《4-5》カラー・オブ・パレット

 次の日。朝十時から、僕らは『緑が多いところ』を探して東鏡中を歩いた。だが、流石に曖昧過ぎて、十五時を過ぎても僕らは手掛りらしきものも見付けられず、途方に暮れかけていた。


「……どうします?」

 東鏡駅のカフェで、僕らは少し休憩をしている。僕はケチャップ味のウィンナーのスパゲッティ、ミーシャはミックスジュース。シンさんはブレンドコーヒーで、イヴさんはツナサンド。そして、ルピナスさんはブラックティーを飲んでいた。吸血鬼は血液以外も食べられるのか、と僕が静かに驚いてると、イヴさんが「お前らだって酒とか飲んで腹壊してるじゃねーか」と言っていた。身体に悪いタイプの嗜好品らしい。ウィンナースパゲッティは甘く、懐かしいような味がする。別になにか思い出の味とか、そういうわけじゃないのに、こんな“昔ながらの”と言われるようなものはどうして懐かしいと思わせる何かがあるのだろうか。僕は本気で考えている。あ、一応給食のスパゲッティはこの味だったかな。もっと麺は柔らかかったけど。

「どうするもこうするも、こうなるということはわかっていただろう?」

 ルピナスさんは相変わらずクールだ。そんな彼が昔は優しかったなんて、そして寿命に悩んでいたなんて、今でも信じられない。

 多種族社会になって、各種族の寿命というのは議論の種にされがちな話題だったらしい。僕らの世代としては、もうそういうものだという認識で、特になにがどうというわけでもないのだが、一世代前まではそうでもなかったと聞いたことはあった。

 僕がそう思って、ルピナスさんをじっと見ていたら、彼は居心地悪そうに眉間にシワを寄せる。

「……やめろ、その目」

「あ……すみません……」

 とはいえその態度は辛いものが少しある。軽くしょんぼりとしてみせると、ルピナスさんは更にシワを深くさせ、ブラックティーを飲み、「ああもう!」と声を上げた。

「わかった! 少しだけ心当たりがある!」

 僕らがいっせいにルピナスさんを見詰める。彼は「あまり期待するなよ」と前置きしてから、口を開いた。


「……東鏡都立植物園……お前らがそこに行かないのは、私は死ぬほど不可解だな」


 そう、酷くぶっきらぼうな口調で。

「にゃ……確かに、緑が多い場所って聞いて、なんで思いつかなかったのかしら……」

 ミーシャがハッとしたように口に手を当てる。

 東鏡都立植物園は、僕も、遠足なんかで行ったことのある場所だ。確かにどうして思い出せなかったのかわからないくらいに『東鏡』で『緑が多い場所』であった。

「恐らく、ディソナンスが認識阻害魔法でも使ってたんだろう」

 ふとイヴさんを見てみると、そのマゼンタの瞳をきらきらとさせて、ルピナスさんのことを見ている。

「やっぱセンパイはすげえ……!」

 僕は少しだけ驚く。こんなに無視されても、まだ、このひとはルピナスさんのことが好きなのだな。そう思わせるには十分な態度だった。

 そこに、シンさんがルピナスさんに問いかける。

「昨日から、なんだかディソナンスの動向を知ってるみたいに話すんですね」

 ルピナスさんは、それに目を伏せ、少しだけ黙った。だが、すぐに口を開く。

「……何故かはわからん。だが……なんとなく……わかる、ような気が……」

 その言葉は、とても苦しそうで、どこか苦いものを吐くような口調だった。


 * 


 僕らは食べ終わると、すぐにその植物園に向かった。平日だからか、あたりはそこまでひとはいない。だが、お爺ちゃんお婆ちゃんや、ちいさな子供を連れた親御さんなんかが優しい時を過ごしていた。

「……にゃ……なんか、嫌な感じがする……」

 そうミーシャが耳を立てて言った瞬間、ピーンポーンパーンポーンと園内放送が鳴り響いた。

『東鏡都からお越しの、ゴトウトモくーん。東鏡都からお越しの、ゴトウトモくーん。お母さまがお待ちです。一階のサービスセンターまでお越しください』

「……迷子放送ね」

 僕は、その内容に言いしれぬ不安感を覚える。

 その放送以外にも、よく注意したらいろんな“誰かを呼ぶ声”が聞こえだした。

「マキコー。マキコー? どこにいるのー?」

「ねぇえぇえ、おにいちゃぁあん! どこぉおぉお!! うぁあぁあおあ!!」

「あれ……? この人ちがう……お母さん、どこいっちゃったんだろ……ぇ……う、ぁ……」

 園内放送が三分ごとに鳴るようになる。園内は異様な雰囲気に包まれだした。

「……これ」

「間違いない、あのディソナンスだろう」

 ルピナスさんがパッと自分のインカムに手を当てる。

「おい、青葉。私だ。どうぞ」

 一瞬のノイズの後に、えー、という軽い声が聞こえた。

『もーなんですか? 臨時コンダクター扱い荒いですよ、どうぞ?』

 インカムから聞こえてきたのは蜜利義兄さんの声だ。臨時で元『MELA』とのコンダクターをしているらしい。

「今すぐ東鏡都立植物園から人格者たちを逃し、封鎖しろ。おそらくディソナンスがいる。しかも、危険度はAクラスだ……!」



『Aクラスディソナンスが潜伏している可能性があります。Aクラスディソナンスが潜伏している可能性があります。来園者の方は落ち着いて避難してください』

 放送が鳴り響く。だが、そんなことを言われて落ち着けるひとがいるものか。口々に「うちの子がいないんです!」「お兄ちゃんは⁉」という言葉が飛び交うが、一旦飲み込んでもらうしかない。

「とにかく、はやく外へ……!」

 僕がそう言って誘導しようとすると、一般人の女性客がわあ、と喚いた。

「でも……! なにもいないじゃないですか! 私の息子が……!」

 危険が見えてないひとの足は遅い。ルピナスさんが面倒そうにため息をつく。

「……なんだ? じゃあその可愛い息子をディソナンスに捕らわれたままにしておきたいのだな?」

「ちょっと、そんな言い方……!」

 と、僕が言う前に、お客さんがルピナスさんをぱちんと張り倒した。

「子供が知ったような口を利かないで!」

「……!」

 ルピナスさんの丸い目が大きく開く。そのとき、お客さんとルピナスさんの間にイヴさんが割り込んだ。

「このひとは!! 子供じゃない!!」

 その声の力強さに、僕は驚く。そうだ。ルピナスさんがどれだけ大人かは、彼が一番わかっている。

「このひとはタイニィリングで、見た目は小さいけど、人間年齢だと40超えの、ベテラン演者(クンスター)だ! わかったら、大人しく向こう行っといてくれ!」

「……お願いします、避難してください。貴方の息子さんは、必ず見つけ出しますから」

 そう僕らが言うと、お客さんは少し気まずそうに顔を歪ませた後、ぺこりと頭を下げた。

「……そうですか、失礼しました」

 そして、何度も立ち止まりながら植物園を出た。彼女がここを出る最後の来園者だった。


「でも、どうするのよ。シンはディソナンス、見付けられそうなの?」

 シンさんもカタカタとトランクの中身を弄っているが、ふるふると首を振るばかりだ。第02区域と同じように、魔力の跡が多すぎるらしい。

「でも……本当にここにいるのは正解みたい。すごいね、ルピナスさん……」

 ルピナスさんがフンと鼻を鳴らすと、イヴさんが「そうなんだ!」とどこか誇らしげに言う。

「そうだぞ、センパイはすげーんだ!」

 だが、そんなイヴさんに、ルピナスさんは冷たい目を向ける。

「貴様、おい、アルヴィエ」

「っ……なん、すか」

 それは、冷酷なまでに強い言葉だった。

「貴様は、なにをしていた?」

「え……」

 つらつらつらと紡がれる、言葉で出来た刃は、ぐさりぐさりとイヴさんを傷つけていく。

「さっきから私を称えるのは構わんが、貴様はこやつらの“先輩”としてなにをやってやれたんだと聞いている。いつまでも後輩面してばかりいるな」

「せ、センパイ……」

「その“センパイ”というのも癪に障る。今すぐやめ……」

 じゃらり、重い鎖の音がした。

「⁉ やっべ! センパイ、避けて!」

「は?」

 しゅるり! 鼠色の鎖がその音の在りかを探ろうとしたルピナスさんに巻き付く。そしてぎちりぎちりと締め上げながら、茂みの中に引き入れようとしていた。

「センパイ!!」

「くっ、迂闊だった!」

 必死にもがくルピナスさんに、イヴさんはうまく動けていない。体格の小さなルピナスさんと、太い鎖は相性が最悪。これはかなりのピンチだった。

「ミーシャ!」

「了解!」

 僕が合図を出すと、ミーシャの身体から雷光が迸った。


「“咲き誇れ、白百合! 増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)”!」


 ピシャアアアン! と雷鳴が轟き、彼女の身体が光に包まれる。そして、僕らが閃光にまばたきをして、世界の輪郭を取り戻したときには、ミーシャの身体はふわふわとした毛で覆われた、大きな猫に変わっていた。

「噛み千切れる⁉」

 僕が叫ぶと、ミーシャが叫び返す。

「当たり前でしょう!」

 ミーシャは4本脚で、まるで光のように疾くルピナスさんのところに向かった。

「リリーホワイト……!」

「うるにゃああっ!」

 がぎっ!! ミーシャが大きな顎で鎖を噛むと、強くて鈍い音が聞こえ、思い切り引っ張ると、ぶつん、じゃりん! と鎖が引き千切られる。

 ふわりと浮いたルピナスさんを、僕がダッシュしてスライディングキャッチすると、ルピナスさんは青い顔で僕らを見ていた。だが、それは命の危険が救われたというより、どこか『知りたくないことに気付いてしまった』かのようで……。

「……感謝、する」

「どうもです! それより、ディソナンス!」

 ミーシャの方を見ると、彼女は鎖をずるりずるりを引き上げてこちらに寄せていた。なにかの漁のようだ。

『ふふ、あはは、痛いぞ』

 ディソナンスは、そう笑いながら大人しくずりずり引きずり出される。また砂時計と融合しているようで、その腹の中には小さな子供たちや、大人が数名閉じ込められていた。

「……! お前、なんのつもりだ……!」

『なんのって……』

 砂時計は、僕が立たせたルピナスさんをじとりと睨んだ後に、にたぁと底意地悪く嗤う。

『わかるだろう? わかるよなぁ。一緒の時間を生きたいんだもんなあ。同じように生きて、同じように死にたいよなあ』

「……! 言うな! それ以上は……!」


『わかるとも、だって、お前は俺なのだから』


 その砂時計の言葉は、僕たちの時間を止めたかのようだった。

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