笑う。タチの悪いホストのような、極悪人一歩手前のような雰囲気を纏いながらも、行動にはそれが出てこない恐ろしい人である。
「くそ…なんでこんな顔が良いかなぁ……」
ついボソッと言ってしまったが、彼には届かない。なぜなら彼はまだ寝ているからだ。
ヴァンスは寝起きがすこぶる悪い。二度寝だってよくする。そのため昼を過ぎてからノソノソと起き出すことが多い。
その姿はナマケモノと言っても差し支えなく。初日、私に寝坊助とよく言えたものだと感心する。
「おーい。お昼だよ~起きないの~?」
もやは日課になってしまった声掛けをする。
「う。なんだ…もう昼なのか」
直ぐに返事が帰ってくるのも知っていた。
ヴァンスは本当に起きるのが苦手だ。
起きてはいる、起きているよ。そう言って二度寝するような人だが、充分に寝たからか、さすがに二度寝するほどの睡魔は残ってないらしく。ベッドの上でぼーーっとしている。
さすがにあの日の様に外に出て遊び回ることはしないようで、スマホを触って、本を読んで、ご飯を宅配してもらってと、ナマケモノと化している。
かれこれ一週間こんな調子だった。
「いったいなんの仕事してるんだが…」
私は彼をまだそんなに知らない。
そんなこんなでダラダラとした日常がまた始まり、特に語ることもなく終わりを迎えようとしていた。
…?そう気になった。突然シャワーを浴びたと思いきや。外に出かけるような服装に着替えていたからだ。
「どこか行くの?」
「あぁ仕事さ仕事」
それ以上聞けなかった。
なぜなら、彼は今まで見せたことのない、ーーーー心底楽しそうな笑顔を浮かべていたからだ。
「じゃあ行ってくる。帰りは日を跨ぐから、夜更かしし過ぎないように」
ヴァンスはいつものニコニコとした笑顔で家を出ていった。
しかし私は、言い様のない不安感を感じていた。
あの獰猛な笑顔を見たからか。身近に感じていた人が遠くに行って、見えなくなった。ーーーーーそんな気がした。
「やぁこんばんわ」
そう優しく挨拶しただけなのに、その場に居る全ての人が、怯え、身構えた。
「そう警戒しないでくれ。傷つくよ。」
そうのんびり喋り終えると同時に。静かに、流れるように、まるでそれが当然のことだと言うように、ゆっくり銃を向け。
バン
その場の全ての人がその動きをみていた。銃をゆっくり向ける様を、ただ見ていた。そうただ見ていた。誰も止めることが出来なかった。
意識の隙間、緊張の糸をすり抜け。彼らが守るべき対象は呆気なく死んだ。
その敵対者を撃ち殺そうとして、しかしやはり。
ーーーーなにもかも手遅れだったーーーー
ズババババババババババババババババババババババババ!
悪魔は笑う。短機関銃がその嘲笑を、心の内を代弁するかのように轟音を響かせ、邪悪な悪意をばら撒き全てを貫いた。
「うんうん。死んだなぁ」
めんどくさいがしっかり死体を確認する。任務をしくじったら信用にヒビが入るし、相手を調子に乗らせてよりめんどくさくなる。
「あーあ、やっぱり悪人は良いなぁ。殺してもなにも罪悪感が湧かない」
開放的な気分になる。法も誰も、神でさえも、今日の私の殺人を止めれなかった。
「人を殺す」その事実が自分が生きていると実感させてくれる。
「ありがとう。君たちのような悪人なら殺してもなにも苦しくない」
「ありがとう。その命をもってして、俺に生きていると実感させてくれて」
「本当にありがとう」
心からそう笑う。そこには生粋の悪党が…悪魔がいた。
「もしもし、こちらバエル。仕事は終わった」
あとよろ~と気安い言葉と共に電話を切るーーーー予定だった。
唐突に所属する組織へ呼び出された。すると、見るからに不機嫌です。と言った様子でボスが待っていた。
「バエル。最近子供を拾ったな」
ボスは無関係な一般人を俺が匿っていることを知っていた。
「いや~ちゃんと元の生活に戻すって」
ヒラヒラと手を振りながら、間延びした返事をする
「もしなにかあったら…」
「分かってる、分かってる。やらかしたら自分で処理する」
ボスが片付けが嫌いな貴様が?と目で訴えてくる。全く心外だな。
「いやぁ~いいじゃないか~。スリルがあって割りと楽しいんだよ」
特に意味はないが、見逃して~と両手を合わせ拝んでみる。するとしばらく俺をじっとみた後に、どうせ言っても聞かないしな。と、ため息を吐いた。ラッキー。
そして話を戻そうとする。そう、今回めずらしーく、俺に必ず来いと強く命令したのはおおよそ。
「そろそろ拠点を移す」
つまり、大掃除だ。
「忙しくなるね~楽しみだ」
そう、我々の殺し屋組織ソロモンは定期的に拠点を移す。その際に現在の拠点の位置をウマイこと、ばら撒く。
そうすると俺達に仕事を奪われた三流どもや、復讐に燃えるバカどもがわんさかわんさかやってくる。それらを狩尽くし、後顧の憂いを断ってから移動する。要するに恨みや敵を間引いているのだ。
「ただまぁ、最近は奴らでさえ襲ってこなくなったから、味気ないんだよね~」
愚痴を漏らす。
「それだけ組織が安定してきた証拠だ」
しかしそう言うボスは俺と同じく嬉しくなさそうだった。
「安定してる組織を潰すとなると、一気に、抵抗を許さず。って話になるからねぇ」
と、ボスの憂いを代弁する。
「その上、待つことはできないしねぇ~」
そう、ソロモンは急速に成長した組織だ。使える戦力を出し惜しみしていない。故に今さら隠したところで、もう手の内はバレている。
今のところはなんとかなっているが、商売敵やまだ見ぬ復讐者の隠したナイフが、いつ牙を剥いてもおかしくない。
「…安心しなよ。逆に食い破ってやるさ」
ボスことシュバイツァーは、バエルの底冷えするほど低い、唸り声に似た声に安心するのだった。コイツは賢く、強く、獰猛だ。
重要じゃない命令は従わなかったり。あまのじゃくなところが目立つが、殺しの腕とソロモンへの忠誠心は絶対的。
決して言わないが、バエルのお陰でソロモンは強くなったとシュバイツァーは理解している。
だからこそ、滅茶苦茶な行動にも目を瞑っている。
さて、それはそれとして
「本当に後片付けを自分で出来るのか?」
後片付けを嫌うワガママ小僧を信頼出来ずにいた。
「さてと笑顔笑顔。」
バエルはヴァンスとしての姿を思い出す。
「しかし、嘘を吐きながらの生活は頭の活性化にすこぶる良いねぇ」
頭が腐らない。弱くならない。裏社会においてそれはとても大事なことだ。なぜなら油断すると即死するから。うーんスリルがあって良い。
そうして悪党は多数ある家の一つに。彼女が待つ家にウキウキで帰るのだった。
「善人を殺すのは気分が悪いからね。全力で騙さなくては」
気分の悪いことはしたくないと言うが。殺すことには躊躇いはない。
「まぁ、あくまでただの悪党だからねぇ」
ヴァンス・プロトレッドはコードネームバエルを脱ぎ捨てる。
いや、逆だ。悪魔はヴァンスの皮を被った。
どちらが真実なのか、それは彼にしか分からない。
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