3、

 

 思えば家族から、呪われた生から逃れようと足掻くだけの人生だった。どのループでも色気が皆無であった。

 ──そんな私に……男性経験皆無な私に、そういったことへの免疫があるわけない。


 ちょっと甘い言葉を囁かれるだけで真っ赤になって身悶える。ひと言で言えば、チョロいんですよ! 自分で言うのも情けない話だけど。


「お祖父様……メルビアスという方をご存知ですか?」


 今日ベントス様の所で何があったかの報告ではなく、いきなりの質問に祖父が顔をしかめる。


「なぜお前があいつを知っている」


 もうそれだけで分かる。祖父がメルビアスをどう思っているかを。


「ベントス様の所でお会いしました。古くからのお知り合いだと。お祖父様のこともご存知でしたので……」

「ああ、なるほど。あんなのと仲良くできるベントスの気がしれん」

「メルビアスの魔法に関して、お祖父様は詳しくご存知ですか?」


 なぜそんな質問をするのか。そんな疑問を目に浮かべながらも、何かを察するようにその問いは口にされず、「お前の魔力に何か関係するのか?」と聞く。この頭の回転こそが、祖父が優秀な公爵たるゆえんだろう。父には無いものだ。


 だから私も余計な前置きはしない。今日知った、私が持つ時と光の魔法に関して話す。

 死ぬたびに何度も戻ること。戻った先は修正すべき大事なポイントであること。

 そしてミリスの闇魔法、魅了の話。私の体に張られた防御壁。


 それから──祖父の病気のこと。それまで何を考えているのか分からない無表情で話を聞いていた祖父は、ここでようやく目を細める変化を見せた。


「私は死ぬのか」

「このままですと、確実に」

「ミリスの闇魔法の呪いで?」

「分かりませんが、おそらく。今、お祖父様を見て確信しました。体の周囲に黒いモヤがかかっております」

「黒いモヤ……」


 私の言葉を繰り返して、自身の体をマジマジ見る祖父。当然ながら黒いモヤは祖父には見えていない。

 私もこれまでは見えなかった。自らの光の防御壁が分かるようになって、初めて見えた。


「にわかには信じがたいな。体調不良を感じたことなど一度もないぞ」

「ならばこそ、余計に魔法による呪いの可能性が高まるというもの」

「そうか」


 そこで祖父は黙り込む。誰だって自分の死期を知らされて、心穏やかでは居られないだろう。


「だがその話を迷わずするということは、何か打開策があるのであろう?」


 そこで悲観することなく、顔を上げた祖父は確信のもとに私に問う。その目は生きることをけして諦めては居ない。いや、死ぬことなど微塵も心配してないように見える。

 だから私は、話が早い祖父が嫌いになれないのだ。私同様に理不尽な死に抵抗し、生きる道を模索する。祖父と私は、やはり血縁。


「今の私なら、お祖父様の呪いを解呪できるかと」

「出来るのか?」

「メルビアスが教えてくれました」

「メルビアスが?」

「はい」

「信じられんな……」


 そう言って顎に手を当て考え込む祖父。一体あの男は何をしてここまで祖父に信頼されないのか。絶対、顔に落書き事件だけではないだろう。


 けれど彼の魔力と魔法の知識は確かだ。自身は使えずとも、かつて見知った光魔法の使い手から学んだ知識を私に授けてくれた。


『次会うときは俺のことを師匠と呼ぶように』


 と言い添えて。


「私に任せてください。……信じていただけますか?」


 祖父と私の間にどれだけの信頼があるのか。情けないことに私には分からない。祖父の気持ちが分からない。


 だが。


「ああ、信じよう。孫のお前のことはいつだって信じているさ」


 予想外な言葉に、私は一瞬言葉を失ってしまった。

 魅了されてるとはいえ、家族の誰も私を信じてくれなかった。

 だがここに初めて私を信じてくれる家族が現れたのだ。不覚にも目に涙が浮かぶ。けれど泣いてる暇はないのだ。


「では、椅子に座ったまま体の力を抜いて……目を閉じてリラックスしてください」


 涙を乱暴に拭い、祖父へと近づく。そっとその肩に触れる。


「では、いきます」


 スウと息を吸って集中する。祖父への呪いを解くために。


 数分後……いや、どれだけの時間が経過したかは分からない。

 静まった屋敷内に叫び声が響いた。


「きゃああああ! 誰か、誰か来て! お祖父様が!!」


 私の叫び声が響き渡ったのだ。


* * *

 

 祖父が血を吐いて倒れた。その日から公爵邸は大騒ぎだ。

 と言っても、家族がバタバタしているのは、祖父が倒れた事に対してではない。


「父はもう駄目だ、私が家督を継ぐ。爵位継承にあたり、王家に文を出せ! まずは国王の承認を得ないとな……どうせ承認されるに決まっているのに面倒なことだ」


 父が慌ただしく動く。これまでロクに祖父の仕事を手伝いもしなかったくせに、こんな時だけは仕事が早い。とにかく早く爵位を継承したくて仕方ないのだろう。

 ──そうしたら、この領土は父の思うがままだから。


「ねえあなた、爵位を継承したらお金は自由に使えるのでしょう? わたくし、ドレスと宝石アクセサリを新調したいですわ」


 父にしなだれかかる母。


「ああ構わないさ、好きに買えばいい。なにせ父はとことんケチだったからな、かなり貯め込んでいるだろう。俺も好きに使うさ」


 およそ領主となる者の発言とは思えない、父の言葉。もうこの公爵領の未来はこれで決まったというもの。……まあ、何度も見てるから知っているけれど。


「父上、僕も色々欲しい物があります。それに我が領土は広い。別邸を建ててミリスと二人で住みたいのですが」

「かまわんぞアルサン、お前も好きにすればいい。せいぜい豪邸を建てるがいい。ミリス、お前も別邸が建ったら好きにしていいぞ」

「ふふ、ありがとうございます、お父様」


 兄と父と義妹の愚かな会話も聞こえる。

 祖父が倒れるという慌ただしい中で、ミリスは私に手を出してはこなかった。二人きりにならないよう細心の注意を払っていたのも功を奏したと思われる。

 それでもミリスは時折私を攻撃的な目で見るが、それも一瞬。それより大事なことが今はあるのだろう。


「しかし若様、まずは旦那様がどのような施策をされてる途中か、そしてこれから何が必要かをこの領土内を見て回って……」


 祖父が信頼を置く老齢の執事が進言するも、「黙れ!」と父は一喝する。


「父はもう引退だ、私こそがお前のいうところの『旦那様』だということが理解できてるのか!?」

「し、しかしまだ爵位は……」

「そんなもの、すぐに王家の承認がおりて私のものになる! だがもういい、お前らのように父の息がかかった者は邪魔でしかない、解雇だ! 屋敷内は最低限の使用人だけを残す!」


 出た、父の愚策の一つ。側にいる有能な人材を全て切る。残されたのは最低限の使用人のみ。使用人を減らして給金を減らす、父最高で最悪の愚策。

 公爵として何をすべきか、どう動くべきか分からないくせに、助言者を全て排除した父の末路は記憶に新しい。いや、これから起こることではあるのだけれど、私にとって未来は過去だ。


「お父様、そんなことをしては屋敷内も領土も立ち行きません!」


 どうせ無駄だろうと分かってはいる。だが、進言したという事実が大事だ。

 私は父に発言するが、案の定父は「うるさい!」と怒鳴って私を突き飛ばした。


「ならばお前がやればいい! メイドも解雇するゆえ、お前が家のことを全てやれ! いいな、リリア!」


 ミリスに魅了魔法がかけられてるとはいえ、これが父の本性なのだろう。魅了はあくまでミリスを愛するもの、魔法のせいで愚策を行なうなんて有り得ない。父は元から愚かな男なのだ。

 突き飛ばされたはずみで体を壁にしたたかに打ち付けた。その痛みに動けずにいる私の耳に、笑い声が届く。


 クスクスと聞こえるほうを見れば、ミリスと兄が並んで私を嘲笑っていた。


「いいざまだな、リリア。あ、僕の部屋を掃除しといてくれよ」

「うふふ、お姉様がメイドになるんですの? それは素敵ですこと」


 血の繋がらない二人だというのに……兄は、血の繋がる私よりもミリスとのほうが良く似ている。本物の兄妹のようだ。


 何も言い返せずに痛む腕を押さえて、体をヨロリとふらけさせながら立ち上がる。その時だった。


「これは一体なにごとだ?」


 聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。

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