《4-3》カラー・オブ・パレット
いくつもテントがある集落は、がらんとしていて寂しい雰囲気だ。時間が経ってはいるが、まるでひとがそのまま消えたかのような生活感があった。
ひともいないがディソナンスもいない。僕らはひとつひとつテントを見て回りながら、首を傾げていた。
「なー、ミーシャちゃんよ、お前の気のせいだったとかないのか?」
イヴさんがそう頭の後ろに手をやって言うと、ミーシャは「いえ、そんなことは……」ともごもごする。自信がどんどんなくなっているようだった。
「……嫌な気配がする。気付かないか?」
ぼそり、とルピナスさんがつぶやく、え? と思ったそのとき、彼がひとつのテントの中に入った。そこは集落の中で一番大きいテントだった。
「あそこは?」
シンさんに聞いてみると、彼女はすぐに答える。
「長老のテントだよ。……あのテントは、もう見て回ったのに」
だが、僕とシンさんはルピナスさんの後を追おうとする。だが、僕らが行く前に「ちょっと来い!」と彼の呼ぶ声がそこから聞こえた。
僕ら全員でテントの中に入ると、い草のような不思議な匂いが充満している。その中で、ルピナスさんはなにかを手にしていた。
「うにゃっ!」
ミーシャの耳がぴんと立ち、腰を低くしてずしゃ、っと後ろに下がる。それに、ルピナスさんはほう、と感心したように声を上げた。
「これの中身を見てみろ」
僕らがなんだなんだと無造作に差し出した彼の手の中を見てみると、それは小さな砂時計だった。
だが、ただの砂時計ではなかった。
『……あ、あれは……ジアオスウ⁉ ジアオスウじゃないか……!』
『おおい、だしてくれぇ!!』
『たすけてー!』
「みんな……⁉」
シンさんの声が震える。そう、その砂時計の砂が溜まっているはずのところには、小さな小さな民族衣装を着た人間が何十人も入っていたのだ。
そのとき、カタカタカタッ! と砂時計がひとりでに振動を始める。
「……⁉ おい、投げるぞ!」
「え、は⁉」
そう言うか言わないかで、ルピナスさんは地面に砂時計を強く叩きつけた。
思わず破壊音に身構える僕らとは裏腹に、砂時計は割れずにころんと転がって、ぶくり、ぶくりと泡立つ。
そして、ムクムクと大きくなっていき、ちょうど僕の胸のあたりまで膨れ上がった。
ぬるり、と上の蓋から首が生えてくる。それは、鼠色をした髪の、男の子の頭だった。
おかっぱのストレートヘアからは、鎖のような長い長い三つ編みがいくつも伸びていて、現に髪の途中からは金属になっている。その鎖で移動するらしく、まるでタコ型エイリアンのように砂時計の身体をささえていた。
「お姉ちゃん……!」
砂がある箇所に、ひとりシンさんと同じ緑色をした髪で、白いメッシュの入った少女が横たわっている。その顔はシンさんと瓜ふたつで、きっと彼女がシンさんのお姉さんなのだろうとわかるひとだった。よくみたら、胸が上下しているのがわかる。
「え、亡くなられたんじゃ……」
「このディソナンスに襲われたときに捕らわれていたから、死んだと思ってたんだよ……! 生きてたんだ……!」
確かにそれなら希望的観測はしにくいだろう。
ディソナンスはくつり、くつりと笑いながら、身体を揺らす。その度に中のひとがわぁと叫んでいた。
『おや、おやおや、お前たちも、俺と共に生きたいのか?』
砂時計がそうゆらりと鎖を揺らしながら僕達を見ている。それには敵意のようなものはなにもなく、今まで見てきたディソナンスよりもかなり落ち着いているように見えた。
だが、その砂時計の下の器には『出してくれ〜!』と内側からカリカリ引っ掻いている人々がいる。このディソナンスも、ひとに危害を加える意思がある存在なのだ。
「……お前たち、下がれ」
ルピナスさんがディソナンスを睨みながら、スッと前に出て、手からなにかを出現させる。それは氷の矢だった。彼に追随するようにイヴさんも姿勢を正した。
「“血よ、我の花となれ。増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)!!”」
ぶわりと血の匂いがしたあとに、甘い花の香りが立ち上り、しゅるりと紅い液体が服になっていく。真っ赤なリボンが彼の細く引き締まった体に巻き付いていき、いかにも吸血鬼というようなフォーマル服に変わり、美しい青年といった風貌が更に妖艶になっていく。
黒く艶めく短髪、長く伸びた肢体、シックで華やかな洋装。イヴ・アルヴィエさんの、増幅装備(アンプリファイア・フォルム)であった。
「任務コード02……私達が受けたのは調査と討伐の仕事だ」
「だから、ちょっとまっててくれな!」
それは、先輩たちの頼もしい背中だった。
「……ッ‼」
ミーシャが胸を押さえてスススと後ろに下がる。こう言われてしまえば僕達は任せるしかない。僕とシンさんも後衛に回った。
ルピナスさんが牽制のように氷の刃で砂時計の足元を攻撃する。ストトトトッと絨毯に刃が突き刺さり、砂時計がばたばたとよろめく。
だが、その隙にも砂時計が僕らに腕を伸ばした。
「わわっ⁉」
僕とシンさんが鎖から逃れようとするが、僕らの速度だったら間に合わない。食らう、と覚悟を決めた瞬間に、ふわりとした浮遊感が僕らを包んだ。
ミーシャだ。ミーシャが僕らを両脇に抱えてぴょんぴょんと跳ね、鎖を避けてくれていた。まるでなにかのアトラクションに乗っているかのようだ。
「あ、ありがとう……!」
「ミーちゃん流石!」
ぶわ、と汗が噴き出てくる。よかった、という思いと、ミーシャへの感謝が胸を支配した。
「これくらいなんてことにゃいわよ」
だが、彼女もうっすらと汗をかいている。この姿じゃなかったら、きっと追いつかれていただろう。抱えて逃げてもらいながら、先輩たちの動きを見る。
「す、すごい……!」
彼らは僕らが必死に避けている攻撃を軽くいなしながら、コンビを解消したとは思えないチームワークで、砂時計を追い詰めている。
まず、血液で攻撃するイヴさんが自分の腕を短剣でぐさりと傷付ける。その腕をぶんと振ると、そこから大きな血の鎌が出てきて、彼はそれを構えた。
飛んでくる鎖はきん、きんきん、とルピナスさんの氷の刃が弾き、大きく隙ができたところにイヴさんが鎌で切り込む。避けられたらその胴体にまたルピナスさんが刃を打ち込み、イヴさんも血の弾を撃ちつける。
綺麗な連携攻撃だった。まるで三人で舞っているかのようだ。僕らが立ち入ることを許していないような、そんな排他的な感覚までした。
「おりゃーっ!」
ぱりん! という音と共に、砂時計が割れて、砂が零れ落ちる。それで出来た亀裂から、小さな人々が逃げていく。そして、砂の器から出た瞬間から、徐々に体が大きくなり、人々は元の姿に戻っていった。
『くっ……!』
そのとき、すぽん、と砂時計から首が取れた。そして、てけてけと首だけの状態で、頭が鎖を使って逃げていってしまう。
「待て!」
僕は咄嗟にその首に炎を当てる。一応命中はしたが、首はそのままテントを出ていってしまったのだった。
「まずい、追うぞ!」
だが、僕らがいくら探しても頭は見付からなかった。僕らの中の誰よりも、ルピナスさんが焦っているように見えたのが、なんだかすごく妙だった。
「本当に、ありがとうございます」
長老のテントの中で、『星降しの一族』の長老である老人が頭を下げる。その隣には、シンさんと同じ顔の少女がけほりと咳き込みながらもニコニコとしていた。
「いやいや、お前らが生きていてよかったぞ!」
イヴさんがニッコリと笑い、なあ、と僕らにも同意を求める。僕も、ミーシャもこくりと頷いた。
ちなみに『星降しの一族』以外の被害者も出てきている。みんな、テントの外で、お互いに良かった良かったと言って抱き合っていた。
「でも、どうして生きてたのかしら? 三年も経ってたのよ?」
ミーシャが首を傾げると、ルピナスさんが「そんなこともわからんのか」と呟いた。
「あれは、体内に人格者を取り込むディソナンスなんだろう。そして、時間を止めて“共に生きる”……」
――おや、おやおや、お前たちも、俺と共に生きたいのか?
確かに、ディソナンスとしては異例ではあるが、飼い殺しと考えると人格者を害しているうちに入るだろう。
「私達の仕事は一旦終わった……けど、本体を逃しちゃったから、まだ続くよね」
僕はシンさんの言葉を肯定する。
「でも、どこに行っちゃったんだろう?」
腕を組みながらうーん、と唸ると、シンさんのお姉さんが軽く手を挙げた。
「もしよろしければ、私に任せていただけますか?」
え? と僕らが驚き、シンさんがお姉さんの背中を支えてあげる。
「お姉ちゃん、身体は大丈夫なの?」
「えぇ、平気よ」
安心させるように微笑んだお姉さんが、手を組んで瞳を閉じた。
「“光り輝く猟犬よ、私を愛して”」
そう言うと、シンさんと同じ位置にあるメッシュが僅かにきらきらと白く輝き出す。そして、う、と軽く唸り、床にうずくまった。
「お姉さん!」
僕はシンさんと同じように彼女を支える。だが、すぐにお姉さんは起き上がり、にぱっと笑いかけた。
「なになになにー? あーしになんか用ってか、楽しいことする感じ?」
大人しそうだった彼女とは全く違う表情。その口調は、まるで、というか。
「ギャルそのものだーっ!」
「そうそ! あーし、ティエンランに呼び出されてっときはこんな感じ? 軽くてごめんねー?」
ティエンランとは、シンさんのお姉さんの名前だろうか。どんな字を書くのだろう。
「つーか、そんな場合じゃなくね? マジディソナンス倒さなきゃみたいな?」
そうだ、ディソナンスを見付けてもらわなくては。
「お願いします、あの砂時計のディソナンスを……!」
「もちー、ちょいまちー」
イェーイ、と逆手でピースをして、その手でパチンと指を鳴らす。すると、テントが輝き出し、彼女の瞳も光り出す。
それは、宇宙を通してディソナンスを探しているようで、僕の息が止まるのがわかった。
「……光が思った倍強い、いけるっぽいわー!」
一分ほど、彼女の瞳がゆらりゆらりと虚空越しに世界を見つめていたが、なにかを注視するように焦点が合う。
「……みっけ」
「……!」
お姉さんがふ、と顔を上げ、明るい笑みを浮かべる。
「ノイエの菊花帝国っぽい。東鏡の、なんか緑が多いとこ、かな」
そう言うと、ふぅと息を吐ききって、お姉さんはがくりと力を抜いた。
「お姉ちゃん!」
シンさんが大量に汗をかきはじめたお姉さんを抱きとめ、懸命に身体を擦る。そうしていると、ぱちりと目を開き、お姉さんはふふと口元を三日月のかたちにした。
「……ジアオスウ、私、役に立てた……?」
お姉さんはそう呟くとくったりとシンさんに身を預け、意識を失う。僕はそっと彼女に回復の炎を宿してあげた。
シンさんはほっと肩から力を抜くと、僕達を見回した。
「……見付けましょう、あのディソナンスを。私のような思いをする人は、もう出しちゃいけない」
僕らは顔を見合わせ、頷きあう。だが、険しい顔をしたルピナスさんだけが、ただひとりでテントを出ていったのだった。
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