《3-4》トゥ・メディア・アランチャ
「コンダクターになりたい」
ほとんど会議室の様相のブリーフィングルーム。そこで、死んだ目をしたミーシャががっくりと椅子に座っていた。
「しっかりしてよミーシャ隊長、初仕事だよ?」
「しらにゃいわよー! 急に憧れのひとが近くで仕事してたことを知って、わたしに通信してきて、正気で居られる人格者がいるなら見てみたいものだわ!」
にゃーにゃーと鳴いて喚くミーシャの頬はバラ色をしている。コンダクターになりたい、と言ったのも、コンダクターだったら資料を渡す研究員と直接話せるからだろう。わからなくもない下心の塊だった。
「これは素朴な疑問なんだけど、ミーシャってイヴさんとルピナスさん、どっちが好きなの?」
「はぁーっ!?」
ぼこ、と頭を殴られた。それなりに痛い。
「ルピナス隊長も、イヴさんも、アビゲイルさんだって愛してるに決まってるじゃない! 六年前の伝説的戦闘記録を見てないの!?」
「君、戦闘記録、全部伝説っていうよね……!」
あぁもう止まらない。この圧は蜜利義兄さんに通じるものがあるよなあと、たまに思う。要するにオタクなのだ。
トントントン、とノックの後に扉が開く。シンさんがやってきたのだ。
「おつかれー、それじゃあブリーフィング……って、ミーシャちゃんどうしたの」
「気にしなくて大丈夫です。そういう病気ですので」
「誰が病気よ!」
シンさんが苦笑した後に、ホワイトボードの前に立った。
「それじゃあ、ブリーフィングを始めるね。えっと、今回の任務コードは01。研究員さんも言っていた通り、もう我楽団側でディソナンスは見つけてるから、私達はそっちに行って倒せばいい。簡単だね」
だが、そのディソナンスも一筋縄ではいかないだろう。僕はじわ、と汗がにじむのを感じた。
「敵の情報としては、体長はほぼ一メートル。ちいさなゴブリンのような姿をしているよ」
ゴブリン、小鬼だ。今回の敵は小鬼型のディソナンスなのだ。
「魔法は衝撃波。武器は素手。敵の数は三体だね。ランクとしてはEくらいかな」
良かった、思った以上に簡単な任務になりそうだ。ほっとしていたら、ミーシャが不満の声を上げる。
「にゃんでそんな弱いディソナンスを相手にしなきゃいけないのよ! わたし達は特殊部隊よ⁉」
「まあまあ、楽勝でしたって言うことで信頼してもらえるんだよ、こういうのは」
宥めるようにシンさんがミーシャに笑いかけて、続きを口にした。
「場所はクラスィッシェの第53区域の中央博物館だね。ノイエで出土したものを展示しているところだから、結構有名な観光地にもなってるよ。……って、知ってるよね。今日の昼から封鎖中」
僕らは思わず顔を見合わせた。なんともタイムリーな話だ。次は今度こそ博物館に行きたいねなんて話をしていたところなのだ。これはますます早く片付けないといけない。成程。それでいつでも動けそうで、かつ展示物を傷付ける心配の少ない肉弾戦とカウンター系の僕らに声がかかったというわけだ。
ミーシャもそれに気付いたようで、フンフン、と鼻を鳴らして頷いた。
「いつ出発するの?」
「すぐだよ、すぐ! 明日の開館までに間に合わせたいらしいから」
シンさんがにっこりと笑う。確かに倒すだけならきっと間に合うだろう。
「ならさっさと済ませてしまいましょう」
そんな彼女の背中をとんとんと叩いた。
「油断しちゃだめだよ」
「わたしを誰だと思ってるの?」
「ミーシャ」
「正解」
*
僕らが転送されたのは、もう夕方になっていて、ゆらゆらと魔法の光が浮かび、街灯のようになっているレンガ造りの教会の前だった。
この第53区域中央博物館は、元々大修道院で、改修と改築を重ね、綺麗にされたものだった。クラスィッシェに旅行に行くことがあれば是非なんて言われることの多いくらい、名前が通った場所だった。
「あーあ、仕事で初めて来ることになるの、なんかやだなあ。デートだったら楽しかったのかなあ」
ぼわーっと僕がそう言ったら、ミーシャがため息を吐いて首を振った。
「あんたみたいなノイエ出身の人格者が見ても楽しいものはなにも無いわよ。……まあ、本当に小さい頃に行ったことがあるけど、わたしは好きだったわ」
「そんなものなの? 僕らここに行こうっていってたじゃない」
「そんなものよ。わたしだけでも楽しんで帰るつもりだったもの」
僕はうーんと背伸びをして、手のひらを差し出し、その上にぼわっと丸く朱い炎を生み出した。
「宿れ、護りの焔! “増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)”!」
そう僕が唱えると、その炎が僕の全身を包み込む。明るさに目を瞑り、陽だまりのような優しい暖かさに舐められ続けていると、身体の重さがどんどんと無くなっていく感覚がした。
ぱっと炎が飛散り、僕の姿が闇夜に現れる。僕の服装は、狩衣と軍服を足して二で割ったような、和風の戦闘服になっていた。
「あんたの増幅装備(アンプリファイア・フォルム)って、なんだかトラディショナルでいいわね」
「うん。結局、僕のルーツは神主さんだったみたい」
ひとびとを、自分より強いひとを護りたい。そんな感情は、どこか大精霊が消えないように奉る神主に通じるものがあったんだ、と知ったのはついこの間である。それまでは、どうして自分がこんな格好になるのか理解できていなかった。
「兎も角行くわよ、ケイゴ!」
「うん、頼りにしてるからね、ミーシャ!」
僕らは、そう声を掛け合って、夜の帳が降りつつある博物館に飛び込んだ。
博物館の中は、ひとっ子ひとり見当たらない。無論防犯カメラのような魔法は作動しているはずなのだが、その厳かな空気も相まって、一種のダンジョンのような雰囲気を醸し出していた。
展示物には透明で強靭なカバーがかけられている。その中には、ノイエのマイナーな美術品や、大昔の生活用品などが荘厳な様子で並んでいる。普段なら更にライトアップもされて、もっと真面目な顔でひとびとを見下ろしているのだろう。流石は中央博物館。ミーシャはああいっていたものの、僕にとっても面白く感じるものばかりだった。そういえばテレビでも、最近は隣世界に行く為の費用が安くなってるのもあり、金持ち学校の修学旅行でこの博物館に行く、なんて話がされていたのを思い出した。
『ミーシャちゃん、継護くん、聞こえるかな?』
インカムにシンさんの声が聞こえた。
「聞こえますよ」
「通信できてるみたいね」
そう返事をすると、シンさんはほっとしたように息を吐いた後に、敵の情報を教えてくれ始めた。
『今、貴方たちがいるのが一階の中央玄関。三体のディソナンスがいるのは、東展示室だよ!』
「ありがとう、それで、ディソナンスの様子はどう?」
ミーシャが尋ねると、シンさんは不可解だというような声をだした。
『なんか……遊んでる?』
遊んでる? どういうことだろう。僕がミーシャに目をやると、彼女も軽く首を傾げていた。
静かに、てってこ東展示室に向かっていくと、次第に展示物に違和感が見えてきた。
「……ねえ、ケース汚いわよね?」
そう、透明なケースが軽い泥のようなものや、指紋のような白いあぶらで汚れていたのだ。まるでマナーを知らない子供が触ったかのようだ。
「なんでだろう……ディソナンスが出る前に触られたとか?」
「いえ、警戒用の魔法陣があるはずよ。解除しない限り、人格者は触れないわ」
それはそうか、じゃあどうして……? と唸っていたら、インカムからシンさんの声が飛んだ。
『いたよ! 向こうの彫刻!』
シンさんが示した彫刻に目を向けると、そこには衝撃の光景があった。
『キキャキャキャ! いぇーい! もっと高いとこまでのぼろーぜー!』
『いいねー! オレはぁ、あ! この剣かっけー! ケースから出して、ポーズとっちゃおっかなー!』
『つーか広! わあぁああああああ!! あははっ響く〜!』
赤い顔をして、服を着ているだけの猿がそこにいた。カバーに覆われている彫刻にのぼる猿。それを、囃し立て、古い剣を飾っているケースをバンバンと叩く猿。更に大きな声を出して、駆け回って静寂を壊すことで遊ぶ猿。
とてつもなく行儀が悪すぎる猿たちだった。
「……うっわ……」
そのマナーの悪さに生粋のお嬢様であるミーシャが顔をしかめる。一般男子高校生の僕もだいぶ引いてる。ディソナンスだからなぁと諦めたり、このべたべた誰が掃除するんだろうなどと考えたりもして。
「ねえ、どうしよう、あいつら」
「どうしようもこうしようもないわよ。折角遊んでるなら、不意打ちで……」
そうしてると、ディソナンスの方が僕達に気付いたようでキシャ⁉ と鳴いた。
『げっバレた!』
『アァ⁉ 何見てんだよ!』
『見せもんじゃねーぞ!』
そう口々に凄んでいるが、まあ僕達は倒すだけだ。
「あら……。まあいいわ、ケイゴ、炎をおねがい」
「了解」
僕は魔力を込め、ミーシャに飛ばす。すると、ミーシャの拳にメラメラと炎が纏い、足元に炎のブーツが出来上がった。
『なんだそれ! かっけぇー!』
「あんたたちを倒すわたし専用の武器よ!」
ミーシャはまず、フロアを走り回って静寂をブッ壊していた方の猿に襲いかかった。
『ごぼふっ‼』
一回腹に拳をぶち込み、軽く浮かせる。
「うにゃにゃにゃにゃにゃ!」
可愛い声とは裏腹に、鈍い音が猿の腹からする。ごすごすごすと連続パンチが打ち込まれていった。ミーシャ本人の魔法が回ってどんどん拳の速度が上がっていく。炎が猿の腹を焦がし、猿の声が聞こえなくなっていった。
「これで、とどめっ!」
そう叫んで、ごっ‼ と最後に拳を打ち付けると、猿は断末魔を上げる間もなく光の粒になって消えていった。
『ヒ、ヒイ』
「よーし、僕も頑張るぞ……」
僕はケースの前に立っていたディソナンスに目を向ける。彼らは『ひどいだろ!』『やりすぎだろ!』と喚いていたが、普通に迷惑行為をしているのはそっちの方なのであった。
「“守護炎”!」
そう叫び、僕は自分に炎を纏わせる。すると、体の中から熱が湧きあがり、炎と自分が同化するような感覚になった。瞬きをするたびに小さな火が散る。手足を動かす度に炎が揺らぐような魔力の漏れが見えた。
猿はやけっぱちにでもなったのか、僕が弱そうだから勝てると踏んだのか、『うおおおおおおおおおお‼』と雄叫びを上げながら僕に殴りかかってこようとする。
僕は、それを避けてはいけない。
「来い!」
猿の拳が僕の顔面を捉えようとした瞬間、炎がそれの拳に巻き付いた。
『ワチャア‼』
猿が大きく体勢を崩した。今だ!
「うりゃあ‼」
僕は猿を羽交い締めにした。すると、僕の炎が猿に引火し、その身体を丸焼きにする。
『ワチャチャチャチャチャ‼』
「熱いだろうね」
じたばた暴れる猿の身体を必死に抑え込み、火力をあげると、次第に猿は大人しくなっていき、黒い灰になった傍から光の粒になっていった。
『へ、へん』
残った猿は四メートルほどの彫刻の上からふんぞり返る。
『お前ら、見てたら近寄んねえと俺らを殺せねえんだろ! じゃあ、ずっとここにいたら勝ち確なんだよなあ!』
まあ、正直今の状態では手詰まりに見えそうなのはそうであった。ミーシャがじとりと半目になる。
「援軍来たらどうするのよ……何も考えてないのね」
考えてるんだと思う。考えた上でこの発言なんだと思う。僕はそう思ったが、あまりにも無駄に煽ってしまうため、黙っておいた。
「でも、このランクのディソナンス相手に援軍呼ぶのもしゃくね。私でもこの大きさは飛び上がれないし」
「うーん……」
僕らが困っていると、通信が入る。
『あの……あのね、私なら、なんとかできるかもなんだけど、良いかな?』
シンさんがおずおずと提案してくる。そう言えば彼女の魔法は聞いたことなかった。
「え? あなた、なにを使えるの?」
ミーシャがそう訊ねると、シンさんがあはは……と変に笑った。
『……“星降し”。その星は、角宿一(スピカ)』
ミーシャが目を見開く。僕は知らない魔法だった。
「どういうことですか?」
『私たちの一族は、星に想いを乗せるの。そのひとびとの想い、“集合人格”を宿す……つまり、別の人格を私の身体に乗り移らせるの』
僕は思わず驚く。魔法は人格に宿るもの。もし人格を変えることが出来るなら、なんでも好きな魔法を使えるのと同じ意味だ。
「す、すごい‼」
『や、やめて、やめて……私はまだ未熟だから、ひとつしか魔法を変えられないし、それに……』
彼女は言いよどむ。だが、意を決したように「ううん」と呟いた。
『……後で怒んないでね?』
彼女がそう一言言った後に、ぼそりと呟く。それは、インカムを通じて僕らの耳に届いた。
「“蹂躙の乙女よ、私を愛して”」
それは、愛で呼ぶ呪文だった。
う、と小さな呻きのあとに、シンさんの様子がおかしくなる。音声だけだからなにが起こっているかわからないのが不安だ。
『へへ~ん! どうした? はやく帰れよ!』
調子に乗った猿がキャイキャイはしゃいでいる。
その猿の頭上から、何かが降ってきた。
『ぐはっ!』
そして、猿の背中にぶち当たり、床にドン! と落ちてくる。それは、小さな流れ星だった。
インカムから声が聞こえる。
『さっきからなんや、聞くに堪えへんわ』
誰だ? 一瞬わからなくなるが、声の質はシンさんだ。人格が変わったのだ。
『知らん土地ではしゃぐのもかましまへんけど、おのぼりさんは、よお目立つで?』
まるで西部地方の、大昔の都の言葉遣いだ。シンさんよりもずっと大人の人格が入ったのかもしれない。声だけでもかなりはんなりとしている。
「し、シン、さん?」
『ん? まあ、この身体はそういう名前やわなあ』
間違いない、この声はシンさんが降ろした人格なのだ。
『それより、ほら、どうにかせんでええんか?』
僕らははっとして、痛みを耐えながら立ち上がろうとする猿を見た。
「いくわよ!」
「うん!」
僕はミーシャの身体の炎の火力を上げ、更に硬くする。そして、ミーシャは弾かれたように猿の方へ飛び出していった。
『ま、まって』
「待たない!」
ミーシャは三連続、右、右、左で猿に拳を打ち込み、腹に膝を抉りこむ。めらり、めらりと炎が広がる。
『ぐ、は』
膝をついた猿の後ろに回って背中を蹴ってべしゃりと潰すと、後頭部を踏みつける。
「やーっ‼」
そして、まるでサッカーボールを蹴るかのように頭につま先をクリーンヒットさせた。
スポーン! と綺麗に猿の頭が飛んでいく。うわ、と目を背ける前に最後の猿はきらきらと光の粒になっていった。
「これでおしまいかしら」
ミーシャがふぅ、と息を吐く。
「お疲れさま、ミーシャ」
「おつかれ、ケイゴ」
僕らはこん、と拳を打ち合わせた。
『青春してはるとこ悪いけど、まだおるで』
シンさんがそう言うと、ヒュウ、と何かが風を切る音がした。
ゴシャアアアン!
そして、一つの展示物に流れ星が堕ち、ケースがバキバキに割れた。
「ええ~⁉」
「はあ~⁉ にゃにやってるのよ!」
僕らが困惑していると、シンさんが静かに言った。
『ほら、来はるで』
その展示物は、豪華で大きな墓だった。その蓋がぎし、とゆっくり開くと、むっくりと二つの影が這い出てきたのだ。
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