第三章 これが最後

1、

 

 痛みを感じるのは一瞬。世界は暗転し、そしてまた時は戻る──


 一瞬の暗闇ののち、私は目を開いた。それが当然であるように。確信して私は目を開いた。

 さあ、今度はどの時間に戻る!?


 クワッと目を見開いた瞬間、一人の男が視界に飛び込んで来た。まるで空のように青い髪と瞳を持つ美形の男。でも私は知っている、その目は空と表現するより氷と言うほうが正しいということを。


 男が私に気付いて目を向ける……いや、ギロッと睨んで来た。


「なんだ? 子供が一人でこのような場所に来るんじゃない」


 メルビアスだ。

 紛れもなく、目の前には彼がいて、これは彼との初対面の場。女性で賑わう、甘いお菓子を販売するお店の中。

 ここに戻った意味はどこにある? 何が間違っていて、何が正しい行動?


 考える必要はなかった。

 私は返答するのももどかしいように、メルビアスの胸倉を掴む。


「おい?」

「私のフルーツケエキィィィッ!!」

「うわあ!?」


 この時間に戻って正しい行動なんて、これ以外無いだろう。私のフルーツケーキを取り戻す!


「ちょっとそこの店員さん、あなた見てたわよね!? 私が先に店に入り、私が先に注文しようとしてたのよ! だからそのラスイチフルーツケーキは私の物!」

「え、あ、そ、そうですね……」


 前回、メルビアスのイケメン顔にほだされて、私の存在を無視して奴にケーキを渡した、罪人という名の店員。その人に勢いよく進言すれば、驚いた顔で頷く。


「というわけで、私がこのフルーツケーキをいただきます! 残念だったわね、メルビアス!」

「は?」


 フフンと鼻息荒く、してやったりと言えば、メルビアスは一瞬目を見開き。

 そして目を細めた。彼のお得意の、思うところがある時に出る目だ。


「お前……?」

「話はベントス様の屋敷で。とりあえず、私はあとショートケーキとチョコケーキを買うから。言っておくけど、私のケーキのイチゴを食べたらフォークでその手を刺すわよ」


 ギロッと睨んでそう言えば、メルビアスは何か言いたげな目をするも、結局何も言わずに「太るぞ」とだけ言った。「それ甘い物好きな女性に言っちゃ駄目な言葉ランキング一位だからね」とだけ返して、受け取ったケーキの箱に思わず顔がにやけるのだった。


 今回ほど、時が戻ったことに感謝したことはない!

 

 前回と違ってゲットした、大人気のケーキ。それが嬉しくてニヤニヤしてたら「気持ち悪い」と言われたので、横に座る発言者の足を思い切り踏みつけてやった。だが「痛い」とまったく痛くなさそうに言うので、なんだか不完全燃焼。


 ガラガラと音を立てて、馬車は進む。どうせ後で合流するのだから一緒に行けばいいと誘ったのは私。メルビアスを乗せて、馬車は街中をゆっくり行く。


「乗って行けばと言ったのは私だけれど、どうして横に座るの?」


 私の正面にも席はあるのだけど。


「可愛いレディの横に座りたいのが男のサガだろ」

「うわ、気持ち悪い」

「自分のことか」

「うわ、気持ち悪い」

「……」


 たった一度、前回の生で出会っただけの男。だというのに、もう扱い方がわかっている自分がいる。メルビアスは実に扱いやすい人物なのだろう。


「なあお前、ひょっとして……」

「あ、私時戻りの魔法を使えるから。時間を止めても私には意味がないよ、同じ時使いだし」

「なるほどね」


 私とちょっと違うけど、同じ時戻りの魔法が使える奥さんがいるのだ。今の言葉で全て理解できたようで、黙り込む。

 そういえば、前回はちゃんと聞けなかったので、一応聞いておこう。


「あなたの奥さんも、時を戻せたんでしょ?」

「俺は、そんなことも話したのか?」

「ベントス様の屋敷でね」

「そうか」

「どんな人だったの?」


 彼の口ぶりから察するに、奥さんが居たのは過去のこと。もう彼女は──


「お前と違って素敵な女性だった」


 過去形で語ることから、やっぱりと確信する。


「別れたの? それとも──」

「五十年ほど前に亡くなってるよ」

「……そっか……」


 時が止められるというのは良い事ばかりではない。むしろ悪い事……というより悲しいことのほうが多いのではなかろうか。

 きっと彼が初めてベントス様や祖父と出会ったのは大昔で、お二人が若い頃なのだろう。なのに今や、二人はすっかり年老いて、祖父にいたってはもうすぐ──。


「それでも自分の時を止め続けるのね」

「ゆっくり進んではいるさ」

「寂しくないの?」


 飄々としてる彼にこんなことを聞いてなんになると思ったが、ああすれば良かったと後悔するのにも疲れた。聞きたいことは聞くことにする。


「初対面なのにズケズケ聞くな」

「初対面なのに、私からラスイチケーキやイチゴを奪う図々しい輩に言われたくないわ」

「俺はそんなことせん」

「その厚顔無恥な頬を思い切り引っ張ってもいいかしら?」


 どの口が言うか!


「寂しいと思う時期はもうとうに過ぎた。今はただ、亡き大切な者達が見れなかった物を俺が代わりに見るんだという意思の元に生きている。それに」

「それに?」

「あいつらを覚えてる限り、みな俺の中で生きてるのさ」

「……へえ……」


 まさかそんなことを考えてるとは思わなかったので、意外だと思わずその綺麗な顔に見入ってしまった。


「なんだ」

「あなたを誤解してたかも。ただの時間を止めてイタズラしたり、ケーキ泥棒する男だと思ってたから」

「そのイメージは案外間違ってないぞ?」


 そう言ってニヤリと笑う顔は、悔しいけどカッコイイ。

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