《3-5》トゥ・メディア・アランチャ

『私達の邪魔をするのはだあれ~?』

『折角騒がせていたのに、なあ?』

 それは二匹の猿だった。片方からは女性の声がして、片方からは男性の声がした。

 その中の女の猿の首元に、僕らは目を引き付けられた。

 オレンジ色の大粒の宝石。キラキラと輝くダイヤモンド。上品で豪華なそのネックレスは。

「女王のための首飾り!」

 僕がそう叫ぶと、女の猿はけきゃきゃと笑い声をあげた。

『ダーリンが盗ってきてくれたの♡』

『楽勝だったな。俺のお姫様にぴったりだ♡』

『やだぁ、ダーリンってば♡』

 ねー、と猿たちはべったりとお互いに引っ付き合う。

「こんなところにあったのか……」

「シャーッ! 最悪ね。でもいいわ、探してあげる手間が省けたもの」

 ミーシャは髪を逆立たせて威嚇していた。

「そういえば、騒がせていたって言ってたけど……?」

 僕がそう問うと、男の猿の方が答える。

『そうさ、俺たちが何の心置きもなくイチャイチャするには、他のやつにまわりで大騒ぎさせて目くらましにさせるのが一番だろう?』

 こざかしい真似をするものだ。だが、現にシンさんが見つけるまで、僕らはこの敵に気付くことが出来なかったのだ。成功しているだけに少しむっとしてしまう。

『なんでこんな場所で乳繰り合っとるんや』

 インカム越しにシンさんがボソリとつぶやく。僕も気になったから代弁すると、女の猿がくすくすと笑った。

『だって、やっちゃいけないことするのって、興奮するじゃない?』

 そう言って、男の猿にしゃなりとしなだれかかり、唇と唇が触れ合うほどに顔を近付け、こちらが目をそらしたくなるほどにべたべたとしはじめた。

「殺しましょう、腹立ってきたわ」

 ミーシャが地上に慣れるようにぴょん、と一瞬跳ねて、フーッと戦闘態勢を取った。なんだか妙に苛立っている。ミーシャにもカップルを妬むようなそんな感情があったのだろうか。

「まあ……ディソナンスは倒さなきゃいけないし」

 僕はぼう、と炎を出して猿たちと僕たちを取り囲む。これで他の展示物には触れなくなったはずだ。

『俺たちの邪魔はさせないよ』

『嫉妬? 醜いわね』

「シャーッ‼ 貴重な学びの場所でイチャイチャするにゃーっ!」

 ごもっともなことを言いながら、ミーシャが男の方に飛び掛かる。どご、と脇腹に回し蹴りをぶち込んで、先ほどと同じように高く跳ねさせたあとに腹に重い拳を何度も叩き入れる。

『エーくんっ!』

 連続攻撃を受け、ばったりと倒れた男の猿に、女の猿が駆け寄る。あのダメージの入り方は、先ほどと同じ猿だったら消えるだろう。

 そう思っていたが、男の猿はぱちりと目を開き、むくっと起き上がった。

『大丈夫だよ、サーちゃん。もう元気さ』

『キャア! さすがエーくんねっ! かっこいい!』

「ど、どういうこと……?」

『ちょお待ち! 見てみるわ! それまで時間稼いでくれへんか?』

 シンさんが叫ぶ。僕らは「了解!」と返事をして、猿たちに攻撃を仕掛けた。


 だが、時間稼ぎに入ったと気付かれたのか、猿たちは見るからにべたべたとし始めた。

『あぶなーい!』

 ミーシャが女の猿に攻撃を仕掛けると、男の猿が庇い、そしてなぜか回復してはハグなどをしたりする。

『守ってくれてありがとうエーくん♡ 大好き♡』

『俺たちの愛が負けるはずないからね♡ サーちゃん♡』

 僕らの攻撃を避けながらキスをする始末だ。

「フシャーッ‼ まだ⁉ まだ解析は終わらないの⁉」

 ミーシャは明らかに余裕がなくなっているし、僕も魔力が徐々に尽きはじめてきた。

『まちい、もうちょいや。ああもう流星二回で魔力無くなんなやジアオスウ!』

 猿は踊る、踊るように、僕たちを引っ掻く。無論僕のカウンターがあるから手を焼いて倒れるのだが、すぐに復活する。なんてしぶといんだ!

 僕はカウンターを張りなおそうとした。だが、ボッとちいさな火が手から上がり、すぐに消えただけで終わってしまった。

「……! 魔力が」

『わかった!』

 そのとき、インカムから声が聞こえた。


『アイツらはニコイチなんや! 両方同時に倒さんと、絶対に倒れへん!』


「だああああ面倒な生態ね! 愛だかなんだか知らないけど!」

 ミーシャがシューと薄く息を吐く。

「ごめん! 今貼られてるカウンターが最後!」

「にゃんですって!」


「だから、僕に任せて!」


 僕はそう叫び、いちゃいちゃとしている猿たちに襲い掛かった。

 そして、その二人をひとまとめにして抱きしめたのだ。

『キキャ⁉』

『なにすんだ‼』

 彼らが暴れ、藻掻く度に鋭い痛みが走る。だが、これは大きなチャンスになるはずだ。

「ミーシャ!」

「いくわよ‼ 歯を食いしばりなさい‼」

 ミーシャがバチバチバチ! と辺りに電気を走らせる。

 そして、閃光の速度で、僕が動きを止めている猿たちに同時に踏みつけるような連続キックを繰り出した。重い衝撃が身体に来るが、最後のカウンターが逆に猿たちを焼いた。

『キキキィーッ‼』

『キャーーーーッ‼』

 断末魔を上げながら、猿たちはすぐに光の砂になって、かたんと首飾りを落としていった。案外撃たれ弱かったのか。攻略法さえわかれば簡単だったな、と、僕は手で額の汗を拭った。

 死ぬ時も一緒の恋人たち、と考えるとステキなのかもしれないが、僕はこうはなりたくないな、と思うのだった。


 * 


「『ARANCIA』初任務、ご苦労様。そして『女王のための首飾り』奪還、ありがとう」

 次の日、僕らはヤオ団長に呼ばれて指令室にやってきた。本来なら直接団長にねぎらわれることは少ないのだが、未発見のディソナンスまで見付けて倒したのと、首飾りも見付けたという手柄で、初めての仕事だったということもあり、改めて話をさせてほしいと団長の方から申し出てもらったのだ。

「お、あ、ありがとうございます‼」

「当然だわ」

「最善を尽くしたまでです」

 僕らは口々にそういって、僕はぺこりと頭を下げ、シンさんは手のひらに拳を付けるようにして礼をする。

「状況から見て、あの墓の中にいた二体の猿型ディソナンスが、他のディソナンスのことを操っていたらしい。恐らく、ひとを昂らせる魔法の使い手だったのだろうね」

 だからミーシャがあんなにヒートアップしてたのか。元から短気だったからわからなかった。

「……にゃによ」

「なんでもない」

 僕らの様子に、団長はふふふ、と笑う。

「オレンジの片割れ、なのかな」

「?」

 僕とミーシャは怪訝な顔をし、シンさんはあら、と口元に手をやった。

 それを、団長は更に笑って流す。

「ふふ、なんでもないよ、ねぇ?」

「ねえ?」

 団長とシンさんが顔を見合わせ、愉快なものを見るように僕らを見ていた。それに、僕とミーシャは意味がよくわからないままに訝しむのだった。


 その時、指令室のドアが勢いよく開かれた。

「お邪魔するぞー」

「入りたまえ」

 そこにいたのは、黒い髪でマゼンタの瞳のイケメン青年だった。

「にゃああああっ⁉」

 ミーシャが黄色い悲鳴をあげる。それに、イケメンは嬉しそうに応えた。

「あ、お前がファンの子? 今でも好きでいてくれて、ありがとな!」 

 元『MELA』、イヴ・アルヴィエさんだ。ミーシャが目をぐるぐるとさせているが、僕もそれなりに驚いている。本物だ、なんて思ったりして。シンさんは落ち着いたものだ。会ったことがあるのだろうか?

「どうしたんだい、イヴ」

 団長が穏やかに問いかけると、イヴさんは何かの資料を持ってきて、団長の方に渡した。

「今回の猿の映像からわかった研究結果と、前のやつの血の結果!」

「あぁ、助かるよ、ありがとう」

 イヴさんが指令の執務机に座り、はあ~とため息を吐いた。

「なあ、オレも普通に戦いに出たいんだけど! もう血ィ絞りとんの飽きた!」

「時期を待ちなさい」

 団長が僕らをちら、と見てにっこりと笑った。

「きっと、すぐにその時が来るよ」

 イヴさんがその視線を追うように、僕、シンさん、そして、ミーシャに目を向ける。

「お前たちが、オレを連れ出してくれるのか?」

 じっとアーモンドアイが、ミーシャの猫の目を見詰めた。

「はうっ」

 ふら、とミーシャの身体から力が抜ける。気を失ったのだ。

「み、ミーシャーっ」

「あぁ~! 回復! 衛生兵~!」

「やべっ! 俺がかっこよすぎてごめん!」

 わあわあぎゃあぎゃあと指令室が騒がしくなる。それを、ヤオ団長は穏やかで優しい目で見ていたのだった。

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