《4-4》カラー・オブ・パレット
僕とイヴさんは変身したため、魔力が無くなっている。ノイエ人がクラスィッシェで増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)をすると、ノイエに戻るかクラスィッシェ人に魔力を譲渡してもらわないと回復しない。
僕らは一旦、ノイエ我楽団本部に戻り、待機室で一泊して、また明日からディソナンスを探すことになった。シンさんは家族と一緒にいたいんじゃないかと思ったが、「もう家族とはいつでも会えるから」とこの任務が終わるまでは、こちらに来ることにしたらしい。今は夜の七時くらいだ。
「でも……イヴさんもルピナスさんも……とっても素敵だったわ〜!」
ミーシャが机に肘をついてうっとりと頬を染める。だが、それに頷けるくらい、あの戦闘技術は卓越していた。
「うん、そうだね。カッコ良かった!」
「わかってくれるかしら! あのコンビネーションの素晴らしさ!」
ミーシャが興奮した様子で僕に語り始めるのを、ぼんやりと聞いていると、ふつふつと疑問がわいてくる。
素晴らしいコンビネーション、洗練された連携攻撃。
ならば、それなのに。
「……なんで、解散しちゃったのかな……」
僕の一言に、ミーシャとはぁ、とため息を吐き、ぱたりと尻尾を床に波打たせる。
「……本当にどうしてにゃのかしら、今でもあんなに息があってたのに……」
それに、もうベッドに寝転がっていたシンさんが、向こうを向いたそのままの体勢で返事をした。
「誰かに聞けたらいいんだけどね」
確かに、誰か知ってるひとがいるなら一番手っ取り早いんだろうけど。
「そうですね、誰かに……ね」
そのとき、ミーシャが「あ!」と立ち上がる。僕はそれに驚き、ミーシャの方に視線を向けた。
「わっ⁉ どうしたのミーシャ!」
「いるわよ、その“誰か”!」
ごろりとシンさんがこちらに向き、僕も目をぱちぱちさせる。ミーシャはふふん、と得意げに鼻を鳴らした。
「誰のこと?」
ミーシャが人差し指と尻尾をピンと立てる。
「羽原アビゲイルさんよ。『MELA』のモニタータクト!」
モニタータクト。確かにこの場にいないが『MELA』のふたりをよく知っている人ではあるとは思うが。
その言葉に、シンさんが「あぁ!」と声を上げる。
「あのひと、たまに図書館とかで『例の大戦』の話ししてるから見たことあるよ」
確か、アビゲイルさんは800歳を超えるエルフだと聞いたことがある。それなら四世紀前の『例の大戦』も現役で参加していたことだろう。
「図書館、よく行くんですか?」
「うん、逃げてきたって言ったでしょ? 孤児扱いの子供の遊び場は、お金がかからないところなんだよ」
成程。そう聞くと、シンさんの家族を救えてよかったという気持ちと、一刻もはやくあのディソナンスを見付けないとという使命感が出てくる。
「住んでいる場所とか知ってたり、連絡手段はあるの?」
「確か、名刺があったはずだよ」
シンさんがよいしょと起き上がり、自分の荷物をごそごそと漁って名刺入れを出した。それの随分と奥の方の、もう少しぼろぼろになっている名刺を取り出した。
「……あった」
どやどやと僕とミーシャが、シンさんのところに寄ってきて、その名刺を覗き込む。
『語り部【羽原 アビゲイル】』
その下には、アビゲイルさんの電話番号と、メールアドレスが書いてあった。
「……かけてみる?」
シンさんが恐る恐るミーシャに問いかけると、ミーシャは勢い良く頷き、自分の液晶石を取り出した。クラスィッシェでスマホの役割を果たしてる魔法道具だった。
「え、今⁉ もう夜だよ……?」
「まだ七時よ? 電話なら大丈夫よ! もしかしたら、今解決するかもしれないじゃない!」
そう言い放ち、ミーシャはズダダダダと液晶石に番号を打ち込んで、通話をかけてから、音声をスピーカーにしてみんなに聞こえるようにした。
発信音が何秒か続く。そして唐突に、音声は繋がった。
『はい、もしもし、羽原ですが』
800歳超えと思えないほどに瑞々しい声だった。だが、その話し方は、僕の祖母よりもずっと年季が入っており、彼女が羽原アビゲイルさん本人であることがわかった。
「あっ! もしもし、私、クラスィッシェ公認我楽団所属、特殊部隊コード『ARANCIA』の隊長、ミーシャ・リリーホワイトです! はじめまして!」
一瞬息を呑む音が聞こえたかと思うと、納得したのであろう声と頷いているかのような動きが聞こえてきた。
『……あぁ、シャルロットの娘ちゃんじゃな。ほうかほうか、そんなに大きくなったのか。で、その特殊部隊のミーシャちゃんは、わしになんの用かの?』
「あの……今、わたしたち、元『MELA』のふたりと行動してて……でも、ルピナスさんはイヴさんの記憶よりも冷たいらしいですし、イヴさんはずっと落ち込んでるみたいですし……わたしたち、ふたりのことを知りたいんです!」
そのミーシャの話し方は、限界オタク特有の熱の入り方に加えて、ふたりのことを本気で心配しているのだという想いが伝わってくるものだった。アビゲイルさんは、『そうじゃな……』とつぶやき、すぅすぅと息をし続けた。そして、ちょうど30秒くらい経った頃に、口を開いた。
『確かに、わしはあのふたりが袂を分かたったときのことを知っておる』
「……! じゃあ……!」
『じゃが、こうして顔も知らん相手に話すほど、あやつらに情がないわけでもないぞ』
それは、その通りだった。アビゲイルさんだって、五年間一緒に戦い、現役最後の時を共に過ごした仲間なのだ。
だが、ここで終わりたくなかった。僕だって、彼らのことを知りたい。
「そ、それなら! 顔を見たら教えてくれるんですか⁉」
『おや……?』
アビゲイルさんが不思議そうな声を出した。
「えっと……! 今川継護、『ARANCIA』の副隊長です!」
『今川……イマガワケイゴ……あぁ、今川調の弟か』
それは、今聞くとは思っていなかった名前だった。
「えっ! 兄をご存知なのですか?」
『そりゃ、わしらの関わった最後の事件の、被害者じゃったからな。なにかの手掛かりにならんかと、家族構成まで見たものじゃ』
僕は目を見開いた。確かに兄ちゃんは三年前にディソナンス事件に巻き込まれていた。こんなところで繋がるなんて、世間って案外狭いものだ。
『ほうか……今川調の弟がおるなら、話は別じゃな。あの子には恩がある』
彼女は、ゆったりと提案した。
『今から、わしの家においで』
*
「蜂蜜は好きかの?」
僕らの目の前に、甘い香りの紅茶がことりと置かれた。
アビゲイルさんの家は、首都の高級マンションの一室だった。ノイエ公認我楽団本部から、電車で20分程。それなりに遠いとも、近いとも言えるような距離の、静かで上品な場所だった。
彼女の部屋に入ると、ふわりとハーブの香りに全身が包まれる。電気を節約しているのだろうか、全体的に暗い照明と、ドライフラワーのガーランド、そして、彼女の隣で男性と子供たちが笑っている様子の古い写真が目についた。
彼女は僕らを迎え入れると、リビングダイニングの机に座らせ、目の前にクッキーを置いてくれて、お茶を淹れてくれた。椅子は四脚あり、僕の向かいにはミーシャが、斜めにはシンさんが座っていた。いただきます、と手を合わせて、それを一口飲むと、芳醇な茶葉の香りと幸せなしっかりとした蜂蜜の甘さが僕らを癒やしてくれた。
「……あれは、ルピナスの問題じゃの。あの子が、急にイヴを突き放しよった」
金髪を高めに結い上げたアビゲイルさんは、自分も僕の隣の席につき、一口お茶を飲んで、悲しそうに首を振った。
「突き放し……」
「あの子らは、最後の事件より前は、非常に良い関係じゃったんじゃ。面倒みの良いルピナスと、人懐っこいイヴ……どこか、微笑ましいと思うくらいじゃったの」
アビゲイルさんが手元を見ながら、「あれこそ、“和音”じゃったな」と少しだけ懐かしそうな目をした。
――ちげえ……昔は、あんなんじゃなかった。ちょっと厳しいけど、冷たくなくて、すごく優しいセンパイだったぞ……。
僕の頭の中に、イヴさんの声がフラッシュバックする。寂しそうな、苦しそうな、そんな声が。
「なんで、突き放しちゃったんだろう」
そう、僕が呟くと、アビゲイルさんがこう答える。
「ルピナスは、ずっと苦しんどった。多分、生命の長さが、ずーっと気になっとったんが、わしは一番大きかったと思う」
僕は思わず彼女の瞳を見詰めようとした。生命の長さ、つまり、寿命のことだろう。
「あの事件のディソナンスは、おそらく人の不安を煽るような魔法を使う輩じゃったと思う。耳を聞こえなくさせて、視野を狭くさせるような奴じゃったはずじゃ。もしかすると……ルピナスは暫く、あのディソナンスの魔法にかかったままだったのかもしれんの」
ミーシャがそれに、ひゅ、と息を呑んで問いかける。
「つまり……ルピナスさんはそれを引きずって、人格まで変わってしまったと……?」
「そうじゃ。魔法が解けた頃には、のっぴきならなくなっていたのじゃろう。わしも、どうにもできんかった。可哀想に……」
まさか、本当に一体のディソナンスで全てが変わってしまっていたなんて。そして、『MELA』という手練の演者(クンスター)でも一歩間違えればそうなってしまうなんて。そう思うと、背筋がひやりとした。特殊部隊の入れ替わりが激しいのが、なんとなくわかった気がした。
これは、僕らでなんとかできるものなのか? 僕たちはぎゅ、と唇を噛みしめる。
だが、そんな僕らを優しく宥めるように、アビゲイルさんは柔らかく微笑んだ。
「お前らのような若いエネルギーは、ときに頑なな中年の心を動かすんじゃ。ま、体当たりしてみることじゃな」
「アビゲイルさんは……私達がルピナスさんたちをどうにかできるって……思いますか?」
シンさんの問いに、アビゲイルさんがこくんと首肯した。
「思っとるよ。お前さんらは、若いときのルピナスとイヴと……わしによく似とるから」
そう、アビゲイルさんはほほほと笑うばかりだった。
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