《4-2》カラー・オブ・パレット
「さっむ!」
クラスィッシェ我楽団、第02地区基地は、キルトのような布で出来たテントだった。その様相は異国情緒あふれていて、そしてなにより夏の入り口とは思えないほどに涼しかった。だが、日差しはすこし強く、空気はからっとしている。隊服だったからよかったものの、油断した服装だったらくしゃみをすることになっていそうだった。
「にゃ、にゃああ……」
「うお~……」
ミーシャもイヴさんもすりすりと自分の腕をさすっている。その中で、シンさんだけがケロっとしていた。流石は第02区域出身のひとだ。
「来たか」
どこか幼い声がして、きょろきょろと辺りを見回す。さぱっとテントの一部が翻り、そこから小さな影が入ってきた。
青緑の髪をおかっぱにして、襟足をとても長いみつあみにしている少年だった。大きな丸眼鏡と垂れた紫の瞳が愛らしい。だが、険しい表情と、青い隊服は、彼がただの少年ではないことを感じさせる。ミーシャの喉がまたひゅ、と鳴った。
「特殊部隊コード『ARANCIA』、ようこそ第02区域へ。私はルピナス・スターチス・ペンタス……貴様らの御守だ」
氷のように冷たく、刃物のように鋭い声だった。まるで僕らを邪険に扱っているよう……。僕は恐怖に心臓が縮みあがるのがわかった。
それでもミーシャの目は感動に潤んでいた。元気だなあ。シンさんは何も反応が無い。本当にメンタルが強い。
「は、はじめまして! 特殊部隊コード『ARANCIA』隊長、ミーシャ・リリーホワイトです! 三日間よろしくおねがいします!」
僕らも口々に挨拶して、ぺこりと頭を下げる。ルピナスさんはどうでも良さそうにフン、と鼻を鳴らし、何も言わなかった。
そういえばと、ちら、とイヴさんを見上げる。彼は元は同じ部隊なのだ。なにか言うのだろうか。
だが、イヴさんは、何か口をパクパクとさせては、しゅんとしていて、ペンタスさんもそれに何の反応もしていない。なんだか気まずい空気だ。喧嘩別れでもしたのだろうか。
「……十四時(ヒトヨンマルマル)から、調査を開始する。各自、準備をしておけ」
ペンタスさんはくるりと背をむけ、一瞬だけこちらを向いた。
「いいか、ヘマをしても助けてもらえると思うなよ。団長の娘だからといって私は甘やかさん。自分の身は自分で守れ。お前たちも演者(クンスター)ならば」
そう言い放ち、ルピナスさんはさっとテントを出ていってしまった。
ほーっと僕とミーシャは息を吐く。シンさんも目をぱちぱちさせていた。
「な、なんか怖かった……」
「あんなひとだったのね……なんだかお母さまみたい……」
「ミーシャのお母さん、こわ……」
「確かに、ちょっとすごいひとだったかもね……」
僕らが緊張をほぐすために雑談に入ろうとしていると、イヴさんがふるふると首を振った。
「ちげえ……昔は、あんなんじゃなかった。ちょっと厳しいけど、冷たくなくて、すごく優しいセンパイだったぞ……」
うりゅ、とイヴさんの目に涙が溜まっていく。
「あぁ、えっと……しっかり~!」
ミーシャが身体に触れないようにして背中をさするような動きをする。それ触れてなかったら意味ないんじゃないの?
「そういえば『MELA』ってどうして解散したの? 人気絶頂期って感じだったよね?」
シンさんがずばっと聞く。すると、イヴさんはうう、と唸った。
「わかんねえんだ、いつの間にか解散することになってて……」
「いつの間にか?」
「うん……センパイがひとりで抜けちまって、モニタータクトのアビーおばあも歳だっつって引退しちまって……自然解散、みたいな」
「ヴッ」
ミーシャが自分の胸を押さえた。刺激が強すぎたらしい。僕はエアーじゃない背中擦りをミーシャにしてあげた。
「……私情は仕事に挟まないでよ?」
シンさんがむ、と口をとがらせる。なんだか今日は少し機嫌が悪そう、というか、緊張しているのだろうか?
「シンさん、どうしたんですか?」
僕の問いかけに、シンさんは目を丸くして、破顔一笑した。
「ごめんごめん! 怖い顔してた?」
「いや、そこまでは……」
だが、なんだか様子が変なのはそうだ。
「なにか……あったんですか?」
「うん」
ほんの少しだけ躊躇ってから、シンさんはぽつりと呟く。
「もしかしたら、相手は私のかたきかもしれないんだ」
かたき、というと。僕らは目を見開く。
「私って言うか、姉? 一族のかたき、みたいな?」
なんだか思ったよりも重い話だ。僕はごくりと唾を飲んだ。
「今まで言ってなかったんだけどね、私、ノイエには逃げてきたの。コードだからね、逃げるのは簡単だった。ディソナンスが集落を襲ってきて、身体が弱かった姉が死んで、ほかの人たちは行方不明。今でも、集落だけは残ってるはずなんだけど……きっと誰もいないよ」
「それって……」
「うん、私が17歳のとき。つまり、三年前だね」
なんだか、妙なつながりだ。皆三年前に何か起きている。偶然だったらすごいけど、必然だったとしてもどうしてかはわからなかった。
「なんで、教えてくれなかったのよ」
それはそうだ。こんなに重い過去、他の人格者なら、そのひとの人生に暗い影を落としていそうなものなのに。
「え? だって……」
少女は、すっと目を伏せて、失望の笑みを浮かべた。
「言ってもわからないでしょう?」
僕は背中に冷や汗が伝うのを感じた。
ああ、きっとこの人は、もう必死になって一族を救おうとして、全てを恨んだあとなんだ。ひとに宥められて、少しずつ諦めて、丸くなって、手放して、でも、やっとかたきが見付かりそうなんだ。
「……じゃあ、絶対に見付けて倒さないとですね!」
僕がおーっ! と拳を振り上げると、ミーシャもにゃーっ! と同じように拳を上げた。
「そうよ! 私情盛り盛りでいくわよ!」
そんな僕たちを見て、シンさんは少し驚いてから、くすくすと笑いだした。それはまるで、ようやく理解者が現れたような。
「……ふふ、みんな、優しいんだね」
だが、僕たちにおずおずと、遠慮がちにイヴさんが声をかけた。
「……絶対お前たちより強いってわかってるから、お前たちが倒しちゃ駄目だぞ。任務コード03なんだから」
あぁ……と僕らは行き場のなくなった拳を下ろす。兎も角、見付けないと他の部隊に倒してもらうことも出来ない。僕らは粛々と準備をはじめるのだった。
*
僕らはルピナスさんの先導で、第02区域の草原を見て回ることになった。さらりと風が吹き、良い気持ちではあるが、そうも言っていられない。ルピナスさんはむっすりしてるし、イヴさんははらはらしてるし、ミーシャはそわそわしてるし、シンさんは笑顔の奥でピリピリしている。
シンさんが言った通り、この草原の遊牧民が失踪しているらしい。最初にいなくなったのは『星降しの一族』だが、最近は別の少数民族も消えていた。どうして少数民族ばかり? というのは、この草原に暮らしているのが基本的に遊牧民の少数民族ばかりだからだ。
シンさんは、かぱりとトランクケースのようなものを開く。するとそこから、レーダーらしき機械が出てきた。これで魔力を追って、ディソナンスを探すのだ。僕らはかちゃかちゃとレーダーを弄っているシンさんの周りに陣取り、なにをしているのかわからないままに眺めていた。
「……駄目だね。多すぎる」
だが、シンさんがふるふると首を振る。
「どういうことですか?」
「今回のディソナンスは、痕跡を残しすぎてるんだよ。恐らくそのうちのほとんどがダミーだね」
それは、なんだか追われることを愉しんでいるかのような痕跡の残り方だった。
「にゃ⁉ てことは、歩いて探すしかにゃいってこと⁉」
ミーシャが悲鳴を上げる。すると、ルピナスさんが「ああ」と肯定し、嘲笑するように口元に笑みを浮かべた。
「なんだ? 真逆(まさか)、貴様ら新人演者(クンスター)ごときが、この期に及んで楽ができるなどと思っていたんじゃああるまいな?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
ミーシャはふるふると首を振る。あこがれの人にあんな風に言われて傷付かないのだろうか、と思ったが、逆に燃えたようでぴんっと耳を立てて僕らを振り返った。
「いい⁉ ケイゴ、シン! 今日で見付けるわよ!」
「ええー、明日も半日使えるじゃない」
「あははっ! 私としては、そこまでやる気だと安心するなあ」
僕らの隊長はふふんと胸を張りレーダーを見た。そして、じっと気配を探るように鼻を動かしたかと思うと、北の方を見詰めた。
「……あっちにいる気がするわ」
「その方角は」
シンさんが少し狼狽える。
「……『星降しの一族』の集落」
二時間ほど歩くと、遠くに見えていた、基地のテントのようなものが近くになってきた。魔力で濃く染められた夜空色の布に、星空のようなきらきらとした刺繍が美しい。あれが『星降しの一族』の集落らしい。シンさんの顔がみるみるうち強張っていく。
ミーシャの耳がぴくぴくと動く。
「……いるわ」
「いる?」
「ええ。一匹、いえ、何匹も……?」
ミーシャが首を傾げ、不可解そうに唸る。
「えぇ? どういうこと?」
「わかんにゃいわよ! でも、子供を孕んでいる母親みたいな雰囲気があるのよ」
成程、ならば一匹であり、何匹もいるというミーシャの言い分はわかるような気がする。
「先に変身しておいた方が良いかな」
僕が問いかけると、ミーシャがこくんと頷く。ここはクラスィッシェだから、ノイエ出身の僕と、イヴさんが変身できるのだ。
「いつでもやって頂戴」
「“宿れ、護りの焔! 増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)”!」
そう僕が唱えると、柔らかな炎が僕の全身を包み込む。少しの擽ったさに耐えていると、いつも通りの軍服と狩衣を足して二で割ったような服が出てきた。
すると、ミーシャがいそいそと服を脱ぎ始める。
「わーっ⁉ おま、えっち!」
「き、貴様、何を⁉」
元『MELA』の二人が滅茶苦茶慌てているが、僕とシンさんは動じていない。これが一か月前からのスタンダードだからだ。まあ、僕も恥ずかしくないと言ったら別の話なのだが、ミーシャがそんなに気にしていないから、もじもじするのも馬鹿らしくなったのだ。
ミーシャの裸体が完全にさらされる前に、僕は彼女の周りに目隠し用の炎を出す。
「ケイゴー、おねがーい」
「はーい。“守護炎”!」
その目隠しの炎が、一気にミーシャの身体にまとわりついていく。そしてそれは、炎で出来た可愛い戦闘用のドレスになり、ミーシャを、まるでヒロインのように仕立て上げた。
「これは……」
「えっと、簡易的な増幅装備(アンプリファイア・フォルム)、みたいな?」
ほへー! とイヴさんが感心したように声を上げる。身体を護る炎と、回復の効果により、ミーシャの魔法の威力が倍から三倍程度に上がるのだ。ミーシャの出身世界であるクラスィッシェでも、ミーシャが変身できたら、という思考で作ってみた術で、まだまだ燃費も悪いし、試験段階だが、結構いい成績を出しているため、これからもブラッシュアップして、積極的に使っていこうと思っているものだった。
「じゃあ、見付けてぶっ倒すわよ!」
「その意気だよ、ミーちゃん!」
「倒さなくていいの! 見付けたら逃げるんだぞ!」
やる気に満ち溢れているミーシャとシンさんに、イヴさんが悲鳴を上げる。どうしてうちの女性陣はこうも血の気が多いのだろう?
それすらも、ルピナスさんはひたすら冷めた目で見ていたのだった。
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