第3話 愉快な日常

 私はヴァンスがよく分からない。



 理由に縛られない人でありながら、どうしようもなく言葉に縛られていて。事実を銃のように使うのに、それはどうしようもなく優しくて。



 そしてなにより、仕事が分からない。



「やぁおはよう。睡眠の質までは知らないがよく眠れたようだね」



 ヴァンスがこちらを伺う。優しく怯えないようにまるで小動物を見るように。



「はい、おはようございます」



 そして気付く。そう自分は彼からベッドを借りていたのだ。



 この家には物がない。ソファーのような上等な物なんて当然ない。彼は眠ったのだろうか。彼の顔を見るが全く疲労感がない、しかし元気もない。彼は昨日話した時のまま、何一つ変わっていない。



 つい謝ろうとして、昨日の言葉がよぎった。



「ベッドを貸してくれてありがとうございます」



「ああ、どういたしまして。しかしこれからは君のベッドだ。私に感謝する理由はないよ」



 彼は上機嫌だ。昨日の様子からして謝られるのは嫌いらしい。



「さて寝坊助のネル君。これから買い物に行くとしようか」



 時間は昼を過ぎていた。





 一度シャワーを浴びたお陰か、体は疲れを感じない。むしろ活力がある。

 しかし急に力を増した冬の前では、その熱はあまりに無力だ。



「にしても、急に冬が来たなぁ…寒くて寒くてしんどいね」



 ヴァンスは少し洒落たスーツを着こなし、冬なのにコートも着けずに悠々と歩いていた。まるで寒さなどないように。



 はっきり言うと胡散臭く、どこか浮いている。しかしそれが不思議とハマってはいけないような、謎の魅力を醸し出していた。



 顔が良いことを理解しているようで、長いが邪魔にならないように散らされた金髪。耳は隠されておらず、そこにある銀色が目につく。



「すみません」



 そう言うしかない。なぜなら



「謝りたいのはこっちだよ。冬用のコートを一着しか持ってなくてね」



 ヴァンスがコートを付けておらずどこか浮いているのは、私がヴァンスの服を借りているからだ。



 季節感が死んでいるような雰囲気を纏っているのに、顔の良さと元来の穏やかさと薄ら笑いが融和して、奇跡のように神秘的な魅力が産み出されている。



 正直謝りたくないと感じてしまう。



「どうした?」



 彼の綺麗な海のような目が私に合う。



「性格の悪いホストみたい」



 そう言うと彼はクツクツと笑いながら



「辛辣だね…さすがに傷つくよ」



 と思ってもないことを言う。本当に胡散臭い。



 自分でも結構辛辣な言葉を吐くなと思うが、しかしそう言う軽口が彼と私の距離なのだ、一日で縮まったこの距離がとても心地良い。



 そうやって、どこを目指しているのか分からないまま彼と並んで歩いていたら、唐突に彼は立ち止まり。



「そろそろさすがに寒い。コートを返して貰うとするよ」



 そう言って目の前にあるお洒落な服屋に入った。





「君にはこのコートがおすすめかな」



 そう言って大人しい雰囲気のコートを持ってきた。



 センスが良く、うまく断る言葉を探すのが大変で、うーんと納得がいっていないような声を出して時間を稼ぐ。



「さてはお金のことを考えているな?より高いものを問答無用で押し付けようか?」



 そんなよく分からない脅迫をしながら、私には似合わないと思う派手で厳ついコートを見せびらかす。



「分かりました。分かりました。気に入りましたよ。満足ですか?」



 少しキレぎみに返答したが、ヴァンスは嬉しそうだ。



「さて次は普段着と寝間着を買おうか」



 頭を抱えた。まだ彼の押し付けは続くらしい。









「あー酷く疲れた…」



 私の呟きを聞いた元凶は楽しそうにケラケラ笑う



「なにを言ってるんだい?君がなにも考えなければ解決する話だろう?」



 こいつ…私の性格を分かっているのにこう言うことを言う。



 いや分かってて言っている。そう定期的におちょくるのだ。ラインを上手く反復横飛びするのだ。



 キッと睨むと彼は怖い怖いとジェスチャーをする。

 


「まぁまぁ落ち着いて」



「ほら、まだまだ時間はあるんだ、そんなカリカリしてると身が持たないよ?」



 腹が立つがこれ以上はないなと納めて、そして次はどこに行くつもりと聞いてみる。



「そうだね次は書店に行くとしよう」



 そしてヴァンスは歩きだす。私はそれに仕方がないと渋々付いていく。



 ちなみにコートはヴァンスに返した。浮いている様には見えなくなったが、そのせいで神秘的な雰囲気が隠され、ただただ胡散臭い男になった。



 彼は乱読家でなんでも読むことは昨日聞いた。そしてその時目についた本で心引かれたものしか読みたくない。というこだわりを持っているらしい。



 ちなみに昨日読んでいた本は私がシャワーを浴びている間にごみ袋に入っていた。



「見た前。この素晴らしき知識と創作の宝庫を。絶景だね。」



 ヴァンスは妙にテンションが高い。白い目でジーッと彼を見たが、どこ吹く風ですいすいと本の並ぶ棚の間を進んでいく。



「なんの種類を探しているの?」



 乱読家と自称しているのに、彼の足はなにかを探しているように動く。



「あぁ。今回は推理小説を読もうと思ってね」



「乱読家って言ってるのに、寄り道をしないの?」



 そう言うと彼は少し考えて一言で片付けた。



「気分じゃないんだ」



「ほら君も気になる本を取りなさい」



「はぁ、言うと思った。ちなみに拒否すると?」



 そう言うとヴァンスは珍しく寂しそうな顔をした。



「そうだね。本の押し付けは良くないからなにもしない」



「ただ、私が君の趣向を見れなくて残念だなって感じるだけだよ。」



 ズルい人だ!顔が良くて、明るくて、良い人で、それなのに!しょんぼりするなんて!本当にズルい人だ。



 どう転んでも罪悪感が残るなら、せめて彼を悲しませたくはないな。そう思ってしまった。



「では探してきますよ。私はこのコーナーに興味を持てない」



 ため息を吐いた。顔を見たくない。しかし顔を見なくても彼は嬉しそうだった。…負けた気分になった。







「へぇ…これが君の趣味かぁ…」



 ヴァンスは私が持ってきた本をまじまじと見る。



「なに文句ですか?」



 恥ずかしさからか少し言葉が悪くなってしまう。



「いやいや。君がこんな胃もたれしそうな恋愛本を好むとは思わなかったから、正直びっくりしてね」



「悪かったね。恋愛の本を好んで」



 彼はいつもの嬉しそうな顔からニヤニヤしたうざったい笑顔に変わっている。



「さっきからなに。文句?」



 そう怒りながら言うと彼はニヤニヤしてる理由を話した。



「いやぁ趣味とは言ったが、別に恋愛じゃない普通の本を持ってくることも出来たのに、わざわざ自分の趣味を全開にするとは思わなくてね」



 ッ!!そう、興味が出た本で良かったのに。ムカムカしていたからか、なにも考えずに好きなジャンルを持ってきてしまった。



「君は賢いと思っていたが、思ったよりポンコツな所があるね」



 ニヤニヤと!ニヤニヤと!!



 言葉にならない怒りと恥ずかしさで頭の中がいっぱいになる。



 ヴァンスは変わらず。ニヤニヤとクツクツとうざったい含み笑いをしている。



「ヴァンスは性格が悪い!」



 彼は私の怒りを笑いながら。



「ごめんごめん別にバカにしている訳じゃあないよ」



 と嘘臭い言葉を吐いた。






私はウンザリしながら少しぶっきらぼうに言う



「次はゲームセンターですか」

 


「あれ?嫌いだったかい?」



 そう、ヴァンスに文句を良いながら着いていくと、そこはガヤガヤと眩しいゲームセンターだった。



「私がこんなうるさい所に行く気分に見えますか?」



 さっきの怒りが残っているため、もちろん少し乱暴だ。



「おや。そうか…なら帰るしかないな」



 ヴァンスは残念残念と、あっけらかんと何でもないように言う。



 …少し悪いことをした気分になった。だから聞いてみた。



「…ゲームセンター好きなんですか?」



「好きだよ。特にクレームゲームが好きなんだ」



 聞いてもない。ゲームの種類まで言った。



 全く…好き嫌いが分かりやすい人だなぁと思ったが口には出さない。どうせ口論では勝ち目はないんだと、少し拗ねているからだ。



「はぁ……。少しなら遊んでも良いですよ」



 内心、全く一体何様なんだと自分の言動にツッコミを入れる。



「では少しだけ遊ぼうか」



 そして彼は本当に分かりやすいなぁ…と強く思う



「そうそこ、上手い上手い。このまま行ければ後3手ぐらいで行ける」



 気付けばなぜか私がアームを動かしていた。



「君はアームの動かし方が本当に上手いね。」



 うらやましいとヴァンスは言う。



「でもどこをどう狙ったら良いかとか分からない」



「いやぁそれは慣れと運だから流石に難しいんだ」



 そう言うヴァンスはポンポンと菓子類を落としていたため、やはり慣れているのだろう。



「まぁ一緒に遊んでいるんだ。協力と行こうじゃないか」



 そうしていつの間にか私がアームを動かしていた。



 ガコンという音を鳴らし。景品のフィギュアが落ちる。ヴァンスが早く取りなと催促する。取り出した時とても集中していたためか、想像以上に達成感があった。



「で、どうだい?ゲームセンターも悪くはないだろう?」



 …ヴァンスは分かりやすい。







 フィギュアをとった後。お腹が空いたためゲームセンターから撤退した。



 そして今、私達は夕食について考えていた。



「オムレツが良い」



 遠慮するとロクでもないことになると、今日一日で嫌と言うほど理解したため、さすがに私も素直にリクエストを返すことにした。



「ならあそこかな」



 そう言うと彼は私をつれて飾り気があまりなく、質素だが上品な雰囲気を醸し出す店に入った。



「ここはなんでもある。ほらオムレツもあったよ」



 席に着くなりヴァンスはメニューを見せてくる。そこに書かれているメニューは種類が多く。彼がなんでもある。と言う理由が分かった。



「飲み物は嫌いじゃければアイスティーがオススメかな」



 ならそれでと伝えると。ヴァンスは嬉しそうだった。



 コイツ本当に分かりやすいなぁ。



「うーん。実にバランスが良い」



 感動した。と、言わんばかりの感嘆を含んだ言葉を目の前の食べ物達に言った。



「別に栄養バランスなんて普段から考えてないでしょ」



 おや、バレてたかとヴァンスは恥ずかしいフリをしながら食事を始めた。



 実際、バランスは悪くないように見える。あまり詳しくないので割りと適当だが、しかし野菜というのは居るだけで偉い



「ジャンクフードばかり食べているから栄養なんて考えない人だと思った」



「さすがに私もマズイかなぁと感じる理性はあるさ」



「そう思いながら食べるジャンクフードのお味はどうでしたか?」



「さすがに私もウマイなぁって思うね。」



 あまりにも弱い理性だ。

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