5、

 

 これまでと同じように13歳で祖父が倒れ、父が家督を継いだ。私は14歳となり、これ以後の人生はこれまでのループとほぼ変わらない。


 家族は何も変わらない。


「こんなことも出来ないのか? リリア、お前は本当に無能な娘だな」

「まあリリア、こんな不味い物を母に食べよと言うの? とっとと作り直してきなさい!」

「おいリリア、別邸に僕の荷物を運んでおけ。馬車なんて使うなよ、どれだけ重い物も、お前が荷車を引いてやるんだ」

「リリアが僕のお姉様だなんて恥ずかしい」


 主だった使用人は全て解雇され、ほとんどの雑務仕事は私がやらされるようになった。これまでのループと同じように私を馬鹿にし、嘲笑いこき使う家族。


 せいぜい馬鹿にすればいい、いいように利用すればいい、笑えばいい。

 されたらされるだけ、私は家族を憎む。復讐への炎が勢いを増す。


 極めつけはミリス。


「ああリリアお姉様はなんて可哀想なの。お姉様のように、無能で愚かで醜くて誰にも愛されない、生きてる価値のない存在なんてそう居ないわ。お姉様は神に疎まれて生まれてきたのね。いえ、神の過ち、生まれてはいけない存在だったのよ」


 そう言って、私に水をかける義妹。コトリと空になった水差しが、テーブルに置かれる。


「対して私を見てごらんなさい。こんなにも美しく誰からも愛される存在。私は神の祝福をうけ……愛されて生まれてきたの」


 それから俯く私の顔を下から覗き込む。醜く顔を歪ませて。


「可哀想に、ああ可哀想にお姉様。ねえ羨ましい? 私のこと、羨ましい?」


 何度ループしても、義妹はずっと私を見下し馬鹿にしていた。だが今回はこれまでで一番酷い。

 なんとしても自分が上だと私に知らしめたいらしい。一度歯向かったことが、そんなにも彼女のプライドを傷つけたのか。……なんともちっぽけなプライドである。


 私が俯いているのは、笑い出しそうなのを必死でこらえてるからだってこと、義妹はまったく気づいていない。

 私が無能を演じていることを、家族の誰も気づかない。


 本当は、もう何度もループして使用人の仕事くらいこなせるようになっている。

 今現在からこの先まで、領土にどのような問題が起こるかも知っている。民が何を望んでいるかも当然分かっている。

 けれど私は何もしなかった。

 肉体年齢に相応しい動きをし、何も知らない子供を演じた。雑務は失敗続きの無能さを家族に見せつけ、執務に関して何も口出ししなかった。


 父はやっぱり愚鈍な公爵となり、領地は荒れた。何もしなくても民の不満の声が聞かれるようになった。けれどやっぱり父は何もしない。


「文句を言うやつらは捕えて牢にでも入れておけ」


 などと、とんでもないことを街や村の自警団に指示を出すだけ。当然不満は大きくなった。


 ああ笑いが止まらない、この先にどんな未来が待ち受けているのか。何も知らない家族を見るのが楽しくて仕方ない。

 どれだけ虐げられても、まったく苦ではない。


 これまでと全く同じループ、けれど大きく違う今回の人生。

 一番の大きな違いは、ベントス様とメルビアスの存在。彼らは表立って私を助けようとはしなかった。そうお願いしてあったから。だが時に裏で、家族の目を盗んでは私の様子を気にしてくれている。

 メルビアスに至っては、堂々と公爵邸に足を運んできた。


「きゃあ! メルビアス様、お待ちしておりました!」


 ミリスが喜んで入れてくれるからだ。そのたびに兄が悲痛な顔をするのを、ミリスは知っているのか。私は笑いをこらえているけれど。


「ベタベタくっつくな、気持ち悪い」

「お前に用はない、触るな」

「いいからお前は鏡に向かってずっとしゃべってろ」


 というふうに塩対応なのだが、ミリスはめげない。

 いい気がしない兄がミリスを呼ぶなどして、彼女が席を離れた途端にメルビアスは私のところにやって来ては、


「大丈夫か? ひどい目に遭ってないか?」


 と気にかけてくれる。そのたびに頭を撫でたり頬を撫でるのは……ちょっと心臓に悪いのでやめてほしいのだけれど。嫌だと抵抗できない自分も悪いのだろうが、恥ずかしいけど触ってほしいという矛盾に悩んでいるのだ。


 ベントス様も、ときおり家族の目を盗んで贈り物を届けてくれたりする。買い出しを命じられて街に出た時に、私が屋敷に寄ることもある。


 これまでと違って味方がいること、心の拠り所があるのは非常に大きな変化で、非常に私の心を救ってくれた。

 家族からの行為を耐え忍ぶことができたのである。


 そうして。

 私はついに17歳になった。


 そして──暴動が、起きる。

 

「なんだ、なにごとだ!?」


 地鳴りのような大きな音に、父が椅子を倒す勢いで立ち上がる。音は屋敷の外から聞こえてくる。そしてそれは遠くから、徐々に屋敷へと近付いていた。


「旦那様、大変です! 民が暴動を起こしたようで、屋敷へと大挙して押し寄せております!!」

「なんだと!?」


 数少ない使用人からの報告に、青ざめる父。


 父が家督を継いでから、この公爵領は本当に酷かった。父は何もしない、執務をしない、ただ贅を尽くすのみ。

 父も母も兄も弟も、そしてミリスも。誰も、だれ一人も公爵領を良くしようと、動く事は無かった。

 自分たちの贅沢のため、民から税を搾り取る。足りなくなれば増税してまた搾り取る。その繰り返し。民の生活は困窮し、領土は荒れ果てた。


 地鳴りが近づき、外が騒がしい。何度も聞いた民衆の声だ。

 暴動が起きた。


 ──予定通りに。


 屋敷が襲われようとしている。


 ──これも予定通りに。


 追い詰められ、青ざめる私と家族。


 ──全てが予定通りに。


 人がほとんど居なくなった公爵邸はアッサリと侵入を許す。

 固く閉ざされた扉の向こうに、押し寄せた民の気配を感じ、私は知らず体を震わせた。

 その扉が開けばどうなるか分かっているから……全て知っているから。かつて体験したことを思い出し、身震いする。それは恐怖か、それとも歓喜の震えか。


 チラリと視線を横に向ければ、蒼白な顔の両親に兄に弟。兄に抱きしめられて震えてる義妹。


 義妹──全ての元凶。


 彼女の闇魔法による魅了により、私の家族は家門を潰す事態にまで落ちぶれた。

 もう、暴動は止まらない。

 止まる必要はない。


「いや、いやよお兄様……ミリスは死にたくないです」

「泣くなミリス、大丈夫だ僕がいる」


 16歳となったミリスの美しさは、今や輝かんばかりだ。家族の寵愛を今この瞬間も受け、彼女が流す涙すらも家族は見惚れる。

 18歳となった兄は、今や立派な青年。だがその顔はなんとも頼りない、泣きそうな顔だ。こんなのが公爵家後継ではどのみち未来はない。──まあミリスが自分を後継にと望むかぎり、どのみち彼は後継になれそうもないのだが。


 15歳とすっかり大きくなった弟ガルードは、なにが起きたのか分からぬままオロオロとし、母に抱きついている。母もまたどうすればよいのか分からなくて、ただ愛する息子を抱きしめた。


「みんな大丈夫だ、まだ手はある」


 青ざめながらも、父はそう言って家族──私を除いて、だが──を見回した。


「領土内の問題や財政の使い込みは、全て一人の責任である事にするのだ。我儘に傍若無人に振舞った一人のせいにすれば良い。そうすれば、私達への怒りは消え、一人の犠牲で皆が助かるのだ」


 その一人とは誰か、聞かずとも分かる。

 皆が一斉に私のほうを見た。その視線を私は冷静に受け止め、目を細める。


「リリア、良いな?」


 許可を得ようとする問いではない。

 それは問いに似せた命令。


「……」


 私はそれに何も答えない。

 だって何度もそれは経験してきたことだから。


 かつて私は泣き叫んで慈悲を請うた。

 かつて私は喚き散らして暴れた。

 かつて私は窓から逃げようとした。


 かつてかつて──


 けれど望みは一度とて叶う事は無かったのだ。


 誰あろう、確かに血を分けた家族に裏切られ。

 誰あろう、たった一人血の繋がらない義妹のために。


 私は生贄にされ、領民に処刑されたのだ。


 ……いや、今現在で見ればこれから処刑されるのだ。少なくともこの場に集う家族は誰もがそう信じて疑わない。


 誰も私が死ぬことを悲しまない。

 自分たちが助かる、ミリスが助かる。それだけを喜ぶ。


 何度時間を巻き戻したのだろう?

 何度同じ生を過ごしたのだろう?

 その都度努力した。家族に愛されるよう努力した。


 けれど最後は必ず裏切られた。


 ならばもう──期待はすまい。


 私はスッと無言で立ち上がる。そしてスタスタと扉へと向かうのだった。扉はけたたましい音を立てて揺れている。おそらく丸太か何かをぶつけて開けようとしてるのだろう。それでも簡単に開かぬほどに、頑丈な部屋なのだ。何かあった場合の避難場所なのだから当然だ。


 だが。


 扉に手を伸ばす。

 鍵を開けてしまえば?

 それはいとも簡単に開くことだろう。


「お、おいリリア!?」


 焦ったように私の名前を呼ぶアルサン兄様。


 彼は理解出来ないだろう。

 私がどうして自ら死を選ぶような事をするのか。

 扉を開ければ、確実に死が待ってるはずなのに、どうしてこんな事をしようとしてるのか理解できまい。


 私は振り返って家族全員の顔を見た。義妹の顔も。

 全員が私の動向を見守るのを確認し、私はクスリと笑った。


「誰も私が死ぬことに反対しないのですね?」

「リリア……?」

「お母様は私が犠牲になれば、ミリスが助かると喜ぶのでしょうね」

「り、リリア……母様も苦しいのよ。でも可愛い妹のためでしょ、ね?」


 何が可愛い妹の為に、だ。

 貴女はお腹を痛めて生んだ私より、他人のミリスの方が可愛くて仕方ないのね。


「お父様。お父様が提案なさったことなのだから、私がこの扉を開けること、反対なさらないでしょう?」

「あ、ああ……リリア、お前の尊い犠牲は無駄にせん。お前の分まできっと幸せになるから……」


 ふざけるな。

 お前の分?

 私は一度も幸せだと思ったことなど無かったわ。私の幸せはゼロなのに、どうやったら私の分まで幸せになると言うの?


「お兄様にガルード」


 兄と弟を見る。

 二人とも、何も言わない。だから私も一瞥をくれただけで、無言で扉へと視線を戻した。


──ミリスのことは、見ることもなければ声をかけることもしない。


 手を伸ばし扉に触れる。外からは頑丈で開かない扉は、けれど中からは簡単に……カチャンと音を立てて鍵は開いた。


 復讐の扉が、今開かれる。

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