5、

 

 そういえばとふと思い出す。メルビアスは10歳で己の魔力に目覚めたと言っていた。私もあの祖父の箱に閉じ込められて、初めて魔法を使ったのが10歳の時。


「魔力って10歳で目覚めるものなの?」と聞けば、「俺がこれまで出会った魔法使いは、バラバラだったな。老人の域に達してから目覚めた奴もいるぞ」という答えが返ってくる。


「そうなんだ……じゃあお祖父様もそれを期待してるのかしら」


 祖父の魔力に対する情熱の炎は、熱くてヤケドしそうなくらいだ。


「お前の祖父って……ベントスの友人のウディアスか?」

「知ってるの?」

「俺、あいつ苦手なんだよな」


 そう言ってメルビアスは思いきり顔をしかめた。

 だがなんとなく分かる気がする。

 自分にも他人にも厳しい祖父が、この飄々とした、存在そのものがふざけてる男と気が合うとは思えない。


「昔、あんまり難しい顔してるから、時間を止めて顔に落書きしてやったんだよ。鏡見たら爆笑すると思って。したらあいつ全然気づかなくて、そのまま王城行って王と謁見したんだよなあ」

「うわあ……」

「激怒したあいつに殺されそうになった」

「よく逃げられたね」

「時間止めて逃げたに決まってるだろ」


 なるほど、今理解した。この男、時間を止める魔法を悪事に使うことはないのかもしれないが、非常にくだらないことに使ってるのだ。そのくだらないことで、合計10年分の時間を止めたということか。


「……く、くだらない」

「なんでだよ、時間魔法最高だろ?」


 どこが最高なんだ。ガックリ項垂れる私に、カラカラと笑うメルビアスであった。

 そして「ちなみに時戻りの魔法を使えるやつ、過去に一人知り合いでいたな」と、脱力してる私に、サラッととんでもないことを言ってのける。


「それを最初に言ってよ!」

「お前が聞かないからだろ」

「色々情報が一気に入りすぎて追い付かないの」


 それで? と続きを促せば、顎に手を当てて思い出すように首を傾げる。


「あいつはお前と違って、戻せてもほんの数分とか、頑張って数時間だったな」

「え、そうなの?」

「しかも死んで発動とかじゃなく、生きてる時に時間を戻せた。あれ便利だよなあ、美味しいと思ってたケーキが不味かった場合、買う前に時間戻して別のに変えれるんだから」

「そういうくだらない発想するの、あなたくらいよね」

「なんでだよ、あいつも使ってたぞ。これは不味いからこっちにした方がいいとか言われたら、ああ時間を戻したんだなってすぐに分かった」

「……同類か。さぞや気が合ったでしょうね」

「そりゃまあ。俺の妻だったからな」

「……え?」


 先ほど知り合いと言わなかったか? という目を向けたら


「妻だって知り合いだろ?」


 と言ってニヤリと笑みを返された。

 百年以上生きてりゃ結婚くらいするってことか。


「あなたと結婚するなんて、さぞや心の広い女性だったんでしょうね」

「まあ否定はせんよ」


 しないんだ。自分のウザイ性格を理解してなお、直すつもりないのか。


「百年以上生きて出来たこの性格が、今更変わると思うか?」

「……思わない」


 思わないけど、自分で言うなと心の中で突っ込んでおいた。


「一つ聞きたいのだけど」

「本当に一つだな?」

「……たくさん聞きたい」


 面倒なやつ、揚げ足をとらないでほしい。


「初めての魔法発動はどんなだった?」

「というと? お前はどうだったんだよ」

「箱の中に閉じ込められてるときに歌ったら、いきなり光り輝いて爆発起きて箱が壊れた」

「ふうん?」


 また目を細める。何かしら思うところがあると出るクセなのかな。


「それ、本当に初めてか?」

「そう言われたら違うけど……。何度死んでも同じ10歳、同じ箱の中に戻ってたんだけど、前回の戻りで初めての行動したらそうなった」

「じゃあ初めての魔法発動じゃないだろ」


 どうにも揚げ足取りなやつめ。


「ま、何度目とかはどうでもいいが……そりゃ光魔法だな」

「光魔法?」

「稀に複数の能力持ってる奴がいるが、お前は時使いと共に光魔法も使えるってことだな」

「そうなんだ……」


 思わず自分の手をマジマジと見つめる。


「でも、じゃあどうしてあの時しか発動しないんだろう?」


 疑問は次々に湧いて出る。質問を1個にしなくて良かったわ。

 

 メルビアスが言うところの光魔法。それが発動したのは後にも先にも一度きり。閉じ込められた箱を爆発させた時のみだ。

 首を傾げて不思議がっていると、「何を言ってるんだ」とそれこそ不思議そうに眉をひそめるメルビアス。


「お前、ずっと光魔法を使ってるじゃないか。ケーキ屋で会った時から今もずっと」

「え?」


 今度は私が「何を言ってるんだ」と眉をひそめる番だ。


「なに言ってるの? 使ってるって……爆発もなにもしてないわよ」

「本当に何を言ってるんだ。光魔法が爆発? そんな危険なもののわけないだろ。光魔法は攻撃より防御に特化してるんだ。自分の体に防御壁を張りながら、寝ぼけたことを言うんじゃない」


 言われたことを直ぐには理解できず、頭の中で整理する。そして私は「防御壁?」と呟きながら、自分の体をマジマジと見つめた。

 そこで初めて気付く。


「体が……うっすら光っている?」


 言われるまで、自分の体をジックリすみずみまで見るということをしたことがない。なにせ私は自他共に認める平凡で可愛くない顔立ちだったから。顔どころか体も何も、自分を見るということをしてこなかったのだ。

 そして初めて自分の腕や体を見て気が付いたのだ。

 体が光っていることに。


「これが光魔法?」

「そうでなくて何だと思ってる」

「これ……なんの意味があるの?」


 思ったことを素直に疑問として口にしたら、メルビアスがガックリと項垂れる。


「なによ」

「お前な……宝の持ち腐れという言葉は、お前のためにあるんだろうな。それはあらゆる攻撃からお前を守ってくれるんだよ」

「あらゆる攻撃? でも私、両親や兄からの暴力を思い切りこの身に受けていたわよ?」

「物理攻撃からの守護となると、また違う光魔法だろ。お前の体に張られた防御壁は、攻撃魔法から身を守るやつだ」

「こ、攻撃魔法?」


 驚いて聞き返せば、そうだと頷かれた。


「攻撃魔法なんて、そんなものほとんど無縁だと思うんだけど……」


 つまり意味のない防御壁を常に張ってたということか。考えて、己の無能さに脱力する。だがそこで脱力するのは早かったらしい。


「はあ……お前、本当に無知だな。魔法オタクなウディアスの孫とは信じられん」

「家族の中で魔法オタクはお祖父様だけだもの」

「魔力持ってるならもっと勉強しろ。……魔法ってのは俺のように意図して使うこともできるし、お前の時戻りのように意図しないで発動することもある。そして、攻撃された時に自動発動するオート機能もまたあるんだ」

「オート機能……」

「お前、常に魔法攻撃くらってるだろ。だからもう体が常に防御壁張るようになってるぞ」

「え!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

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