《3-3》トゥ・メディア・アランチャ

 まあ、部隊が出来たからと言ってすぐになにか起こるわけではない。僕らは訓練をしたり、のんびりとお互いについて話し合ったりして、何もない平和な時間を過ごしていた。

 そんな中で、僕ら『ARANCIA』は親睦を深めるためにどこかに遊びに行こうという話になっていた。お互いを知り、癖などを理解しておくことで、戦闘にも役立つだろうという話である。まあ、結局僕らは若者なのだ。暇で、金がなく、そして楽しいことが好きなのであった。

 僕らは、スマホと液晶石を手に、『ARANCIA』の待機室でぼちぼちと話し合いをしていた。

「どこに行きたい?」

 僕がミルクティーを飲みながら、遊園地の値段を見てはひとりで却下する。流石にこの値段をポンとは出せない。

 ミーシャはそんな縛りは何もないようで、優雅に僕と同じミルクティーを飲んでは「どこでもいいわよ」と呑気に構えている。

「うーん、私もそんなに詳しくないんだよね。というか、皆趣味とかってないの?」

 シンさんは緑茶をひとりで淹れて、おせんべいをぽりぽりと食べている。僕もそっちでも良かったなとか思ったりなどした。他人が食べているものを見るとちょっと欲しくなるのはひとのサガなのだ。

「趣味か……僕は昔の菊花帝国の本を読むのが好きかな。学校でも古文が一番好きですね」

 それに、ミーシャが納得したような声を出す。

「へぇ、やっぱりイマガワの倉からのモノの影響?」

「うーん……どうだろう?」

 ミーシャからはそう言われるが、僕としてはそんなつもりはない。だが、そう言われればそんな気もしなくもないから不思議だ。

「私は料理が好きだよ。あと、神社や美術館、博物館に行くのもいいよね」

 シンさんはそうくすくすと微笑みながら言う。おしとやかそうなシンさんには、確かにすごく似合っている趣味だ。

「あ、いいですね。僕も博物館好きですよ」

「本当? じゃあ今度一緒に行こう?」

 シンさんと行く場所は決まったようだ。さて、最後はミーシャか。

「ミーシャは? 『MELA』グッズ集め以外で」

 僕が茶化すようにそう問いかけるが、ミーシャは首を傾げて唸っている。

「……無いわ」

「無いの⁉」

「へぇ……意外」

 僕らは目を見開いて驚く。お嬢様なんだから、なんらかの嗜みくらいはあるのかと思っていた。

 だが、ミーシャはふるふると首を振り、そんな僕らの予想を打ち消す。

「勉強ばかりだったから……『MELA』のグッズとかだって、お母さまから許されるのが、強い部隊の戦闘記録を見ることくらいだったからよ」

「…………」

「あら……」

 僕らは黙りこくってしまう。こんな空気は良くないと思い、あれこれ考えるものの、どうしたらいいのかわからない。

 そのとき、沈黙を破ったのはミーシャだった。

「……わたしも、博物館にいきたいわ。オススメの場所を教えてほしいの」

 そうぴるぴると耳を震わせるミーシャは、酷く幼く見えた。

「……そんなの、もちろんだよ!」

「ミーシャちゃんが今までで一番楽しいって思うお出かけにしようね!」

 僕らの言葉に、ミーシャは青い瞳を海のようにきらきらとさせる。そして、静かにこくりと頷いたのだった。


 * 


『【ご来場者様へのお詫びとお知らせ】』

「え、展示品が一個ない?」

 僕達は、クラスィッシェの第53区域の美術館に来ていた。僕達、演者(クンスター)は、実はかなり目に余らない限りは、転移装置を私的利用しても見逃してくれるのだ。福利厚生の一部だと僕は思っている。

 それはともかく、僕らは本当は中央博物館に行きたかったのだが、なんだかミーシャが「嫌な予感がする」と言い出して、急遽別の場所になったのだ。その中央博物館はミーシャも行ったことあるようだったし、せっかくなら全員行ったことのない場所にしようと美術館に足を向けたのだ。

 すると、美術館の前に看板があり、そこには、その美術館の中にあったはずの展示品が一つ盗難の被害にあっているというおしらせがあったのだ。

「ええ! 見たかったなー」

 シンさんが残念そうに肩を下ろす。

「まあまあ、それ以外のものがあるからいいじゃないですか」

「ケイゴ、ケイゴ」

 ミーシャが僕の腕をトントンと叩く。

「どうしたの?」

「盗まれた展示品ってなんだったの?」

「ん~とね」

 見てみると『女王のための首飾り』と書いてあった。恐らく、西側の国で出土した、古代の煌びやかな首飾りだろう。献上品だから、相当豪華だったはずだ。

「多分、とっても綺麗な首飾りだよ。宝石なんかもついてたんじゃないかな」

「ふうん……」

 ミーシャは興味があるような、無いような、そんな曖昧な返事をして、とことこと美術館内に行ってしまった。

 やれやれ、僕らも行くしかない。僕とシンさんは目を合わせ、くすりと笑うと、ミーシャについていくことにしたのだった。


 館内はそれなりに賑やかで、やはりちょっぴり前衛的なオブジェなんかもあったりする。遠足かなにかがあるのだろうか? それに上ろうとした子供が先生みたいなひとにこっぴどく叱られているのも目についた。いたいた、こういう子。

 僕らは静かに館内を見て回り、芸術に触れる。大昔の美人画や、なんてことない風景を描いた絵画、突飛な風刺画なんかもかざられている。だが、全体的にクラスィッシェ出身のひとの作品が多いようで、集中してみてみると、色を作るのに魔法を使っていたり、魔力を練り込まれた絵の具が使われていたりなどしていた。

 特に僕が面白いと思ったのは、タイニィリングが描いた風景の絵だ。それは、人間やエルフ、ドワーフなんかの足元や膝裏ばかりの絵だった。タイトルは『視界』。確かに彼らからしてみれば、世界はこんなにも膝だらけなのかとくすっと来てしまったのだった。

 僕がそこで立ち止まってると、他の人たちが消えてしまう。どこに行ってしまったのだろう?

 きょろきょろと辺りを見回しながら探していると、白い影がすぐに見つかった。

「ミーシャ?」

 僕が彼女の背中をとんとんと叩く、彼女はビビクッとして一瞬すしゅっと後ろに飛びのいた。

「あぁ。にゃんだ、ケイゴか」

「ごめんごめん、なに見ていたの?」

 僕が訊ねると、ミーシャはその絵画を見上げた。

「わあ……」

 そこに描かれていたのは、エルフの森だ。優しい日差しと木の甘い匂いさえ漂ってきそうな、郷愁を思わせるような風景だった。その中に、ひとりの金髪のエルフが立っていて、足を晒している。そんな神々しいような、日常的なような、不思議な絵画だ。

「綺麗だね」

「……この絵、もしかして」

 ミーシャが題名と解説をじいっと見詰める。そして「あ。」と小さく呟き、少しだけ微妙な顔をした。

「どうしたの?」

「いや……」

 僕もその解説を読んでみる。

『【勇者の故郷】三世紀前に描かれた、とある傷付いたエルフが回復魔法を使っているときの光景を、作者が頼み込んで描かせてもらった作品。なお、モデルのエルフの女性は、当時600歳程度で、少し前まで演者をしていたようだ』

 ミーシャが頭を抱えた。

「アビゲイルさんだわ……」

「アビゲイルさん?」

 僕が訊ねると、ミーシャはどこか気まずそうにも見える顔でこくりと頷いた。

「『MELA』の……モニタータクト……今851歳だから……彼女以外に演者(クンスター)だったエルフはいないの……」

 限界オタクもここまで来たら怖い。僕は「へえ、そうなんだ」と流してシンさんを探すことにした。

「ちょっと……! わかってるわよ、気持ち悪いってことくらい……!」

「気持ち悪いとは思ってないよ、怖いって思っただけで」

「なお悪いわよ……!」


 僕らはシンさんを探して暫く歩いた。だが、シンさんは中々見付からない。

「どこに行ったのかしら」

「シンさんに限って、迷子とは思えないし……」

 そう言って、出土品のコーナーに入ると、緑の髪の少女を見つけた。よかった、シンさんだ。

 シンさんも僕らが入ってきたのに気付いたようで、ひらひらと手を振っている。

「何見てたんですか?」

「見てたって言うか……」

 そこにあったのは、空っぽのショーケースだった。

 説明を見ると【女王のための首飾り】とある。

『九世紀前にクラスィッシェ第60番地域の女王に、第55番地域の王子が献上した品。この首飾りと10万の兵により、婚礼が認められた』

「うわあ……見たかった」

 想像すればするほどに美しいであろうことがわかる文言だった。

「ねえ……見つけてあげられたらいいんだけど」

 シンさんがそう呟くが、我楽団は探偵でも警察でもない。行方不明者を探すのは得意だが、失せ物探しは畑が違った。

「そうですね……」

 僕らは諦めて、ある分を楽しむしかない。これが無かったからといって面白さが半減するわけでもない、と、僕らは夕方になるまで美術館を楽しんで帰ったのだった。


 * 


 ピロピロピロピロ! とかけていたインカムに通信が入ったのは、美術館へ行った次の日の放課後のことだった。

『第13部隊コンダクター補佐、今川継護です! どうぞ!』

『ちがうでしょ! 特殊部隊『ARANCIA』隊長、ミーシャ・リリーホワイトよ! どうぞ!』

『あぁそうだった!』

『あははっ! 同じく『ARANCIA』モニタータクト、シン・ジアオスウです、どうぞ』

 なんだか先生と母さんを呼び間違えたときのように、すごい羞恥心が襲ってくる。首を縮めながら、僕は通学路のはじっこに寄って通信を聞いた。


『こちら、ディソナンス対策研究室、研究員のイヴ・アルヴィエだ』


『いゔッ!?』

 ミーシャの声がひっくり返った。僕も驚愕の声を上げそうになる。

 彼は、通信の向こうのひとは、ミーシャが憧れ、僕らが目標にしている元『MELA』の隊員の吸血鬼、イヴ・アルヴィエさんだった。

『え、なに? もしかしてオレのファン?』

 イヴさんは照れたようにへへへと笑う。それにミーシャがすごい勢いで食いついた。

『は、はいっ! えぇ!? 今ディソナンス開発研究室におられるんですか!?』

『まあなー。研究室っつーか、自分で捕まえたディソナンスの血液全部抜けってすんげーだるい仕事なんだけど……ま、いいや、お前ら仕事! 初仕事だぞー!』

 ごくりと喉がなった。僕ら『ARANCIA』の初めての任務がこれから始まるのだ。

『任務コードは01! つまり、もうディソナンスは見付けてるからお前らは倒すだけだ! 場所も後でコンダクターに教えるぞ!』

 この時点で、すこし力が抜ける。良かった、捜査がいらないなら、ペーペーの僕でもなんとかなりそうだ。

『十八時半(ヒトハチサンマル)にシン、十九時半(ヒトキュウマルマル)にリリーホワイト、イマガワはブリーフィングルーム集合だ! 頑張れよ! 以上!』

『り、リリーホワイト了解!』

『今川了解!』

『シン、了解!』

 こうして通信は途切れた。

 よし、と気合を入れようとしたら、スマホがムウムウと喧しい。見てみると、ミーシャが滅茶苦茶混乱したような様子で僕のDMにメッセージを送っていた。

「……ほっとこ」

 どうして元『MELA』があんなところに? と思わなくはないのだが、今の僕達には関係ないこと。それよりも優先しないといけないのは、僕達の初仕事のことだった。

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