6、
「常に魔法の攻撃を受けてる? そんなの……」
身に覚え無いわ。そう言いたいのに、なぜか言葉が出ない。
「魔法が発動してるのに気付かないくらいだ、攻撃くらってても気付けてないんだろ」
「そんな……」
「どうやら相手の魔法も、気付かせないような地味で陰湿な魔法らしいな」
地味で陰湿。
なぜだろう、その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、まったく逆のイメージの存在。
「ミリス……?」
義妹の顔が脳裏に浮かんだのだ。
「なんだその、聞くだけで不快になる名前は」
メルビアスが義妹の存在を知るわけがない。教えていないのだから当然だ。だがそれでも名前だけで不快になると彼は言う。
そしてその言葉通りに、綺麗な顔が嫌そうに歪む。
彼には何か分かるのだろうか。百年以上生きて、魔力に、魔法に詳しい彼には感じるものがあるというのか。
「……帰ります。ベントス様に挨拶させて」
「ん? まあいいが。疑問は解決できたのか?」
「まだ分からない。それを確かめに家に戻らなくちゃ」
何かを探るようなメルビアスの目を、私は真っ直ぐに見返す。
一瞬の沈黙の後、メルビアスはスッと手を挙げた。それが合図。魔法の解除と発動の合図。
「こらメルビアス、子供相手に大人げない……あれ?」
メルビアスに手を伸ばしたベントス様が、制止しようと走り寄り、だがあったはずのメルビアスの手のケーキが無い事に驚く。見れば窓の外では風で木の葉が揺れ、鳥が羽ばたいてどこかへと飛んで行った。
時間が動き始めたのだ。
「ええっと、ケーキは……」
「あ」
そうだ、ケーキはどうなったの!? と慌てて見れば、いつの間にかテーブルの上にケーキ皿が置かれていた。勿論、ケーキは綺麗サッパリ無くなっている。
「……食べたわね」
「なんのことやら」
話に夢中で意識してなかったとはいえ、なんという素早い動き。
恨みがましくジトリとメルビアスを睨んでから、ベントス様に向き直って慌てて頭を下げる。
礼と、急用を思い出してすぐに帰らねばならないことへの詫びと。
驚いた顔をするベントス様と、何を考えてるのかサッパリ分からないメルビアスを残して。
私は帰路につくのだった。
* * *
公爵邸に戻ってすぐに、私は大急ぎで自室へと向かった。いったん冷静になって考えようと思ったから。
まずはお祖父様に今日の報告だ。今はまだ興奮してるから、落ち着いて話したいことをまとめよう。それから、ミリスを捜して話を……と思って扉を開ける。
そこに居るはずのない人物を見つけ、私は動きを止めた。部屋の入り口で、私は固まる。
「あらお帰りなさい、お姉様」
「……なにをしているの、ミリス」
私の部屋の中央にいたのは、義妹のミリスだった。
「また何かしようとしてたの?」
それとももう既に何かしたのか。
そう問うと、可笑しそうに義妹が笑う。
「そんなことしませんよ。私のこと、なんだと思ってるんですか?」
「最悪な存在だと思ってるわ」
「ふうん?」
何を考えてるのか分からない。すっかり日が落ちて室内は暗い。月明かりが部屋に入るも、ランプが付いてない部屋ではミリスの顔が良く見えない。
ツツ、とテーブルに指をはわすのがかろうじて見えた。
「お姉様、今日はどこへ行ってらしたのですか?」
「あなたには関係ないでしょ」
「冷たいですのね、姉妹ですのに」
「義理のね」
姉妹とか、どの口が言うかと顔をしかめる。
「ふふ、本当に冷たいですわね」
何が言いたいのか分からない。暗闇で顔が見えないせいか、なんだかミリスの雰囲気がいつもと違って見える。
「ミリス、あなた……」
言いかけて言葉を呑み込む。何かが変だと気付いた。
「暗い、ではないわ。黒い……?」
ミリスの周囲、体の周りがなんだか変だ。黒くぼやけたものが見える。
それは、私の体をまとう光と真逆の……
「ミリス!?」
「どうしてかしらね」
私の驚きの意味を理解してるのか分からないが、ミリスは淡々と私に告げる。
「どうしてお姉様には、効かないのかしら」
何がと問う間は無い。
あっという間にミリスが私の目の前に迫って来たから。
闇の中で、彼女の金髪は一切輝かない。月明かりすら反射していたはずの美しい髪は、けれど今はそのなりをひそめる。
まるで暗闇。
私達家族のような黒髪、ではない。
闇、なのだ。
暗闇をその身にまとった義妹が、私の眼前に迫る。
直後、腹部に激痛が走った。
「え……?」
見下ろせば、腹部に深々と刺さるもの。それは、昨日私が拾った──ハサミ。
「ミ、リス……?」
痛みに顔をしかめながら、私は義妹を見た。
そこに闇を見た。
闇をまとった髪、闇色の瞳、全身が闇に包まれた義妹が、そこに立っている。
微笑みながら……肌すらも闇のように黒く、目と歯だけが白く浮かび上がる恐ろしい笑みを浮かべて私を見ている。
「効かないだけじゃなく、私に歯向かうなら要らない。排除するまで」
「排除……」
「大丈夫。私の魅了にとりつかれた家族は、きっとお姉様の死をうまく隠蔽してくれるわ。私が泣いて頼めばなんだって聞いてくれるもの。まああの祖父さんはなんでか効果ないけど、あれはそう長くないからもういい」
そう言って、ミリスは右手を振り上げた。そこに光る刃を認める。
腹部に走る痛みと、予想外の状況に動けない私に、それは振り下ろされる。
それが今回の私の人生を終わらせることを、私は確信した。
「次こそは──」
その言葉がミリスの耳に届いたかはわからない。だがそんなことはどうでもいい。
失敗した。また失敗した。
けれど次こそは。
もう、失敗しない。
そう思った瞬間、世界が暗転する。
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