3、

 

「やあ、よく来たね」


 そう言って優しい笑みを浮かべ、ベントス様は迎えてくださった。

 ベントス様は元侯爵で、現在は息子に爵位をゆずって引退の身だとか。かつては祖父と共に、その手腕をいかんなく発揮していた優秀な方と聞いている。今は街中の、一人暮らしとしては少し大きめの家に数名の使用人と共に住み、気楽な引退生活を送っている。


 趣味は魔法の研究で、祖父と気が合うのだとか。古い友人らしいのだが、祖父とは真逆な穏やかなその物腰に、祖父と本当に気が合うのか? と不思議になる。だが先日訪問した際は、なんだかんだでお互い熱くなりながら、あれやこれやと討論していたから、こと趣味に関してだけは気が合うのだろう。


「急な訪問、申し訳ありません」

「かまわないよ。いつでもいいと言ったのは私だからね」


 そう言って屋敷内の一室へと案内してくださり、大きなソファを勧められた。子供の体では沈んでしまいそうなフカフカのそれは、先日の訪問時と同じ。そっと座ってお土産のケーキを差し出した。


「甘い物がお好きと聞きましたので……」

「そんな気を使わなくてもいいのに。でも嬉しいよ、この店のケーキは大好きなんだ。特に白クリームにフルーツがトッピングされた……」


 それはあれか、私が狙って黒服青髪氷の目の男に横取りされた、あれ。そんなことを聞かされたら、また悔しくなるではないか。


「? どうかしたかい?」

「いえ、なんでも……」


 肉体が幼くなると、つい精神が引っ張られてしまう。このようなことで拗ねるとか、17歳まで生き何度もループしてる身であるというのに、恥ずかしいやら情けないやら。


(もっと気をひきしめねば)


 思わず背筋をただす。

 見れば、いつのまにかケーキはお皿に乗せられ、紅茶まで用意されている。この屋敷の使用人は実に優秀だ。


「うん、美味しい」


 でもって、ベントス様はもう食べてるし!

 目を垂れさせて、心無し頬を赤らめてケーキを頬張る。祖父より高齢なのにどこか幼さを感じさせるその様に、思わずクスリと笑ってしまった。


「ああゴメン、私だけ食べてしまって。ささ、キミが持って来てくれたんだ、話は後にしてまずは食べて」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言って、私はフォークを手にした。結局買ったのは白いクリームに、フルーツをふんだん……ではなく、イチゴだけが上に置かれたやつ。少々寂しいが、これも十分に美味しいと聞く。

 イチゴを最初に食べるか、最後に食べるか、それが問題だ。

 などと考えることなく、まずはイチゴを……と、今まさにフォークがイチゴに刺さろうとした、その瞬間!


「お、美味そう。もらい」

「……へ?」


 消えたのだ。

 イチゴが消えたのだ。

 本当なら、今頃フォークに刺さったイチゴが私の口に入っていたはずなのに。

 フォークはスカって、イチゴが消えたのである!


「え? えええ?」

「うん……酸っぱい」

「えええ!?」


 驚く私の頭に置かれる大きな手。潰す気かというくらいの重みを感じて顔を上げれば、私のイチゴがその口に収まるのが目に入った。


「なにするのよ!」


 驚き抗議の声を上げた私は、バッと頭に乗った手を払う。払って、相手の顔を見て。


「あ、あなたは!?」


 青い髪を揺らし、氷の目が私を射抜く。

 その冷たさに、思わず身震いする。


 ケーキ屋で私からラスイチのケーキを奪った男が、今また私からイチゴを奪ったのである。

 

 イチゴについていたクリーム。それが指につき、赤い舌がペロリと舐める。

 そんな仕草が妙にエロ……ごほん! 妖艶に見える。

 男は、驚きに目を見開きアワアワしてる私を、嬉しそうに見下ろす。してやったりの顔が腹立たしい。


「よ、また会ったな」


 その言葉が私を呪縛から解き放ち、そこでようやく「私のイチゴぉっ!」と声を出せた。いや、言うべきはそこじゃない気もするが、今はそこが一番大事。


「いいじゃねえか、イチゴくらい。ケーキは残ってるだろ」

「それこそがメイン! このケーキの醍醐味でしょうが! イチゴ無くしてなにがショートケーキか!」

「知らねえよ。ガキは大人しくチョコケーキ食っとけ」

「チョコケーキは家で食べるの!」

「買ってんのかよ。太るぞ」


 それは禁句だ。ケーキ好きの女性に言ってはいけない言葉ランキング一位(私調べ)。


「……子供だから太らないわ」

「まあお前はもうちっと肉をつけたほうがいいかもな」


 そう言って、男は私を見る目を細めた。

 祖父という庇護のおかげで、かつてのように食事が少ないということはなくなった。まともな食事を食べれてはいる。だがそれまでの食生活のせいで、すっかり体が吸収しないようになってしまった。私は食べても太らない体質なのだ。まあそれも子供だからかもしれないけど。


「余計なお世話」


 説明をする必要もないと、そっけない返事だけを返しておく。


「メルビアス、きみねえ……」


 呆れた声が聞こえたのはその時。ベントス様だ。


「メルビアス?」

「ああ、失礼したね。彼はメルビアス。私の古い友人だ。元々今日は彼との予定が入ってたんだが、丁度いいと思ってね。キミの知りたいことが何かは分からないが、私よりもメルビアスのほうが的確に答えてくれるだろう」


 そう言って、ベントス様は失礼な男を紹介してくださった。


「よろしく、ケーキが食べれない呪いのかかったお嬢さん」


 紹介されたメルビアスは、わざとらしい程に仰々しく頭を下げる。いや、ケーキの呪いをかけたのはあなたでしょうが。


 それにしてもと私は首を傾げる。古くからの知り合いとベントス様は言ったが、男の齢は見た感じ20代前半から半ば。古くからって何年前からの知り合いなのだろう。ひょっとして、子供の頃から知ってる親戚の子か何かなのかしら。

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。クスリと笑ってベントス様は、「彼はね、有能な魔法使いで、こう見えても百年以上生きてるんだよ」と説明してくださった。


 それに対して「そうですか」といった気分で普通に聞いていたけれど、ベントス様の言葉が耳に届いてから頭が理解するまで数秒を要した。


「は?」


 理解した瞬間、大変失礼な言葉が出たとしても、私を責めないでほしい。


「え、ちょっと待ってください。えっと……百年?」


 冗談ですよね? と暗に問えば、「正確にはもっと長生きなんだろうけど、本人も忘れちゃったみたいでね」と、更に頭が混乱するようなことを言われてしまった。


「むしろ百歳まで覚えていた俺を褒めろ」胸を張るメルビアスに、

「いや、そこ褒めポイントじゃないと思います」思わず突っ込む。


「え、百年以上? えええ!?」


 どういうこと!?

 理解できずに混乱する頭は冷静さを失い、ついにはそう叫んでしまった。

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