《4-7》カラー・オブ・パレット

 そう彼が言って、更に爪弾いた瞬間、びりびりびり! と僕らにしびれるような感動が押し寄せてきた。まるで自分のためだけに、誰かが応援してくれているような。

 そして、砂時計にたくさんのヒビが、ぴしりぴしりと入っていく。音でガラスを割る、理科の実験を思い出した。

『今更だ!』

 砂時計がそう叫び、また鎖を使って逃げ出そうとする。

 だが、上空から何かが振ってきて、それが阻むことで鎖が上に上がった。流れ星だ。

「散々ひとさまに迷惑かけとって、かっこええやないの、先輩」

 シンさんが星の人格を呼び出したんだ。彼女の顔は、珍しく優しい笑みを浮かべていた。

 その言葉に、ルピナスさんはは、とため息を吐くように笑う。

「申し訳なかったとは思っている。……こんな俺だが、一緒に協力して、あいつを倒してくれないか?」

 彼が心苦しそうにそういった。それに、僕らは即答した。

「もちろんです‼」

「わたしたちは、そのためにここにいます!」

「最初からそのつもりや。うちの可愛い子らを長いこと閉じ込めよってからに」

 ルピナスさんが笑みを深める。複雑そうなものだったが、笑みは笑みだった。

「ありがとう……」

 その後ろで、ちょこんとしている影がいた。イヴさんだ。一度ディソナンス側についてしまったから、気まずいのだろう。

 だが、ルピナスさんは何故かそれもわかっているようで、振り返ってイヴさんの腕をぱしぱしと叩いた。

「ほら、そんな顔をしないでくれ。『MELA』再始動、お前は嬉しくないのか?」

 その言葉に、じわり、じわりとイヴさんの瞳に涙がまた溜まっていく。そして、それが決壊したときに、がばっとルピナスさんに抱きついた。

「うわあっ⁉」

「せ、せんぱい〜! だいすきっすよ〜‼」

「はは……全く……恥ずかしいったら……!」

 僕は全員に炎のカウンターを与え、後ろに下がる。魔力が切れてしまった。もう僕に出来ることは何もない。

「みんな……頑張って!」

 全員が僕の方を向き、頷く。そして、漸く鎖がいくつか再生した砂時計に向き直ったのだった。


「さて、お前たちにはお披露目といこうか」

 ルピナスさんがすっと片手を前に出し、目を伏せた。


「“貪欲に芽吹け、増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)”」


 すると、するりするりしゅるりと彼の小さな身体を様々な花が覆っていく。それはさながら、小さなブーケのようだ。とてもいい香りを放つそれは、布を織るように変わっていき、どこか『星降しの一族』の民族衣装にも似た、だがそれよりも花の趣向が強い詩人のような華やかな衣装になったのだった。

「これが……!」

「俺は第55区域の草原出身だが、第02区域で三年も過ごしてしまったからな。いつの間にかこうなっていた」

 たった三年で? とは思ったが、ルピナスさんにとってはかなり長い期間だったのだろう。

 僕達とルピナスさん、いやルピナスさんだけじゃない、ミーシャも、どれくらいの感覚の差があるのだろうか、なんてちょっと考えたりして。

 そうしている間にリュートが爪弾かれる。びりりと電流が走るような感覚はずっとしていた。

 逃げようとするディソナンスに、シンさんが流れ星を降らせる。これにより、退路を塞いだのだ。

 もう道がないと悟った砂時計は、僕らを取り込もうと鎖を伸ばしてくる。だが、その全ては昨日のルピナスさんの氷の刃のように、イヴさんが叩き落としていく。撃ちもらした攻撃も、僕のカウンターで弾かれた。その間も、ずっとルピナスさんの攻撃は続く。ミーシャの爪も砂時計を傷付けていた。

『小癪な!』

 砂時計はさらさらと砂を零しながらぎりっと僕たちを睨めつける。鎖の動きも激しくなってきた。

「“鏡振撃”!」

 音の粒が鎖を抑え込み、そこにミーシャの牙が襲い掛かると、ぶつん、ぶつんと鎖が切れる。

 そこで、イヴさんがばっと自分の血を掬い取り、投げると、くるりくるりと回り、一つの紅い長剣になった。それをイヴさんは構え、砂時計の方に切り込んでいく。

 ガキン! ガキン! と鎖をはじき、そして本体に当てていく。近くにたどり着いたイヴさんに攻撃しようとした鎖から、ぼう、と炎が噴き出た。僕のカウンターだ。

 ぱりん、ぱりんと本体が割れて、ひとびとが逃げる。そして、全員が出たのを確認した瞬間、イヴさんが叫んだ。

「今だ! ミーシャちゃん!」

「うるにゃあああ!」

 ミーシャの身体が光の線になっていく。


「これでとどめよ‼ “雷鳴牙”‼」


 パリィイイン!

 その甲高い音と共に、ディソナンスの頭が割れた。それは、陶器の人形だった。

 ごろんと砂時計は倒れ伏し、さらさらさら……と全てが美しい光の砂になっていく。

 そうか、人格が死んだのだ。僕は何故かそう思ってしまって、おかしな涙が一筋だけ落ちていった。


 * 


 翌日、クラスィッシェ公認我楽団、司令室。

 僕とミーシャとシンさんはそこに呼ばれ、今回の事件で勝手をしたお叱りと、事件を解決したお褒めの言葉をいただく予定だった。

 だが。

「……来ないね、リリーホワイト団長」

 そう、いつまで経ってもリリーホワイト団長は来なかった。

 そんなとき、バンッ! と司令室のドアが勢い良く開かれる。

「やーやーやー! 『ARANCIA』のしょくーん、元気かねー?」

 見ると、滅茶苦茶元気になってしまったイヴさんと、頭を抱えているルピナスさん、そして、後ろにはリリーホワイト団長とヤオ団長がいたのだった。

「ひゃいっ!」

 ミーシャがぴんっと尻尾を立てた。まだこの人たち相手に緊張しているのか。そんなミーシャを放っておいて、イヴさんは僕らの隣に並ぶ。

「昨日は済まなかったな」

 ひどく表情が穏やかになったルピナスさんも並んだ。

 そして、団長たちは執務机の前で僕らを見定めるように立った。リリーホワイト団長はシャープに。ヤオ団長はフラットに。

「……貴様らに、ある提案がある」

「提案……?」

 リリーホワイト団長が話し始めたのは、とんでもない話だった。


「特殊部隊コード『MELA』と特殊部隊コード『ARANCIA』を、合同部隊とする提案だ」


「「え、えぇ〜っ⁉」」

 僕らが目をまんまるにすると、ヤオ団長はアハハと笑った。

「どうも、二重奏部隊では『MELA』のときのようなことが起こったときに対処しきれないと思ってね。試験的なことだが、ふたつの二重奏部隊を合わせて、『四重奏部隊』を作ろうかなと思ったのだよ」

 ははあ、読めてきた。要するに毒見役だ。

「これは貴様らへのペナルティでもある。『MELA』は我々に手間を取らせた。『ARANCIA』は我々の指示を無視した。この提案を飲まないのであれば、『MELA』の再結成は却下、『ARANCIA』も解散とする」

「それは提案じゃなくて命令だにゃ!」

 ミーシャがカーッと母親相手に威嚇する。リリーホワイト団長は、それをさらりと受け流すと、ふぅとため息をついた。

「でも、悪い話じゃないと思うんだ。君たちは“和音の関係”みたいだし……」

――それって……相性がいいんだよ。僕らの言葉で言うと“和音の関係”なんだ。

 昔、蜜利義兄さんが言っていた言葉だ。要するに高め合える関係、らしいが、今となっても意味はよくわからない。だが、嫌な感じはしなかった。

「……ミーシャ、どうする?」

「ミーちゃんが隊長なんだから」

 僕とシンさんが少し微笑みながらミーシャに問いかける。ルピナスさんは少し不安そうに、イヴさんは期待に満ちた目で。

 ミーシャは、え、う、あ、と言葉になってない声を出してから、うにゃーーーーーん! と叫んだ。

「ぜ、是非お願いします〜‼」

 僕らは笑顔の中で部隊を結成する。


 少し後に決まるその部隊の名前は。

 カラフルな人格たちが構成する、伝説のチームの名前は。

 特殊部隊コード『PALLET-K』

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