第2話
高校時代に、ジュンとエイジは二人で授業をサボって人気のない小さな神社の境内にいた。
背もたれのないお世辞にもきれいとは言えない古い木造のベンチに二人は腰掛けている。
エイジはセブンスターに、ジュンはマルボロメンソールにオイルライターで火をつけた。
日陰だというのに太陽の光が木々の間をすり抜けて醸し出す暑さに二人は半袖のシャツを第三ボタンまで開けていた。
エイジのほうは制服である緑のチェックのズボンを膝まで捲っていた。
ジュンの透き通るような白い胸元では、シルバーのクロスペンダントが、真夏の太陽から照りつける光を反射していた。
エイジの胸元では、ジャラジャラとした金のネックレスが輝いていた。
成金っぽいとか、田舎のホストみたいだの、ジュンに言われながらも、エイジはいつも、その金のネックレスをしていて時折ジュンに反論するのであった。
日に焼けて黒い肌に金のネックレスはセクシーだとか、田舎のホストみたいだと言ったって、俺たちのいる場所は田舎じゃないかとか、毎回まるで漫才のようにそれを繰り返していた。
エイジがふと呟いた。
「このネックレスともライターとの付き合いも、もう一年すぎたな」
ジュンは、それに頷いた。
去年の六月終わり頃、ジュンはエイジに連れられて街まで行った。
電車で約三十分、いや、あの時は信号で一時停止したので、四十分くらいかかったのかもしれない。
電車の中は冷房が効いていて少し肌寒い位だった。
ジュンは、赤いクラシカルなスニーカーにジーンズ、中原中也の肖像をプリントした白いTシャツ、その上にオレンジのチェックのシャツを羽織りキャスケットを被っていた。一見するとボーイッシュな少女に見間違えそうだった。
エイジは、黒い機能的なスニーカー、ジュンのよりも色の濃いジーンズ、そして、黒のドクロのタンクトップにカーキーのミリタリージャケットを羽織っていた。
小遣いを貯めては、二人で、時にはミホと三人で街まで行って映画を見たり、田舎には売っていないような小洒落た雑貨などを買いに来る事はよくあった。
その時は、特に目的があったわけでもなく何となく街を歩いていた。
レコード店で洋楽のレコードを買ったり、楽器店を見つけては買う気もないのにギターやベースを試奏した。
店員は何とかして買わせようと商売っ気丸出しで学生向けローンのパンフレットまで持ち出して二人に迫ったのである。
二人ともギターもベースもそこそこの物を持っていた。
ただ、値段の高い楽器と音がどれくらい違うのか確かめたかっただけだった。
「先輩が使ってるギターと同じのを弾いたけど先輩の音とだいぶ違ったな、ジュン、何でなんだ?」
エイジは腕を組みながらジュンに聞く。
「ああ、アキラ先輩のギター?」
ジュンは少し考えてから答えた。
「そう、なんでメーカーも型番も一緒なのにあんなに音が違うんだ?」
エイジは組んでいた腕を解き右手を顎に当てて聞いた。
「うーん、同じメーカー、同じ型番でも音は微妙に違うし、特に値段の高い高価な楽器は職人さんが手作りで仕上げてたりするし、なんと言ってもアキラ先輩は弾き込んでいたし、改造もしてたみたいだからね。」
エイジは目を輝かせた。
「改造か・・・・・・なんか男のロマンを感じるな、ジュン!」
ジュンは半分呆れながら
「本当にエイジは単純なんだから・・・・・・ ああ、そうだ、そういえば、アキラ先輩工学部に進学するんだっけ? なんか趣味と実益を兼ねてみたいな感じだね」
エイジは急に興味の無いというか冷めてような感じになった。
「アキラ先輩も今受験勉強で大変だろうな、ギター教えてもらいたいけど邪魔しちゃ悪いしからな、しかし、俺は、バカだから大学受験なんて関係ないけどな、でも、手先だけは器用だし、隣町かどっかの工場に就職でもしようかなって考えてるんだ。ジュンはどうするんだ?」
ジュンは、腕を組みながら、しばらく考え込んでから答えた。
「とりあえずは、進学かな、ちょっと田舎を離れたいと思うし、都内の大学を考えてる。数学とかは苦手だから文系の学部、文学部とかを考えてる」
エイジは、すっとジュンの肩に手をまわした。
「なんだよ、俺やミホをおいて東京に行くなんて、寂しいこと言うなよ」
まわした腕で軽くジュンの首を絞めた。
「まあ、まだ先にの話だし、それに都内の大学に受かるかもわからないし、大学に行っても卒業したら帰ってくるつもりだし」
すこし、苦しそうに、もがきながら、エイジの腕を払いのけた。
「大丈夫、帰ってくるから」
エイジはニヤリと笑みを浮かべながら
「よし約束だからな」
一言口にして、ジュンを引っ張った。
太陽は西へ傾いてビルの向こう、ジュンの憧れの地に向かって落ちていく。
夕日を浴びながら二人は繁華街を抜けて駅へと向かった。
駅前を人々が行き交う、家路につく会社員や制服姿の学生、大きなアコースティックギターのケースを抱え、演奏するスペースを探す路上ミュージシャン、派手なスーツを着て出勤するホステス等、行き交う人は様々だった。 駅前の一角に男女二人がアクセサリーの露店を構えていた。
二人とも背が高く色が白い、二人とも黄金色の髪をしていた。
男のほうは短く刈った髪にプロレスラーのような体躯をして、左肩にはケルト十字の入れ墨をしていた。
女のほうは長い髪をしていた。モンゴロイドとは違う、コーカソイド特有の豊満な体、そして、青く美しい瞳をしていた。
男も青い目をしていたが、男のそれとは違い、優しいような、また、悲しいようにも感じる不思議な目をしていた。
露店は、客がなく、ぽつりと人の行き交う波に飲まれるように、駅前に存在していた。
「ハロー!」
ジュンに向かって女が声をかけた。不意に目が合ってしまい、その場を通り過ごす事の出来ない雰囲気になってしまったので、エイジと一緒に店に並ぶ品を見た。
ジュンとエイジに片言の日本語で男が話してきた。
「イイ、アクセサリー、カウ」
ジュンはシンプルなシルバーのクロスペンダントを取りエイジはジャラジャラした金のネックレスを手に取った。ジュンはそのネックレスを見て十八金であることを確認した。
女が男に何か耳打ちしているようだ。
英語が得意なジュンでも聞き取れないくらい小声で早口に、エイジは気にも止めなかったがジュンは少し気になった。オイルライターという単語だけが聞き取れた。
女が二つの小さい箱を持ってきて一つを開けてにこやかな笑顔で言った。
「オニイサン、タバコ、スウ、ナラ、ライター、カウ」
ステンレス製のオイルライターだった。そして、もう一つの箱を開けて女は続けた。
「オジョウササンモ、タバコ、スウ、ライター、カウ」
どうやら、ジュンとエイジのポケットから覗くタバコに目が行ったようだ。
また、ステンレス製のオイルライターが出てきたが、エイジに勧めたライターと違い幅が細い、レディースのオイルライターだった。
そして、男のほうが追い打ちをかけるように慢心の笑みを浮かべた。
「フタリ、ナカヨク、ツカウ、イイヨ」
エイジが反論しようとしたがその口をジュンが塞いだ。
ジュンも自分は男だし、カップルではないと説明しようと思ったが、あえて、それをやめた。何故か、理由は良く分からなかった。
異国からやってきた二人の商人が笑顔でいればいい、ただ、それだけの優しさにとどめておくことにした。
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