4、

 

「え? なんですって、父上。いま、なんと……?」


 治療を受けて横になっていると、なにやら廊下が騒がしい。私の部屋の前で、誰かが話すのが聞こえる。

 そしてそれは、父の声だった。まだ殴り足りないのかと一瞬警戒するも、驚いた様子の声に、誰かと一緒なのが分かった。会話から察するに、話し相手は祖父のようだ。


「何度も言わせるな、後継者たるもの聞いた話は一度で理解しろ」

「いえ、そうではなくて……ただ、聞き間違いかと思いましたので……リリアに魔力があるなどと……」

「だからそう言ったのだ、理解しろ。せっかく祝いの宴をと思ったのに、この愚か者め。リリアが魔力を暴発させなかったことを幸運に思うのだな。そうでなければ、お前は今頃……」


 そこで祖父は一旦言葉を区切る。「今頃? なんです?」と父がその先を促せば、低くくぐもった祖父の「体が吹き飛んでバラバラになっていただろうよ」と言うのが聞こえた。


「そんな馬鹿な!」


 祖父の発言を笑い飛ばすかのように、父は大声で否定する。だがそれに対する祖父の返事は聞こえない。

 そこでようやく真面目な話だと理解したのだろう、父もまた無言になった。


「あれを怒らせるなよ? いつまた魔力が暴走するか分からんからな。あれは私の庇護のもと、大事に育てる。お前はけして手出しするな」

「ですが父上!」

「いいな!?」


 有能な公爵家当主の有無を言わせぬ気迫に、後継のくせに堕落した日々を送ってるだけの父が勝てるわけもない。渋々「わかりました」と答えるのが聞こえた。


 父にとって私は愛すべき娘ではない。両親は、兄と弟は男子として大事にしている。だが娘である私には、政治の道具、自身の道具としか見ていない。だから最低限の愛情しかもらわなかった、もらえなかった。

 そういうものだと私は自分を納得させていたのだが、ミリスが来てそれは間違いであると気付いた。

 美しいミリスに虜になる家族を見て、私の認識は間違いだったのだと嫌でも現実を突き付けられた。


 ただ単に、家族は美しい娘が欲しかったのだ。人形のように、輝く美しさをもつ娘を。


 そんなもの、自分達を鏡で見てから言えと思う。私はどうあがいてもあの二人の娘で、両親は不器量ではないが、平凡な顔立ちなのだ。祖父の亡くなった奥方……祖母は大層な美人だったらしく、残された姿絵はとても美しい。しかし残念ながら父は祖父の血を色濃く受け継ぎ、父の子である私達三兄妹もやはり平凡な顔立ち。

 蛙の子は蛙。私は美しいミリスの足元にも及ばない器量だ。


 だからって虐げられる理由にはならない。ミリスを愛するのはともかくとして、なぜ私が虐げられねばならない?

 公爵家のためだと言って、生贄にならねばならない?


 かつて、努力すれば愛してもらえると思っていた。なんと愚かなこと。


 父と祖父の会話を聞いて、私の顔に浮かぶのは笑み。まだ痛む顔に、歪んだ笑みが浮かぶのを感じた。


 ああ、今回のループは実にうまくことが進んでいる。体はボロボロになったが、これまでにない最高の展開ではないか。

 だって祖父が、私を守ってくれるのだから。

 そこに愛情などなくていい。祖父はあくまで私の魔力が大事なだけ。でもそれでいい、それで充分だ。


 父は私に暴力をふるったことを、祖父に厳しく叱責されたのだろう。

 会話から察するに、父はもう私に手出しできない。少なくとも、肉体的な暴力はもうふるえない。そんなことをすれば、直ぐに祖父にバレることとなる。父は、祖父にはけして勝てない。


「最高だわ……」


 今回の展開は実にいい。

 怪我をしたおかげで、医者もやって来た。治療をしてもらいながら、それとなく祖父の体調について聞いた。それから今後出るであろう祖父の症状を思い出しながら、どういった病なのか、治療法があるのかを聞いた。


 結果分かったのは、祖父がこれから発症する病に治療薬はない。それは絶望。

 だが予防はできる。それは希望。


 まだ祖父は発症せず、元気なものだ。ならばこれからその予防対策をすればよい。そうすれば、祖父は病に倒れることもなく、これからも公爵家当主としてその手腕をいかんなく発揮できる。父の愚策で領土が朽ちることはない。


 私が生贄になることもない。


「ようやく、18歳になれる……」


 ポツリと呟いて、また笑った。

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