2、

 

「何事だ!!」


 一体何が起きたのか、聞きたいのは私のほうだ。起きたことが理解できず呆然としていたら、けたたましい音を立てて祖父が部屋に飛び込んで来た。


「こ、これは一体……!?」


 最近はめっきり白髪が増えたお祖父様は、粉々になった箱が散らばる惨状に言葉を失う。

 さて、どう説明したものか……。

 また叱られるのだろうと嫌になりながらも、自分の意図したことでないことを理解してもらわねば。

 今ここに、私をおとしめようとする輩はいない。兄も、ミリスも。正直に話せば、祖父の怒りも少しはマシになる……と期待したい。


 そう思っていたら、ガッと肩を掴まれた。


「え……」

「リリア、これはお前がやったのか!?」

「は、はい、ごめんなさい!!」


 勢いに押されて思わず謝ってしまった。だが義妹の件でついた嘘とは違い、これは確かに私の責任だろう。どうして箱が壊れたのかは分からないが、私が歌を歌ったことがきっかけな気がするから……原因は私ということだ。


 ああ、怒られる。またどこかに閉じ込められるのだろうか。

 嫌と言うよりいい加減ウンザリだし、お腹もすいた。せめて明日にしてくれないだろうか。


 だがお祖父様の反応は意外なものだった。


「何をした? 何をしたらこのようになった?」

「え? ええっと……退屈なので、歌ってました」


 言ってから、しまったと口を押さえるが、出た言葉は戻らない。歌うのもだが、退屈なのでとか言ってしまった。反省してないと怒られるではないか。焦るが、言ってしまったものはどうにもならない。


 怒鳴られる!

 そう覚悟してギュッと目を閉じた。

 が。


「でかしたぞ、リリア!!!!」


 まさかの反応。

 見たことも無い程嬉しそうな顔をして、お祖父様は私をギュッと抱きしめてくださったのだ。


 ど、どういうこと?


「まさかお前に魔力があったとは! おそらく歌が発動手段なのだな! 珍しいが過去に無かったわけではない、素晴らしいぞ!!」


 今夜は宴だ!

 と叫んで、お祖父様は出て行ってしまった。

 駆け付けたメイド達が慌てて部屋を片付ける中で、私は呆然と立ち尽くすのだった。


 家族に愛されなかった私。

 10歳の時点では辛うじてまだ、情は私に向けられることもあった。だが、既に愛情は美しいミリスに移り始めていた。


 けれど今日、どうやら私は手に入れたようだ。

 お祖父様からの関心を。それを愛情と呼べるものかと言えば怪しいが、少なくともお祖父様は私に関心を示した。これはとても重要な変化だ。

 これまでは、お祖父様が亡くなるまで、私への関心も情も一切なかったのだから。いや、あの祖父は家族の誰にも関心を示さず、情を与えなかったけれど。いつも冷めた目で、家族に一線を引いていた。


 遠い記憶、何度目かのループで得た情報では、お祖父様は魔法マニアなんだそうな。魔法に憧れ、魔法について学び……けれど、自身に魔法の才が無いと分かった時、とてつもなく凹んだとかどうとか。


 あの箱の壊れ様は尋常では無かった。実際衝撃は凄かった、よく怪我しなかったなと思う。

 10歳の私が殴って壊せるはずもない。

 即座に私が魔法で壊したと結論付けたのだろう。


 魔法? この私が? 魔力なんて、持ってないと……家族の誰も持たず、私自身も持っていないと思っていたのに。


 呆然としながら、祖父が出て行った扉のほうを見やった。

 お祖父様はまだ健在で、公爵という地位にある。お父様も兄も後継という立場なだけで、祖父こそがこの家の、領土の支配者。父も頭が上がらない相手。味方につければ、これほど強力な存在は居ないだろう。

 何度もループしてきたのに、今の今まで気付けなかったとは。これまでと違う行動は、大正解だったということか。

 男尊主義な祖父は、けして私を可愛がってはくれなかった。けれどこれで状況はかなり変わるだろう。あの祖父の喜びようでは、確実に変化が生じる。


 ただ、一つだけ問題がある。

 これこそが重要。


 問題は、お祖父様が、私が14歳の時に病で亡くなること、なのよね。

  

 当面の課題は、お祖父様の病の原因を究明し、延命させること。お祖父様の亡くなられた年齢は、平均寿命よりもかなり短い。頑張って長生きしてもらえれば、父を筆頭とする愚かな領土支配はまぬがれるのだから。

 考えにふけっていたが、メイド達の掃除する音にようやく我に返る。

 打開策は思いつかないものの、何をすべきか理解し、私は自室へ戻ろうと祖父の部屋を出た。


 戻る途中──会いたくもない奴に会ってしまったけれど。


「あら、お姉様」


 義理の妹、ミリスである。

 美しい金の髪を一つにまとめて、見かけた私へと駆け寄って来た。返事もしてないし呼んでもいないのだけれど。


「大丈夫でした? 大変でしたわね。それにしても、今日は仕置きが終わるの、早くありませんか?」


 大丈夫かって?

 大変だったなって?

 早かっただと?


 お前が言うな!

 この娘は、誰のせいで閉じ込められたか理解出来てるのだろうか?


 イラッとしたので、その感情のままにギロリと睨みつけたら「ひっ……」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。そうよ、不必要に近づかないで頂戴、不愉快だわ。


「ミリス」

「は、はい?」


 このまま無言で立ち去っても良かったのだけれど、いい加減何かを言っても良いと思う。そうして私は睨みながら口を開いた。


「お祖父様の壺を割ったのは自分であること、ちゃんと正直に言ってきなさい」


 今お祖父様は機嫌が良い。きっと大した罰は受けないだろう。

 それが分かってるから言った、私の一応の温情。


 だが、そんな事は分からないミリスは、みるみるうちに目に涙を溜め……そして頬を濡らすのだった。


「酷いわお姉様! 私がお祖父様にお仕置きされても良いのですか!?」


 何を言ってるのだお前は。

 ではお前は、私が罰を受けるのは良いと思ってるの?

 そう言おうとしたのだけれど、それより早く登場した人物に私は内心ため息をついた。


「ミリス!? どうしたんだ、リリアに虐められたのか?」

「お兄様! お姉様が……お姉様が酷い事を言うのです!」

「リリア! お前はどうしてそんな酷い事が出来るんだ!?」


 笑ってもいいでしょうか?

 大声で笑ってもいいかしら?


 私は兄に冷たい目を向けながら、心の中で呟いた。


 お前は私とミリスの会話を聞いていたのか?

 聞いてないなら……


「お兄様は引っ込んでてください。これは私とミリスの問題です」

「そんなわけないだろう! 俺はお前たちの兄だ! 妹のミリスを虐めるお前を放っておけるはずがないだろう!?」


 だからお前は何を見たのだ!?


 怒りで頭がおかしくなりそうになるのに、逆に頭が冷えるのが不思議だ。

 かつては兄に言い返す私も居た。

 だが何度も人生をループした私は、もうそんなことをしない。それは愚行だ。兄に言い返せば、もれなく両親のどちらか……へたすれば両方が出てきて、私が責められるのだから。


 冷静になれ。自分に言い聞かせる。


 冷静になると、気になることが出てきた。そういえば、とふと思ったのだ。


「そういえばお兄様」

「な、何だ……」


 自分でも分かるくらいに冷たい目、冷え切った声で兄を呼べば、11歳の兄はビクッと体を震わせた。


「ミリスが割った壺、私のせいにしましたよね? そのせいでお祖父様に怒られたではありませんか。私に謝ってください」

「そ、それがどうした!? 姉なら大事な妹の罪をかぶるくらいのことをして当然……!!」

「当然? ではお兄様がミリスの罪をかぶれば良かったではありませんか」


 そうすれば、後継者である兄に、祖父はそれほど酷いことはしない。一番平和的解決が望める方法。

 だというのに、兄は私を犠牲にするのが当然だと言ってのける。


「兄である貴方は何をしたんですか? 妹が大事? 私もあなたの妹なのですが? 兄である貴方は私を庇うどころか、私を犠牲にしましたよね?」

「そ、それは……」


 所詮は11歳の子供。何度もループして、精神年齢はすっかり大人になってる私の気迫に勝てるわけもない。


 ジリと近づく私に対し、兄は涙目になりながらジリと後退する。


 だが逃がさない。

 素早く手を伸ばした私は──


ガッ!!


 その胸倉を掴んだ!


「お兄様!」

「うぐ!?」


 ミリスと兄の悲鳴が廊下に響き渡るが、私は気にせずグッとそんな兄に顔を近づけた。鼻と鼻の距離5センチ。


 闇より黒くて恐ろしいと言われた瞳で、兄の春の葉のような緑の瞳を睨みつける。


「ひ──」


 なんと間抜けな兄。弱い兄。

 こんな奴にいいようにされてたのかと思えば、情けなくなってくる。


「次、同じ事をしたら容赦しない」

「──!?」


 ボソリと低い声で呟き、私は思い切り兄を突き飛ばした。


「うあ!!」


 情けない声を出して床に転がる兄。


 私はそれを冷たく見下ろし、無言でその場を立ち去るのだった。


 背後から聞こえる声はない。

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