《終曲》

《終曲》

「ところで、なんで『PALLET-K』なんですか?」

 あの日から数日後。僕は特殊部隊コード『PALLET-K』の待機室で、ルピナスさんとお茶を飲んでいた。

 ルピナスさんは僕の真向かいに座っていて、紅茶を静かに混ぜている。

「あぁ、あれか」

 部隊コードは、一応一番の古株ということで、ルピナスさんが決めることになったのだ。それで二時間ほど唸って、出してきたのが『PALLET-K』であった。

 正直、センスがいいとは言えないかもしれない。

「あれは、隊員の名前の綴りから取っただけだ」

「名前?」

 心なしかどや顔で、ペンタスさんは、紙とペンを取り出して、かりかりと書きながら解説し始める。

「Pentas、Arvier、Lillywhite、それだけだとお前がいないからな。Kを付け足した。本当はXも足したかったんだが、シンが断固拒否したからな……」

「僕だけ下の名前……」


「隊長なんだぞ、それくらい良いだろう」


 そう、なぜか、この合同部隊の隊長は僕、今川継護なのだった。

 最初は、ルピナスさんかミーシャのどっちかという話だった。だが、ルピナスさんがディソナンスを生み出してしまった責任を感じたらしく辞退。ミーシャも「『MELA』を率いるなんて考えられない!」と限界オタクを発動して辞退。残ったのは僕か、イヴさんか、シンさんであった。シンさんは「有事に別人格にならざるを得ないリーダーとかどうなの?」と拒否。イヴさんが隊長になるのは性に合うわけない、と、ルピナスさんが勝手に却下した。

 で、消去法で、隊長が僕になったのだった。

 ……どうして? と今でもすごく思ってるが、案外みんな良いんじゃないかと肯定的だった。バッファーの隊長という立場も珍しいし、どうも最近、他の団員からの視線が怖かった。

「……どうせ隊長になるなら、僕も格好いい役割が良かったなぁ、アタッカーとか」

 そうぼそりと呟くと、「その事なんだがな」とルピナスさんが口を開いた。


「今川、お前は我楽団のトリックスターになれ」


「と、トリックスター……?」

 なんだかすごいことを言われてるような気がする。思わず聞き返してしまった。

 ルピナスさんはちょっと困惑している僕のことを無視して話を進める。

「そうだ、トリックスターだ」

 そう、ルピナスさんがなんだか少しだけ言ってやったみたいな様子で紅茶を飲んだ。

「正直に言おう。今川、お前の魔法は素晴らしい。ほとんど蘇生と同じレベルの回復魔法を、あそこまでの短時間で練り上げられるのは、尋常ではない」

 僕は、ルピナスさんの素直な賞賛にまず驚く。そして、その内容にもう一度驚いた。蘇生と同じレベルの回復魔法とは、もしかして植物園での戦いのときにミーシャの心臓に仕込んだ回復魔法のことだろうか。

「えぇ⁉ あれが、すごいんですか?」

「あぁ。聞いたことなかったか?」

 全く無かった。姉ちゃんも義兄さんも言ってくれたら良かったのにと思ったが、そういえば見せたことがあるのはミーシャとシンさん相手だけだった。

「ええ、そんな、えへへ……」

「言っておくが、俺はつまらん煽てや世辞は言わんぞ」

 先手を打たれてしまった。絶対に隊長としての自信をつけさせるためのリップサービスだと思っていたのに。

「お前の魔法の腕は凄まじい。だから、お前はトリックスターを目指すべきだ。戦場をかき乱し、敵を欺く、そんなバッファーになるんだ」

 ルピナスさんは紫の大きな瞳を向け、お前にはそれができると言わんばかりの視線で、僕をまっすぐに射抜いた。

 彼は子供ではない。そうわかっているのに、彼の瞳は僕に、子供が期待してくれているかのような錯覚を起こさせる。僕は眉を下げながら笑って、頷いて見せた。

「……わかりました。ちょっと頑張ってみます」

 そう僕が言った瞬間、扉がすごい勢いで開いた。

「あー! センパイとケイゴ! 何話してたんだよー!」

「フライングでお茶してたんですか?」

 イヴさんとシンさんが買い出しを終えて帰ってきたのだ。ふたりとも、手に大きなエコバッグを持っている。その後ろから「にゃぁ~」とため息をついて伸びをしながら、訓練を終えたミーシャも戻ってきた。

「おにゃかすいたー! やっぱり今からでも外に食べにいかにゃい?」

「もう、ミーちゃんってば。美味しそうなしゃけ買ってきたよ?」

「しゃけ!」

 ぴんっとミーシャの耳と尻尾が立つ。僕はそれを見て、思わず噴き出してしまった。

「ほら、センパイ、蜂蜜も買ってきたっすよ」

「あぁ、ありがとう、イヴ」

 イヴさんがエコバッグから取り出した蜂蜜を受け取ると、ペンタスさんは少し紅茶に入れてくるくると茶さじで混ぜた。すると、ふんわりとあのアビゲイルさんのところで嗅いだ、きゅんとするような優しくて甘い香りが漂った。

「ほらほらほら! ケイくんもルピさんも、今から結成パーティですよ! ほら、手を洗って! みんなでお好み焼き作りますよ!」

 シンさんがそう僕たちを急き立てる。待て待てと宥める僕たちも、シンさんも、イヴさんも、ミーシャも、皆笑顔だ。

「これから、忙しくなるわね」

 ミーシャが呟いたのが聞こえた。確かに、二重奏部隊が合わさった四重奏部隊という面での話題性の高さ、しかも片方は三年前に解散したアイドル部隊だ。ばたばたとすることも多いだろう。

 だが、僕らは互いの自我を支えて、愛して、生きていく。そして、見捨てられてしまった人格を見付けていくのだ。

 それが、選ばれた自我としての務めだと、僕は思いたいから。


 *


「おかえり、お疲れ様」

 蜜利義兄さんがディソナンス対策研究室で、事件解決した僕を待っていた。僕は、『PALLET-K』の隊長として、今回の事件の報告書を蜜利義兄さんに渡した。

「はい、受け取ったよ」

「義兄さん……」

 その顔は、まるでこうなることをすべて知っていたかのような微笑みだった。

「蜜利義兄さん、全部義兄さんが考えたんですか?」

「……は?」

 義兄さんが目を見開き、口角を引きつらせる。そんな義兄さんに、僕は矢継ぎ早に問いかけた。

「義兄さんは、全部わかってたんじゃないんですか? 『MELA』が解散した理由も、ディソナンスの発生原因もわかってたんじゃないですか?」

「え? え? 何の話?」

「義兄さん、この世の全てを実は知ってるんじゃないですか⁉」

「待ってー!」

 詰め寄る僕に、蜜利義兄さんはストップをかける。

「え? まって? 本当に何の話? 俺、もしかして、黒幕かなんかだと思われてる?」

「違うんですか?」

「違うよ!?」

 義兄さんは本気で心外そうに首をぶんぶんと振った。

「え……そうなんですか……」

「逆になんでそうおもったの継護くん……」

 僕がうぅーんと唸ると、蜜利義兄さんが汗をハンカチで拭った。

「優しい顔してるし。なんでも先回りして動くし。公認我楽団にいるのに私設青葉我楽団の団長代理ってのもおかしいし。出来過ぎてるっていうか」

「褒められてる? あれは父親の代理として団長代理をしていただけだよ。青葉我楽団は、俺の父がやってる小さい我楽団だからね」

「家に泊ったこともあったけど魔法知らないし」

「砂糖を魔力がある限りいくらでも出せる魔法だよ……見せる機会が無かっただけだよ……」

「その上で、今回の事件の前に、“ふたりをよろしくね”とか……」

「あれは、『ARANCIA』のなかよしパワーで、『MELA』のふたりがちょっと話し合いできるくらいには関係をまろやかにしてくれたらなって思っただけで……」

「黒幕っぽくないですか?」

「どこが⁉」

 僕は本心で言っていたのだが、蜜利義兄さんは首を横に振るばかりだ。どうやら本当に何も知らないらしい。

「……賢すぎる人って、紛らわしい」

「ひっどいなあ……」

 だがまあ、義兄が黒幕じゃなくてよかったというものだ。僕はほっとして「それじゃあ」と踵を返そうとした。

 そこに、蜜利義兄さんが声をかける。

「まあ、そうやって疑いを持つことは大事なんじゃない?」

 その口振りは、どこか含みがあって、不思議と怪しくて……。

「やっぱり黒幕なんじゃないですか?」

「なんでーっ⁉」


 * 


 クラスィッシェ公認我楽団の屋上からは、海が見える。ここで休んでいる団員も常に何人かいるが、今は運よく僕ら以外いなかった。

 良く晴れた青空だ。もうすぐ夏が来るんだろう。僕は、半袖の隊服を風になびかせながら空を見上げた。

「にゃに上向いてんのよ」

 隣にいたミーシャが、ふーっと虹色のシャボン玉を僕に吹きかける。「わっぷ」と僕はそれを手で掻き消しながら、あはは、と笑っていた。

 少し前に聞いたところによると、ミーシャは普通の遊びができてなかったらしい。まあ、シャボン玉はノイエの遊びだ。もしかしたらクラスィッシェのひとはやったことないのかもしれないな、なんて思いながら、百円ショップで買ったら、ミーシャが思った以上に喜んで、「すぐにやるわよ!」なんて言って屋上に連れてこられたのだ。

 ふう、ふうとミーシャがストローを咥えて息を吹きかける。すると、美しくも儚いシャボンがふわり、ふわり、ふわりと無数に空中に浮かび上がった。

「シャボン玉なんて久々に見たや。綺麗だね」

 僕がのんびりとそう言うと、ミーシャは悪戯っぽく笑った。

「じゃあ、わたしがいてよかったわね」

「……そうだね」

 本当に、思い起こせば、ミーシャがいてよかったと思う事ばかりだ。三年前の出鱈目な召喚のときにミーシャが出てこなかったら、水族館に行ってなかったら、敵が出たときに彼女を追ってなかったら……。

「君がいて、よかったよ」

 僕がしみじみとそう言うと、ミーシャは「当然でしょう」と鼻を鳴らす。

「わたしも、あんたがいてよかったわよ」

 それは、どういう意味だろうか。気にならないわけではないが、問いただしてしまったら野暮なような気がして、ひたすらミーシャの創り出すシャボン玉を眺めていた。


 そうしていると、少し思い出すことがある。ミーシャの寿命の話だ。

 ルピナスさんとイヴさんは仲直りしたものの、寿命の問題が無くなったわけじゃない。イヴさんよりも、どうしてもルピナスさんがはやく死ぬのであろうことは、紛れもない事実だった。だが、それでもいいのだそうだ。イヴさんは、ルピナスさんの最期まで、戦えなくなったとしても、彼の側にいたいらしい。

 だが、僕は? 僕は、人間である僕よりもきっと寿命がはやく来てしまうミーシャに、すんなりと別れをつげられるだろうか。

 ルピナスさんみたいに、人格をまた切り捨てようとしたり、しないだろうか。

「ケイゴ」

 ふーっ! 彼女の方から、またシャボン玉が襲来してきた。

「わあ!」

「なんて顔してんのよ」

 そうくしゃりと笑うミーシャは、九歳で、13.5歳のミーシャは、まぶしかった。それは、多分、生きる意思だった。

 この笑顔を見ていたら、大丈夫かも。このひとと音を奏でて生きたい。そう思わせてくれるような光景だった。

「……うん」


 ピロピロピロピロ!

 インカムから通信が入る。

『こちらシン・ジアオスウ! 特殊部隊コード『PALLET-K』、直ちに集合せよ! 任務コードは02! どうぞ!』

 そんな僕らのモニタータクトの声に、ふたりで顔を見合わせた。

「もう、まだまだ液はあるのに!」

「あとでまたやろう。何回だって」

 僕らは、青空の下から我楽団の中に駆けていく。

 なんでもない、我楽多のような日々を、美しい音楽(ムジーク)を、いつまでも奏で続けるために。

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我楽多奇想曲 城嶋ガジュマル @joshima_gajyumaru

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