第3話 圧倒的才能に激しく嫉妬して、だけど好きになってしまう「そんなのカッコよすぎて……す、好きになっ——」 エルフィーネ視点

「はあああああああああああああっ!!」


 鬼気迫る勢いで剣を振る、赤い髪の美少女。


 侯爵領の鍛錬場で、朝から剣の鍛錬だ。


 まるで何かを【吹っ切る】ために、必死に剣を振り続ける。


「はあ、はあはあ……ダメだ、ダメだ、ダメだっ! あたしは負られないわっ!」


 エルフィーネ・メイスン。


 S級冒険者の剣聖——


 迷宮で怪我をしたことをきっかけに、引退する。


 それから、マクタロード侯爵の息子、アルバートに剣術指南役を任されたが——


「剣を教えてくれだなんて……」


 エルフィーネは未だに信じられない。


 【剣術など下賤な民衆のもの】と見下していたアルバートが、「剣を教えてくれ」と頼んできた。


 (ものすごく、苦しそうに言ってたけど……)


 父親にちゃんと剣を習えと言われたのだと、エルフィーネは考えていた。


 あるいは、剣など自分には簡単に習得できると、気まぐれな戯れか……


「アルバート様は毎日、鍛錬しに来るのよね」


 どうせすぐに飽きて来なくなると思っていた、エルフィーネだが、


 その予想は、思いっきり裏切られる。


「上達がすごくすごくすっごぉぉぉく、早い……っ!」


 普通、剣の修行は何年もするものだ。


 しかもアルバートは、ろくに鍛錬もしていない。


 平民出身のエルフィーネからすれば、甘やかされた貴族のお坊ちゃんだった。


 しかし——


「毎日、毎日……どんどんどんどんあたしより上手くなって……いったい何なのよっ! あの才能は……っ!」


 エルフィーネは激しく嫉妬していた。


 アルバートの圧倒的な才能に。


 (最近まで、剣を握ったこともないくせに……っ!)


「はあ、はあはあ〜〜……。あたしは何年も修行して、迷宮にも潜って、死線を潜ってきたのに……」


 一流冒険者のエルフィーネは、負けたことは一度もない。


 剣士系の最上級ジョブ、剣聖にまで到達した。


 死に物狂いで努力してきたが、


「何なのよっ……もう、才能がありすぎて……あたしなんてすぐに……追い越しちゃって……ああっ! そんなのぜっーたいに、嫌っ!」

 

 エルフィーネは足をついて、土を掴む。


 鎧に覆われた身体は、震え出して——


「今までのあたしって、いったい………?」

 

 アルバートの圧倒的才能は、


 知らず知らずのうちに、人を傷つけてしまう。


 何でもできてしまうがゆえに、教える者のプライドを、粉々のグチャグチャにしてしまうのだ。


 しかし、当のアルバートには、そんなつもりはまったくなく。


「しかも、性格まで良くなっちゃって……っ! 才能もあって善人なんて完璧じゃないっ! な〜〜にが、【エルフィーネのおかげで強くなれたよ】なのよっ! そ、そんなのカッコよすぎて……す、好きになっ——」

 

 自分で言いかけて、顔が紅潮するエルフィーネ。


 圧倒的才能がありながら、傲慢でも怠惰でもない。


 完璧すぎて、批判の余地がないのだ。


 【エルフィーネはすごいね】


 【エルフィーネ、いつもありがとう】


 【エルフィーネとの鍛錬、楽しい】


 エルフィーネの脳内に、アルバートのかけた言葉が、ふいに甦ってきて……


「くっぅぅぅぅぅ……っ! ダメダメダメっ! もうすぐ、アルバート様が来てしまうぅぅぅ……っ! あたしは剣の師匠なのよ? 師匠らしく、しなくちゃいけないのに……ああああああああーっ!」


 地面に向かって叫んで、


 ドキドキする胸の鼓動をなんとか抑える。


 大の負けず嫌いで、素直になれないエルフィーネ。


 今日もアルバートへの(熱すぎる)想いを、ギリギリ隠しながら、


 アルバートの剣の師匠になるのだった——




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る