《第四楽章》
《4-1》カラー・オブ・パレット
「暇だわ」
ミーシャが待機室のベッドでぐんにゃりと伸びていた。
「仕方ないでしょ、僕らの腕相応のディソナンスが出てないんだから」
僕は高校の宿題をしながらミーシャに応えた。
あの博物館での戦闘から、丁度二か月くらい経った。つまり六月の半ばだ。菊花帝国は梅雨入りし、じめじめとした空気が街中を支配していた。
僕らは、あれから6回くらい出勤し、そのすべてでいい戦績を残して、それなりに評価されていた。僕ら、というかミーシャとシンさんが優秀だというのもあるが、強いディソナンスが出ていない、もしくは強すぎるため、別の部隊が戦っているということが多いのだ。そして、この二週間くらいは無出勤。僕らにとっては実に平和な時間が流れていた。
僕はたまに、ふんわりと二か月前のイヴさんとヤオ団長の言葉を思い出す。
――なあ、オレも普通に戦いに出たいんだけど! もう血ィ絞りとんの飽きた!
――時期を待ちなさい。
――きっと、すぐにその時が来るよ。
あれはどういう意味だったのだろう。ペーペー部隊の僕らと、元アイドル部隊のイヴさん。何かさせたいことでもあるのだろうか。だが、そう思いながら二か月過ぎたため、自意識過剰だったのかもしれないとも思っていた。
そんなとき、すーっと待機室のドアが開く。シンさんだ。
「リラックス中と勉強中にごめんね」
「いえいえ、どうかしたんですか?」
シンさんはひら、と紙を手に持って僕が座っている机にやってきた。
「仕事だよ。出張!」
「「出張?」」
ミーシャと僕が声をそろえると、シンさんはにっこりと微笑んだのだった。
「クラスィッシェとノイエのとある場所で、ディソナンス被害が出てるんだけど、それがちょっと変わったものでね。クラスィッシェで三十六時間と、ノイエで三十六時間くらいの三日間、泊りがけでじっくりと調査しないといけないの。場所なんかは、これを見てくれると嬉しいな」
シンさんがミーシャに紙を手渡す。要するに、三日間かけて調査をするというらしい。任務コードで言うと03。調査だけをして、討伐は他の部隊に任せるという仕事だった。ちなみに学校の方は公欠が出るから安心である。その為に楽に通える高校にしたんだし。
「ふぅん……なんだか面倒そうな仕事ね」
「ミーちゃんは鼻が利くし、ケイくんは穏やかで気が長いから、私達が選ばれたんだって」
確かに、ミーシャは獣人ということもあって第六感がすごい。六回行った任務でも、その勘の鋭さに助けられたことが何回もあった。
「どういう被害なんですか?」
「現地住人が行方不明になるの」
「ええ? それって、拉致とか?」
「そう考えられるね。被害自体は三年前からあるんだけど、中々見つからなくて。やっと見つけた尻尾なんだ。あ、人格者の仕業じゃないのはもうわかってるから、そこは安心して」
ディソナンスの魔力の痕跡があったのだろう。それならば僕たちの仕事だった。
「あら?」
ミーシャがぺら、と資料の紙をじいっと読みなおす。
「クラスィッシェの方、第02区域? シン、あんたの故郷じゃない」
え? と思ってミーシャが指さす場所を見ると、確かに【場所:クラスィッシェ 第02区域】とあった。
「あ、本当だ。てことは、シンさんなら土地勘もあるってことで選ばれたのもあるのかもね」
僕がそう言うと、シンさんはあははと困ったように笑った。
「確かに、そうなるのかな。ああでも、案内役は私じゃないんだよ」
「誰?」
ミーシャがシンさんに訊ねると、シンさんはんふふ、と擽ったそうな、面白そうな笑みを噛み殺した。
「……もしかしたら、知ってる人かも?」
*
「お、お前たち、こないだぶりか? 今回のサポートメンバーの一人、イヴ・アルヴィエだ! よろしくな!」
ふら。ばたん。
「ミーシャーっ」
「衛生兵ーっ!」
僕らが倒れてしまったミーシャに魔法をかけたり、ゆすったりして回復させてるのを、黒髪の吸血鬼はおかしそうに「大丈夫か?」なんて見ていた。
ここはノイエ我楽団のディソナンス対策研究室。どうやら、僕らの話を団長から聞いたイヴさんが、無理矢理ついてくる形になってしまったらしい。
「時期を待て、なんて言われたけど、待ってなんていられねえよな! てなわけで、オレはノイエの吸血鬼で、自分と他人の血液を操って攻撃できる魔法が使える、152歳だ! 人間だと15歳くらいって聞いたことあんな!」
そう、存じておりますと言いたくなることを教えてくれる。
「えっと、今川継護です、『ARANCIA』副隊長のバッファーです。よろしくおねがいします!」
「シン・ジアオスウだよ、『ARANCIA』コンダクターです、よろしくね!」
「おう、宜しく! シンは第09番部隊のときに会ったことあるよな」
そうなんですか? とシンさんを見ると、「三年前だったね」なんて懐かしそうにしている。
「あの頃、イヴさんはすっごく荒れてたんだから」
「ええ?」
僕が目をぱちぱちさせると、イヴさんは気まずそうに苦笑した。
「……『MELA』が、解散してすぐだったからな」
ひゅ、とミーシャの喉から危険な息が聞こえた。次の瞬間にはゲホゲホゲホと身体をくの字に折ってせき込み、起き上がる。
「……失礼いたしました。ミーシャ・リリーホワイト、特殊部隊『ARANCIA』隊長です」
「ふは、宜しくな!」
にこ! と輝く笑顔と牙は、今でもアイドル部隊としてやっていけそうなほど爽やかだ。んぐ、とミーシャが呻いたのを、僕は聞き逃さなかった。
そこに、見覚えのある淡い青色の髪の男性がやってくる。
「イヴさん、俺の顔なじみ、苛めないでよ」
「あ、義兄さん」
「や。」
手を挙げて挨拶してきたそのひとは蜜利義兄さんだった。シンさんが「誰?」と僕に聞いてきたから、僕は「義兄……姉の夫です。僕の戦闘の師匠で」と説明した。
「苛めてなんかないぞ、ファンサービスだ」
「あはは、どうだかね。それなら、今回の任務、ミーシャちゃん死んじゃうかもね?」
どういうことですか? と聞く前に、義兄さんが悪戯を解き明かすように答えた。
「クラスィッシェで合流する団員がいるんだ。名前は、ルピナス・スターチス・ペンタス。……君たちは、元『MELA』と一緒に行動するんだ」
「~~~~~~~~ッ⁉」
ミーシャは目をまん丸に見開き、固まってしまう。だが、崩れ落ちてはいない。予想出来ていたのか?
「ねえ、ミーシャ……ミーシャ?」
僕はミーシャの肩を叩き、ゆすってみた。全くの無反応だった。
「し、死んでる……」
「勝手に殺すにゃーっ!」
「あ、生き返った」
ミーシャがガバっと僕の方に向き直り、ぼこっと軽く殴られる。生きてて何よりだ。
「はーっ、はーっ……ありがとう、ミツトシ。あんたが言ってくれなかったらわたしはきっと現地でも気絶してたわ」
「本当に限界オタクだなあ。というか、イヴさん、わざと言わないでいたでしょう」
「だって面白くて……」
イヴさんというのは、思ったよりもお茶目な人格者なのかもしれない。というか、精神年齢だけで言うと僕より年下なのか、なんだか変な気持ちだ。
「えっと、ミーシャちゃんに、ケイゴに、ジアちゃんでいいよな?」
ミーシャが「はひっ」と声を裏返して返事をするが、シンさんはむくれるように不満を訴える。
「シンでお願いって、前も言ったでしょ?」
「そうだったか? つーか、なんで名前を呼んじゃいけねえんだ?」
それは僕も気になっていたことだ。シンさんはにっこりと微笑み、腕を組んだ。
「一族のことを忘れたくないから」
わかるようなわからないようなと言う顔で顔を見合わせる僕たちに、蜜利義兄さんが手をパンパンと叩いて空気を引き締めた。
「ほら、皆転送ルームに移動して。ポッドに乗り込んだら、すぐにクラスィッシェだよ。頑張って来てね」
そう言われたら何も言えない。僕らは転送室に列をなしていくことにした。
僕らが出ていく直前、義兄さんの小さな声が聞こえた。
「ふたりをよろしくね」
だが、振り返ったときには何も言わなかったかのように、義兄さんは微笑んでいた。そんな彼に、僕は聞き返すことも出来なかったのだった。
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