2、

 

「なるほど。妹に殺されて時間が戻った、ね……」


 ベントス様の屋敷に着いて、お土産のケーキを渡す。箱の中身は前回と同じくショートケーキ。ベントス様には申し訳ないけど、フルーツケーキは持ち帰り用の箱の中だ。


「闇のように黒いものを身にまとっていたって、それはそのまま闇魔法だな」


 そう言って、メルビアスはケーキのイチゴを残して食べる。いや、そこはイチゴから食べなさいよ! 私のケーキからはイチゴを真っ先に奪ったくせに。

 ちなみに今回はメルビアスの分も買ったので、彼は私からイチゴを奪わなかった。おかげで心置きなく好きにケーキが食べられる。口の中に広がる甘酸っぱさに思わず目を細めた。時戻り、サイコー。

 って、いけない。本題を見失うわけにはいかない。


「闇魔法?」


 聞き返せばメルビアスは頷いた。


「そう。光魔法と相性最悪のやつ。お互いにな」

「私の光魔法が自動発動してるのは、闇魔法から身を守るため?」

「そうとしか説明がつかんだろ。お前の経験談から察するに、お前の家族、闇魔法による魅了がかけられてるな」

「そうなのね……」


 魅了魔法。それによって家族はミリスを溺愛してるらしい。私は光魔法の防御壁があるから、効かなかったようだ。


「お前を虐げるのはミリスがそう誘導してるんじゃないのか? 魔法の効かないお前を排除したいんだろ」


 なるほど、それは何となく分かる。だからって、家族にされたことを許すつもりはないが。


「お祖父様はどうして効かないんだろ」


 そこが一番の疑問。


「あれに子供を可愛がるという発想が皆無だからだろうね」


 疑問への解答はベントス様がくれた。


「可愛がる発想が皆無……」


 なんだそれはと思うけど、あの祖父なら納得。あの屋敷に古くから勤める執事に聞いたことがあるが、祖父の一人息子である父を可愛がってる姿を見たことないらしい。孫である私達ですらあれだもの。

 父も寂しい子供時代を過ごしたのだな。


 まあ許すつもり無いけど。何度でも言う、理由なんぞどうでもいい、私は絶対に家族を許さない。


 そういえばともう一つの疑問が湧き上がる。


「では箱が爆発したのは? あれは一体なんだったのかしら」


 この疑問にはメルビアスが答えてくれた。


「箱の中、真っ暗だったって?」

「うん」

「なんの光もない真っ暗って状況は、そう滅多とならないだろ。光魔法持ってるやつにとって暗闇は最も嫌な状況だ。そんな最強のストレスが、大嫌いな義妹のせいで引き起こされたんだから……まあ不満と共に爆発したってとこじゃないか?」

「じゃあ歌は関係ないの?」

「そうだな」


 なんだ、歌は関係ないのか。あんなに喉が枯れるまで歌いまくったというのに。なんだか拍子抜け。

 結局のところ、私は魔法使いとしては未熟で、光も時間もうまく操れてないってことか。


「訓練すれば、それなりに使いこなせるさ」

「そうなの?」

「俺様のもとで修業すればな」

「教えてくれる?」


 そう問えば、目を細めてニヤリと笑われた。あ、嫌な予感しかしない。


「俺のことをお師匠様と呼び、お願いしますと頭を下げてフルーツケーキを寄越せ」

「おししょーさま、わたくしめにマホーをおおしえください。よろしくおねがいします」

「そんな棒呼びでは教えん。あとフルーツケーキ」

「そんな物はこの世に存在しません」

「いやあるし」


 誰がお前を師匠と呼ぶか! そしてケーキは渡さん!


 しばし睨み合いしてたら、「こんなメルビアスの姿は初めて見るなあ」となぜか感心するベントス様の声が耳に届いた。


「で、これからどうするんだい?」


 本題に戻すとばかりにベントス様に問われて、悩む。


「とりあえず家に戻ります。でもって……自室に行かずに祖父の部屋に直行します」

「それで?」

「ミリスのあの口ぶりから察するに、お祖父様の病気も彼女が関係してる可能性が高くなりました。私の光魔法でどうにかならないか調べたいと思います」

「そうだね。友として頼むよ」


 前回は話さなかったが、今回はベントス様に話した。祖父がもうすぐ病に倒れて亡くなることを。驚きに目を見張り、寂しそうなベントス様の顔が脳裏に焼き付いて離れない。彼にそんな顔をさせたくなかった。


「俺からも頼む」


 メルビアスも言う。


「へ?」

「ウディアスは少ない俺の友だ。まだ逝くには早すぎるだろ。だから……頼む」

「うわ、気持ち悪い」


 失礼だとは思いつつ……彼にもそんな感情があるのかと、驚きと感動を覚える。

 だがそれを伝えるのは恥ずかしくて、思わず出た言葉に対し、


「お前、本当に可愛いレディだな」


 メルビアスは私の頬をムギュッと引っ張るという行動で、応戦するのであった。


* * *

 

「ただいま戻りました」


 公爵邸に着いて、すぐに私は祖父の部屋へと直行した。今頃私の部屋では、ミリスがハサミと短刀を持って待ち構えてるかと思うとゾッとする。誰がそんな場所に行くか。

 とにかく、絶対にミリスと二人きりになってはいけない。

 あと、しばらくはミリスに対して敵対心を見せないこと。従順で弱い姉を演じていれば、殺そうとは思わないだろう。……多分。


 帰りの馬車で考えをまとめ、今後の対策をねる。細かいことは祖父に相談だ。だがなんて説明すればいいのだろう?


『んなもん、ストレートに話せばいいだろ。あいつは魔法オタクだから、闇だろうとなんであれ、魔力持ちが増えるのは大歓迎なんじゃないか?』


 なぜかちゃっかり帰りの馬車に便乗していたメルビアスとの、会話が思い出される。


『でもそしたら、お祖父様はミリスのことも大事にしない?』


 至極もっともなことを聞いたら、


『あいつ魔法オタクだけど、闇みたいなねじ曲がった汚い魔法嫌いなんだよな』


 とのこと。ねじ曲がった汚い魔法て。


『魔力持ちの義妹とやらに興味はわいても、可愛がるこたあないだろ。下手すりゃ幽閉するんじゃないか?』


 なるほど、それはありえるかもしれない。悪さをしたからと、子供な私を箱に閉じ込めるような人だもの。


『ねえところでさ、お祖父様って一応公爵なんだけど』


 あいつとかどうなのそれ、と暗に聞けば、


『俺は元王子だから構わない』


 というビックリ発言が返ってきた。


『は?』

『と言っても、大昔の、それも異国の、だ。王位は兄が継いだし、自由気ままに生きて、50年前に嫁が死んで国を出た。国ではひっそり死亡扱いになってるはずだ』

『王となったお兄さまは?』

『とっくに死んで、現在その国の王は、俺のことを全く知らない子孫がやってるよ』

『時使いではないの?』

『魔力は遺伝じゃないってことくらい、お前が一番よく知ってるだろ』

『それは、まあ……』


 家族で魔力持ちは私しかいない。ご先祖様にも居たという話は聞かないな。

 うむむ、情報量が多すぎて頭がパンクしそうだわ。


 と、眉間にシワを作って考え込んでいたら、ポンと頭に大きな手が乗った。言わずもがな、メルビアスの手。温かな手が私の頭を撫でる。とても優しく。


『まあそう難しく考えるな、なるようになるさ。そんなシワ作ってたら可愛い顔が台無しだぞ』

『……なにそれ。適当なこと言わないでよ。嘘を言われて私が喜ぶとでも?』


 家族が魅了魔法で私を虐げてたのは分かった。私を醜いやつと蔑んでいたのは虐げの一つであり、本来は黙ってるはずの本心が出てると思われる。つまり私は本当に醜いのだ。控えめに言っても可愛くない。


 だからそんな見え透いた嘘を付くなとギロリと睨めば、不思議そうに首を傾げられた。何を言ってるんだとばかりに。


 そしてメルビアスは私の耳元に唇を寄せて言う。


『なにをそんなに卑屈になってるか知らんが、お前は……』


 息がかかる距離に固まる私の耳元で、彼は囁いた。


『お前は、可愛い。子供なお前に俺の食指は動かんが、数年後なら俺の嫁にしたいくらいにな』

『はあ!?』


 バッと顔を離せば、ニヤニヤ顔のメルビアスが目に入った。


 からかわれたと分かるも、真っ赤になった顔の熱はなかなか引かない。

 その後、ここでいいと言う場所に、メルビアスを放り出すように馬車から追いだしたのであった。


「うあぁぁぁっ!」


 思い出したらまた顔が熱くなってきた。

 戻りましたと言ってしばし無言の後に、突然真っ赤になってしゃがみ込むという奇行をする孫を、祖父は奇異なものでも見るように顔をしかめるのだった。


「……何をやっとるのだ」


 ホント、何やってんだろ、私。

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