黄昏
「……見捨てたままにしてくれれば、楽だったのに。それなら、」
ぱち、ぱちと薪が割れる音を背景に紡がれた声。それは確かに目の前の少女の声だったが、同時に今まで少女が見せたどんな感情とも違う雰囲気を帯びていた。
少し焦点がズレて虚ろな瞳は、まるで別の景色を見ているかのように揺れている。
「私は、この気持ちを―――
言葉を紡ぐ度に感情が溢れて、細く掠れていく声でそう続けた。
「リーヴ、」
途方もない虚しさと悲しさに呑まれて、今にも消えてしまいそうな少女の姿に、私の体は自然と動いていた。一度凍りかけてボロボロの体で、それでも鞭を打って前に。そっと、少女の体に腕を回す。
見捨てたままにしてくれれば。その言葉でリーヴの嘆きの理由に見当がついた。
今この少女に必要なのは、ただ無条件の肯定と温もりだ。そしてそれくらいなら、私にだってしてやれる。
「君にはまだ、恨む権利があると私は思う」
「何を……」
「君の故郷が滅んだのは、中央が後先考えずに開発を推し進めたせいだ。連中の生み出した技術と、富が、抗い難い魔力となって辺境から人を奪った」
中央大陸に拠点を構える中央技術局。通称は簡潔に『中央』。ここ数十年で中央大陸の様子を一変させた技術者集団にして、私の雇い主でもある組織だ。
五年ほど前だったろうか。リーヴの故郷―――ヤトから人が消えたのは、中央の功績が各地に知れ渡り始めた時期と丁度重なる。
元より災害や伝染病、安定しない穀物の実りと、それによる飢饉に怯えるばかりの人々が殆どだった当時の世界には、中央が創った安寧は余りにも魅力的過ぎたから。
「中央は一度叱られるべきだよ。今さら開拓予定地008、なんて名前を付けて埋め合わせをしようったって、実行を任された私が言うのもなんだが遅すぎる」
「それでも、私には恨むべきものに……ヤトのみんなの死に、中央を重ねられないんです。悪意が無かった相手に、それも組織なんて曖昧なものに、私は……ッ」
―――故郷の滅びと知人の死に対する激情は、とてもぶつけられそうにない、と。
訂正。肯定と温もりもそうだが、少女の激情を受け止めるに足る、明確な相手が必要だ。そしてその相手ならば。
「っ……ごめんなさい。わたし、また、」
「ねえ、リーヴ。ヤトが滅んだのは、私のせいだって言ったらどうする?」
「ッ」
リーヴの言動に浮かびかけた仮面が再び剥がれ、瞬きをする間にその手が私の首に伸びる。呼吸すら忘れて私を睨む、冷えた蒼の眼の無表情。
「何を、言って」
「言葉通りの意味。私にはあの時既に、北の大陸に対するある程度の権限があった。その気になれば人の流出を防げたのに、何もしなかった。君の故郷の滅びを知りながらも、中央大陸で得られる利益を優先して、ね」
―――嘘ではない。あの頃の私は中央大陸での仕事ばかりを優先して、他の地域に行こうとしなかった。私が勇気を出せずに軌道に乗って安定していた中央大陸に留まっているうちに、ヤトを含む辺境が
私と同じく開拓監督の権限を持った人間は他に幾らでもいた。だから私だけの責任ではないと言うのは簡単で。それは他者から見ても同様で。
リーヴがヤトの人間だと知った時に、安堵してしまった自分がいた。
生きていてよかった、と。
断罪してくれる相手に逢えた、と。
その意味では私もリーヴも同じだ。腹の底で燻って吐き出せないでいた想いを、ぶつける相手を求めていた。そして凍っていく世界で、互いを見つけた。
「……はぁ、」
私の首を緩く絞めていた手は、果たして力を失い降ろされた。
清々しいような、悲しいような、そんな曖昧な表情を浮かべて少女は呟く。
「それでも私は、あなたを……誰かを恨めそうにないみたいです」
「……優しすぎるよ、君は。恨んでくれれば楽だったのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます